マロンの後悔(3/4)
だからもう、
ここには来ない。
マロンはぎゅっと目をつむり、両手に力をこめた。
ことんと、マロンの前にマグカップが置かれた。
ハルがティーパックの紅茶を淹れてくれたのだ。
「ありがとうございます。」
「いいえ〜。
そういえばマロンさん、
最近アール来ませんね?
何か知ってますか?」
「…私が来るなと言いました。」
「えっ。」
ハルの頭の上には(フラれた⁉︎)の文字が浮かんだ。
「研究が思うように進まなくて…アールがいるとなんだか気が緩んでしまう気がして。」
ハルはあら…と呟いて口に手を当てて、マロンが話すのを待った。
「でも、アールがいてもいなくても、アールのことを考えてしまいます。来るなと言った時のことを何回も思い出してしまうんです。今思えば八つ当たりのようなものでした。私の未熟さに私が勝手に焦って、アールが悪いかのような言い方をして。」
「きっと、とても傷つけてしまいました…。」
マロンは俯き、つぶやいた。
「私はどうすれば、いいんでしょうか…。」
「アールは、どう思っているでしょうか。」
ハルが微笑んで優しく言った。
「マロンさん。」
「アールもいつもマロンさんのことを気にしていましたよ。」
「え…?」
「アールが言ってました。
『ハルは良いよな。
理系で気持ちわかるとこ多いだろうし、いつも近くで力になれて。
俺がマロンさんのために出来ることは、ほとんどないから。』
『少しでもマロンさんが、ホッとできる時間を作りたい。』
…って。」
マロンは唇をぎゅっとむすんで、アールの言葉を噛み締めた。
外の雪は勢いを増して、窓枠から見える世界は真白に彩られている。
マロンは勢いよく立ち上がった。
「ハルさん。ありがとうございます。
私、アールのところへ行ってきます。」
ハルは瞳を輝かせたが、ふと我に帰ったように言った。
「でもマロンさん。
アールのいるところわかりますか?
外、すごい雪ですし…マロンさん⁉︎」
マロンは話も聞かずに走り出していた。
研究室から一番近い階段を駆け下り、煉瓦造りの研究棟の外に走り出た。
外は一面の雪で、歩く人もなく、音さえも飲み込んでいるかのようだった。
マロンは大学内をとにかく走り回った。
視界は悪く、スニーカーはずぼずぼと雪にはまり足先から冷えてゆく。
アールのいる場所なんて検討もつかないです。
いつも研究室に来てくれるのを、当たり前のように思っていたんです。
実験から帰るとアールがいるのが、いつの間にか普通になっていて。
あぁでも、もう二度と無いかもしれません。
アールは私を許してくれないかも。
それでも優しさを踏みにじったこと、謝らなくちゃ。
あと、ありがとうって。
アールの気持ち、聞いたんです。
知らなかったんです。そんな思いでコーヒーを淹れてくれていたなんて。
あぁもう全部手遅れですか?
私、また失敗しましたか?
実験なら諦められる。
別の道を探せる。
いくらでも。
でも私
アールは
アールだけは。
大学をぐるりと回って、研究棟の隣に建つ実験棟の前までマロンが戻ってきた。
まさか。
そこにアールが立っていた。
「マロンさん!」
「アール!」
「大丈夫ですか⁉︎」
2人はお互いに降り積もっている雪を心配して、同時に言った。
「アール、どうしてそんな雪だらけに…。」
「マロンさんこそ!
白衣のままじゃないですか!
そんな薄着で…風邪ひきますよ…!
何してるんですか。」
2人はお互いに積もった雪をばさばさと払いながら言った。
そして同時に顔を上げた。目と目が合う。
「アールを探してたんです。」
「マロンさんに会いにきたんです。」
少し間が空いた。2人のぽかんと開けた口にすら雪が振り込んでくる。
「ふふっ。」
アールが嬉しそうに笑った。
「とりあえず、研究室に入りましょう。
マロンさん、鼻も手も真っ赤です。
俺は、もし入って大丈夫なら、ですが。」
アールがニヤリと笑う。
マロンは少し慌てて、即座に返した。
「もちろんです!」
***
研究室には誰もいなかったが、暖かな空気に満ちていた。
寒さで全身が強張っていた2人は、肩から力が抜けていくのを感じた。
「マロンさん、コートとか着てください。
俺、コーヒー淹れますから。」
「ありがとうございます、アール。
でもまず、聞いてもらいたいお話があります。
この間の件、本当に申し訳ありませんでした!」
マロンはがばっと頭を下げ、ポニーテールが大きく揺れた。
「ちょっ…マロンさん。」
アールが慌てて、マロンの近くに寄る。
「日々の感謝も蔑ろに、自分の不出来をアールのせいにして、
あんな言い方をしてしまって、私、本当に…。」
マロンがたどたどしく言葉を繋ぐ。
「…それを謝りたくて…。」
あぁでも違うの。
本当の本当に、伝えたいことは。
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