05-05 ラスボスとラストバトル
「ボス! 逃げ」
嶋が叫ぶと同時。
「させるかっ!」
その場で円を描くように自転車を回転させ、嶋の足を刈る一絵。倒れた彼の上に飛び乗ろうとして、しかし、すぐに転移で躱される。そして雨咲に目を向けようとしたところで……。
「うりゃああああ!」
かっこよく叫んだつもりで……生まれて初めてキレたいじめられっ子、みたいな声が出てしまう。うりゃあ、じゃなくてたぶん、あひゃあ、みたいに聞こえてると思う。
でも、今はそんなことどうでもいい。
スーツのジャケットを脱ぎ、彼の顔に投げる。
あんな無法な異能を作っておいてなんだけど……異能は万能じゃない。絶対にどこかで、バランス調整が入る……というか、制限がある。僕が作った異能だって、目隠しと耳栓をされればまったくの無力だ。まったく、異能を作るのはマジでムズい。
嶋の持ってる異能だって……さっきの会話を考慮すると、視線がキーになってるはずだ。自分ならともかく、他人を転移させる場合にはきっと、相手が見えてなきゃ無理なはず。それも十分に一回、なんて言ってたから、時間制限もある。
ここで二人を捕まえ、あわよくばイコライザーを、当分は動けないようにする。そうしたら……。
安心して、小籠包の作り方を調べられる。
もう、誰かに追われてると思ってビクビクする生活はおしまいだ!
「ナめんなクソガキッ!」
ジャケットを転移で避ける嶋。けど、それは体一個ずらした分ぐらい、ショートテレポートとでも言うべき距離。距離の制限もひょっとしたら、あるのかもしれない。自分に使う場合でも、遠距離は集中が必要的な……。
「ばーか!」
けど、避けた先に一絵が特攻、全速力の自転車体当たり、かと思わせ、寸前でストップしてからの、後輪でのアッパーカット。
「ひきにげアッパー!」
律儀に技名シャウトを入れるのが悪かったのか、嶋は彼女の斜め後方にショートテレポート。また一絵のツインテールを掴もうと手を伸ばす。けど。
「バレバレなんだよ!」
嶋が一絵にどう対処するのか、ってのはもう、さっき見た。転移先が簡単に予想できた僕は、その空間に向かって体当たり。体が空中でぶつかり、弾き飛ばされないように彼の体にしがみつく。地面に落ちてごろごろ転げ、彼の手が僕の体を突き飛ばそうともがく。そして、僕は叫ぶ。
「僕ごとやれ!」
彼女が息を呑む音が、はっきり聞こえた気がする。でも。
そこで、銃声一発。
音のした方を見ると、雨咲が黒い拳銃を両手で構え、こちらに狙いをつけてた。いや、こちらに、じゃない……一絵に。
「……当たるかそんなもん!」
と、僕は叫んで再び嶋にからみついた。完璧に訓練された狙撃手だって……速ければ時速百キロ以上で高速移動する、自転車に乗った一絵に弾丸を当てるのは、至難の技だろう。一絵は自分が狙われてるのを知って、まるで暴走族みたいな蛇行運転に空中浮遊、落下を繰り返しつつ、雨咲に向かってく。
よし……分断できた!
僕は雨咲を一絵に任せ、嶋の顔を覆うように手を伸ばし、あわよくば目潰し的に眼球に手を伸ばす……が、十七歳の陰キャくんがそもそも、荒事になれきったオトナにかなうはずがない。
「クソ、ガキが……ッッ!」
腕力に任せて床に投げ捨てられ、みぞおちを思い切り踏まれる。
「んぎっっ……ぃっ……!」
内臓を全部吐き戻したくなるような痛み。それでも、僕は言う。
煽る、煽る、煽る。それが僕の武器だ。
「無能だった、鬱憤は、晴らせましたか……!?」
呼吸さえできなくなりそうな激痛をなんとか我慢して、にやにや笑いながら、しっかり、嶋の目を見て言う。僕が言われたらムカつく言葉を、同じ立場だったであろう、彼に。
かぁっ、と、嶋の顔が耳まで赤くなる。
ホントにわかりやすいヤツだ。
この手の連中が一番腹を立てるのは、自分より『下』だと思ってるヤツから『ナメ』られること。まったく、地方のヤンキーみたいなマインドをいつまでたっても捨てられないなんて……まあでも、人間なんて結局みんな、そうかもしれない。
「テメエは、殺すからなッ!」
どぐんっっ!
全体重をかけた膝が、僕のみぞおちにまた落ちる。
一緒に、めきょっ、みたいな音も聞こえた気がする。
口の中でいくらをぷちぷちさせたみたいな感触が、体の中からいくつも連なって聞こえたように感じる。脳味噌じゃなくて脊髄の辺りが、これから先は死ぬ、と告げてきてる。
それでも、僕は言う。
「んぐっ、ぎっ、ぃっ……ひっ、ひひっ、ひひひぃっ……」
苦痛で体がバラバラになりそうで、涙で視界がぼやけて、頭の後ろがすーっ、って冷えてって、ああ、ひょっとしたらこれが気絶ってやつかもしれない、なんて思う。
けど、僕は言う。笑って言う。煽るために口を開く。
一絵は戦ってきた。ずっと。じゃあ、僕は?
「異能が、あろうが、なかろうが……アンタは一生、クズの、ままだよ……ぼく、みたいな、さ……」
せっかくの決め台詞なんだから、うまいこと言おう、と思ってたけど、それもできない。頭の中が痛みと恐怖で一杯で、うまいことまとまらない。だからもう、そのまま、言う。
「みんな……こいつ、
〈死刑〉〈死刑が妥当〉〈死刑はやり過ぎ〉〈死刑はない〉〈普通に法の裁きを受けさせるべき〉〈警察〉〈おまわりさんこいつです〉〈オレおまわりさんだけどこいつは無理〉〈イケメン無罪〉〈太陽くんの性奴隷に〉〈草〉〈語尾に「でゲス」って一生つける〉〈「ぽっぷぅ」とかの方がかわいい〉〈死刑〉〈太陽くんと同じ痛みを受ける〉〈しゃべるたびに口からうんこ出る〉〈さすがに死刑は太陽くんが罪に問われる可能性ない?〉〈煽り耐性なさすぎだから半年ROMの刑〉〈草〉〈草〉〈ww〉〈それで>ROm刑〉〈死刑〉〈死刑推進論者結構いて草〉〈リベラルニキこんな配信見てないで〉
壁に流れてく、コメントの数々。
僕は最後に見えた、半年ROMの刑、の意味不明さに笑ってしまう。それで、お腹に灼熱のとげとげな鉄棒を刺され、ぐりぐりかき回されてるような痛みが走ったけど……それでも、笑いは止まらなかった。
半年ROMの刑。
意味はまったくわからないけど……僕みたいなのに煽られて顔真っ赤にしてるこいつには、まったく、お似合いの刑だ。集合知ってすばらしいな。
この期に及んで笑う僕を見て、さすがにおかしいと思ったのか、嶋が振り向き、流れるコメントに気付く。なにかがおかしいと察したのか、単純に僕を殺そうとすべく、僕に馬乗りとなって首を絞めてくる。よし、予想通り。僕を海底とかビルの屋上とかにワープさせて一気に殺すってのができないなら、雨咲もまだ、ワープさせられないってことだ。
「……っ……ん……ぐっ……ぎっ……」
ただ一つ残念なのは、首を絞められ、技名を叫べなかったこと。
だから心で思う。
〈
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