マロンの後悔(4/4)

「…寂しかったです。

 私、アールがいないと、たまらなく寂しいみたいです。」


それを聞いたアールは脳が痺れるような感覚を覚えた。

そして、ハルの言葉がフラッシュバックする。



『…マロンさんにとって俺は、

 いつまでもコーヒー淹れにくる他人な気がするよ…。』


『…そうでもないんじゃない?


 だって気づいてないの?

 マロンさんが自分から話しかけるのも、呼び捨てで呼ぶのも

 アールだけだよ?』


目の前には、珍しく不安げな顔をしたマロンがいる。


「ははっ。」

「⁉︎」


突然笑い出したアールに、マロンは困惑した。

笑われるのは予想外だったのだ。


「あのマロンさんが…はは、すみません違うんです。

 笑ってるのはそう、嬉しくて、です。」

 …いやー…。」


ふにゃっと笑っていたアールは、普段の調子を取り戻し、

マロンの両肩に優しく手を置いて、マロンと目線を合わせた。


「あのですね、マロンさん。

 俺は外では結構モテるんです。

 大学のミスターコン優勝とかしちゃってるんです。」


「は、はぁ。」


話の方向性がわからなくなったマロンは、あいまいな相槌を打つ。


「今まで好きな女の子にフラれたことなんてないんです。

 だから…。」


「いざ拒絶されたら、どうしていいかわかんなくなったんですよ。

 毎日、研究棟の下まで来てたんですけど、

 なんで拒否られたか、わかんなくて。

 どうしても会いにいくのは怖くて、今日ももだもだしてたわけです。

 ダサいでしょ。」 


「ダサくないです。」


マロンは即座に言った。


「毎日、来てくれていたんです。

 あんなことを言ったのに、です。

 それはとても、嬉しいことです。

 申し訳ないくらい、ありがたいことです。」


アールが笑顔を返す。

マロンも少し微笑んだ。


「アールと私、立場は違いましたが、

 どうしたらいいのかわからなかったのは同じですね。

 アールにとっても私にとっても初めてのケースだったようです。」


「マロンさんは何が初めてだったんですか?

 あ、喧嘩したこと?」


「あれは喧嘩というより、一方的な暴言でしたよ。

 アールには何も非はありません。

 他人にきついことを言ってしまうのは、残念ながら今までもちょくちょくありました…。どうも熱が入るといけません。トゲトゲになってしまうんです。

 でも、そうじゃなくて。」


「他人がいなくて、寂しいと感じたことです。」


さらっと言ってのけるマロンに、アールは顔を真っ赤にした。


「なので私は、アールに許されたいんです。

 また研究室に来てくれますか?」


アールにぐっと顔を近づけるマロン。

その瞳はいつも通りの凜とした輝きに満ちている。


「…ハイ…。

 っ…あーもう!」


急な大声に、マロンは体をびくっと震わせた。

肩にあったアールの手がマロンの手首にうつり、優しく引き寄せられる。

マロンはぽふんとアールの胸に抱き寄せられた。


「大好きです。」


「…アール…。」


あったかいなぁ、アールは。

いつも安心させてくれる。


「アール…私もアールのこと好きです。

 いつもありがとうございます。」


「マロンさん…。」


「私、友達と呼べる人が昔からいなかったんですが、

 もしかしてこのあったかい感情がそうでしょうか?

 友情でしょうか?」


「マロンさん?」


「お互いが好きなんて、友達ってすごいんですね!

 奇跡的な関係性です!

 これって香りの研究に活かせないですかね?

 こういう気持ちってとっても良いです。

 誘発できないものでしょうか。」


「マロンさん…!」

(この人誘発とか言っちゃってる…!)


研究モードに入ったマロンの熱弁は止まらない。


「早速テーマに取り入れたいです!

 思えば私の研究テーマは無骨すぎました。

 もっと心を豊かにする方向性でも考えられるはずです…!

 そしたらもっと…」


キラキラしたオーラを発しながら研究について語るマロン。

アールは気落ちした様子を隠しもしなかったが、それにマロンが気づくはずもない。

しばらくして、アールはいつも通り微笑み、マロンを腕から離した。


「マロンさん、その考え方は素敵ですけど、

 もう少しだけ俺のターンもください。

 今は一旦、仲直りの時間を楽しみましょう。

 いつものコーヒーでいいですか?」


「はいっ。ありがとうございます。」


暖かい研究室には、いつもの香りが帰ってきた。


結露した窓の外では、いつの間にか雪が降り止んでいるが、

降り積もった雪に光が差すのは、もう少し先になりそうだ。

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実験棟の香り姫 朱峰(あかね) @akane19

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