05-06 暴挙と決着

 コメントが壁から飛び出し、嶋の体をぐるぐる、取り巻いていく。


「はっ、くそがっ、ネット系の雑魚異能でオレが……」


 と、余裕の表情で僕の首を絞め続けようとする。でも。


「はっ、なっ……てめっ……」


〈半年ROMの刑〉〈半年ROMの刑〉〈半年ROMの刑〉〈半年ROMの刑〉…………


 文字が、彼の体を縛り上げてく。

 僕に伸ばしてた腕は畳まれ、馬乗りになってた体は持ち上げられる。文字で出来た卵形の牢獄にとらわれてく。異能であちこちにショートテレポートを繰り返すけど、文字の牢獄も彼と一緒に転移する。

 僕はようやく首締めから解放され、ごほごほと咳をしながら、配信画面を確認。コメント欄は大盛り上がり。それもそのはず……投稿者コメント欄に、出てきてるのだ。解説が。




〈半年ROMの刑〉

「半年間、不可視の空間にとらわれ、現実世界に一切の影響を及ぼせなくなる。異能使用不可。死亡不可。ネットサーフィン可」




 〈等しくネットイコラのクソ野郎イザー〉の必殺技その一。

 〈アンケは絶対ポピュリズム〉。


 視聴者に問いかけ、その要望、コメント通りに現実をねじ曲げられる。効果範囲は人一人程度の狭さで、かなり限定されてるけど、概念系異能コンセプトなので回避絶対不可能。使用は一週間に一回のみ。

 ただしこれは視聴者の要望が最重視され、自分の思うようにはいかない。さらに内容も、視聴者がぼんやりイメージしてるものが実現されるので、使う僕にも効果の予測はあんまりできない。僕が死ぬべき、とみんなが考えれば僕は死ぬ。まあ、そんなもんはどうにでも誘導できるからいいけど……にしても……。




 ……よくよく考えると結構イイ条件だな半年ROMの刑……?




 なんて思いつつ、僕はまだ痛む体をなんとか、引き起こす。さっきから、ぱんぱんぱんぱん、銃声が響いてたのだ。〈半年ROMの刑〉なんて文字に囲まれ、徐々に見えなくなる嶋の顔を眺めて勝ち誇りたい気分もあったけど、今はそれどころじゃない。でも。


「はぐっ……うぶっ……!」


 咳払いをしたら、血。


 起こしかけた体が、それを見てがくり、倒れそうになる。痛みが一気に体を支配してく。マジで内臓とか破裂してんのかもしれない。けど、それでも……。


「一、絵……っ……」


 僕は顔を上げ、彼女と雨咲のいる方に目をやる。


 僕と嶋がやり合ってた場所から、十数メートル向こう。

 一絵が自転車ごと、柱の陰に隠れてるのが見える。雨咲は銃口をその柱に向けながら、じりじりと後ずさり。けど、嶋が見えなくなったことに気付いたのか……。




 銃口を、こちらに向けた。


 つまり……僕に。


 死ぬほど頑張っても、死にかけの芋虫程度にしか動けない、今の僕に。




「太陽っっっ!」




 気付いた一絵が自転車で猛加速、その射線に入り込む。

 けど、数メートルを数百キロの速度で移動するより、引き金を数センチ引く方がはやいみたいだ。


 ぱぁぁんっ…………って、なんだか……おいおい銃声の効果音はもうちょっとリアルにしてくれよ、って思うぐらいの、妙に嘘くさく聞こえる音と、同時。




「ぃぎっ……!」




 右肩が、爆発した。




 勢いで仰向けに転がってしまう。

 爆発してぶっ飛んでなくなった、と思った右肩を見てみると、ちゃんとある。でも、肩の中央辺りに、血がだくだく溢れてくる穴。これが本物の銃創かぁ、なんて思うヒマもなかった。


 痛みはもはや、堪えがたかった。


 絶叫してしまいそうになるのに、ごぶっ、と、体の中をせり上がってきた血っぽいなにかで、それもできない。口からゲロみたいに血の塊を吐いて、それに溺れそうになる。


「太陽っっっ……!! 太陽、太陽!」


 ぎゃりりっ、と急ブレーキとターンで僕の前に立ち塞がった一絵が、無理矢理手を取って、僕を柱の陰まで引きずってく。その衝撃でもう、さらに死にそうになったけど……またもや響いた、ぱぁぁぁん、の音を聞くと、引きずられといてよかった、なんて思った。


