物語のその先へ
ねむるこ
第1話 夢想する少女
狭い納屋の中。
おぼろげな蝋燭の明かりが私の世界を映し出す。
納屋の中は使われなくなった農具や食器、本が敷き詰められ息をするのは私だけだった。
床に敷かれた、布団代わりの藁の上でボロのワンピースを纏った私。
なんだか私って……物語の中の登場人物みたいじゃない?なんて最近考えてしまう。
納屋の中に追いやられ、古くて読まれなくなった本の中にこういう話があった。継母とその娘たちにひどい扱いを受ける娘が魔法使いに出会ってお城の舞踏会に参加する。そこで王子様と出会うのだ。
名乗らずにその場を立ち去った娘のことが忘れられない王子様は町中から酷い扱いを受けていた娘を探し出し、求婚する。娘は継母たちと別れを告げて王子様と幸せに暮らす、という物語だ。
最近納屋に放り込まれた本を開きながら私は笑みを浮かべる。
「もしかして。これから魔法使いがやってきて、王子様と出会えたりして……」
『迎えにくるわけねーだろ』
自分の独り言に誰かが反応する。それもとびきりキツイ言葉で。
「だ……だれ?」
辺りを見渡しても人の気配はない。当然だ。この中で生きているのは私だけ。後は時々侵入してくる虫かねずみぐらいなものだ。
『なんだこれ?もしかして……声が通じてるのか?』
声の主もなんだか驚いている。よく耳を澄ませると、どうやら声は本から聞こえてくるようだ。
「本が……喋ってる」
『……まあ、いいや。ところでお前、もしかしてエラか?』
私は本が私の名前を知っているのに驚いた。
「はい。もしかして……あなたが魔法使い?」
『んなわけあるか!いい加減、その他人任せな思考回路をどうにかしろ!』
別に夢見たっていいじゃん。私の現実は……見るも無残なんだから。納屋に閉じ込められて継母達に言われるがままに屋敷の雑用をこなしている。私が黙り込んでいると本は更に続けた。
『大体、何なんだよ。お前の人生!継母達に虐げられて、黙って従って。それでいいのかよ!俺は納得できねー』
急に何かと思えば私の人生に対しての説教だ。これには私もカチンときた。
「あなたに私の何が分かるって言うんですか?今日初めて会った……。ううん、顔すら合わせてないのに分かるはずないじゃないですか!」
『それが分かるんだよ!毎朝5時に起きて夜中の12時に眠りに就く。その間は掃除に洗濯、買い出しに料理に……とにかく働きづめなんだろ!』
本の言葉に私は目を飛び出さんばかりに見開く。それは誰も知るはずがない、私の一日のスケジュールだった。
「え?どうして?やっぱり魔法使いなんでしょう?」
『そんなわけねえだろ!まあ何だと言われたら……その……本の精霊?ってやつだからかもな』
自称本の精霊はごにょごにょと自分の正体を濁す。私はどうしても魔法使いが良かったのだけれど、本人が異常に嫌がるので本の精霊ということにした。
『あっけねえ最期を迎えやがって。俺はこの展開に納得できなくてちょうどイライラしてたとこなんだ。まさかこんな風に意思疎通ができるとは思わなかったけどな』「最期って?私がどんな風に死ぬか分かるの?」
私が本に向かって前のめりになって聞く。
『ああ。言っておくけどな、魔法使いもこねえし、王子と恋に落ちることもねえ。見るに無残な最期だよ』
「え……」
私は言葉を失った。その後で思わず笑ってしまう。
『何が可笑しい』
「いや、想像通り。私らしいなって思って」
なんだ。やっぱり私の人生って駄目なんだ。なんとなく想像できたけど、こんなに早くに分かってしまうのはショックだった。とりあえず笑って痛みを和らげるしかない。
『ふざけるな!』
本から鼓膜を突き抜けるような声が響き渡った。私は思わず耳を塞ぐ。
『少しは自分の現状に抗え!
びりびりと本の精霊の言葉は私の体と心を震わせた。その言葉に勇気づけられもしたし、傷ついた。
本当は自分でも分かってた。
自分でどうにかしなきゃいけないんだって。
それでも心のどこかで「誰かが何とかしてくれる」「現状維持が一番安全だ」と思っている自分がいた。そのことを見透かされて怒られたと思うと辛かった。
「私も……どうにかしなきゃって思ってるよ。でも私には何もないの。この居場所を失ったら私……野垂れ死んじゃう」
誰にも話せなかった本音を本の精霊には話すことができた。
『いや、お前にはあるだろう』
本の精霊の言葉に私は顔を上げる。こんな私にも現状を打開するような特別な力があるの?心臓が高鳴った。
『馬鹿力が!』
「え?」
目が点になる。えっと……どういうこと?
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