「ぐっ……そっ……結局……銃、が……強い、のかよ……」


 なんとか一絵を心配させないように、強がって言う。腕をライフルに変えられる異能がある社会じゃ、銃器は凶器として強いものじゃない。けど、かといってじゃあ問題にならないのか、って言ったらそんなことは全然ない。おまわりさんでさえ、できることなら一生銃は撃ちたくないと願ってるこの日本じゃ、実銃を持ってるなんて異能が二つあるみたいなもんだ。

 本当は彼女の胸に顔を埋めてこのまま意識を失いたかったけど……そんなことは、できない。




 僕らの生活を、思想なんかに、邪魔させるもんか。




「たっ、太陽、ど、どうしよっ、どうしたら、ねえっ……太陽っ……!」


 かっかっかっ……っ!


 彼女が泣き叫んでいる間にも、硬質な音が地下に響く。雨咲が、逃げだそうとしている。まだ転がったままの総理を放っといて。ってことは、彼女は相当、切羽詰まってる……いや、逃走用のバンに先に乗り込んで、総理はそれから、的な手順か……? いやそんなの、転移異能持ちがいたのに用意してあるか? なんに、せよ……!


「追、う……ぞ……一、絵……」


 自転車からおりて、泣きながら僕の肩を必死で抑えてる一絵に言う。彼女はそれを聞くと顔をぐしゃっ、と歪ませて、ぶんぶん、子どもみたいに首を振る。


「でっ、できないっ、そんなっ、きみを、ほっとく、なんて……っ!」

「い……いから……僕は……」


 彼女の手を、がっしり掴む。




 ……ぎゅ、ぎゅ……ぎゅぅ。




 三回、握り締める。




 一絵が、大きく、息を呑む。




「やろう、ぜ……スーパー、ヒーロー……」




 そう言うと、僕は最後の気力を振り絞って、立ちあがる。


「た、太陽っ! むっ、むりしないでよ死んじゃうよ! 撃たれたんでしょ!?」


 泣き叫ぶ声を無視して……一絵にしがみついた。




 一絵のことだ。このままじゃ、僕を看取って雨咲を逃す可能性がある。それはできない。絶対にしたくない。




 僕が今ここで死んだとしても。


 一絵には、絶対……絶対。


 笑って生きてほしい。


 二胡さんと一緒に……。




 ……まあ、できれば、その横に僕もいられるのが、一番いいけど……。




「た……太陽……」

「逃が、しちゃ、だめだ……ぜ、ったい……」


 そう言って、力を振り絞り、彼女の肩に手を回す。


「あいつは、結局……ただ、人が、嫌いなんだよ……」


 右肩が燃えてるみたいに痛くて、流れ続けてる血が彼女のイブニングドレスを汚してく。けどもう、どうでもいい。自分が何を言ってるのか、半分ぐらいわからなかったけど、それもどうでもいい。


「人が、嫌いで、世界が、嫌いで、だからめちゃくちゃにしたい、それ、だけ、なんだよ……」

「そ、な、いま、そんなこと……」

「言ってる、場合なんだよ……っ! ぅぐ……こんな、こんなアホみたいで、くっだらなくて、どーしよーもねー、クソ面白い場所を……僕の、世界を、君の、世界を……許せ、るかよ……」

「な、なにを……ね、寝ててよ太陽ぅ……朦朧としちゃってるじゃんかぁ……! わ、私、じゃあ、ぶっ飛ばしてくるからぁ!」

「あほ、いえ……せっかく……せっかく……」


 僕は、今できるかぎり、精一杯の力で、彼女を抱きしめた。


「世界一の、スーパーヒーローと、一緒に戦える、チャンスを、逃せ、って、言うのかよ……それに……」


 痛みにぼんやりして、今にも倒れてしまいそうな頭を、彼女の肩に預ける。




「君は、背負ってるもんが、重いほど、チカラが出るだろ」




 そう言うと僕は、ふらつく足取りで一絵から離れ、近くの車のボンネットに手をつく。足先で倒れてる自転車を小突き、一絵に促す。


「…………っっ……! わかっ…………たっ…………!」


 ぎゅう、と堅く唇を引き結んだ一絵が自転車を起こし、言った。僕はその荷台に腰を据え、彼女の背中にもたれかかる。


「……ったく……またもや、道交法違反だ……」

「私有地だし……平気だよ……もう……っ……」


 僕は呟き、サドルの裏面を掴む。手に力が入らない。ともすれば振り落とされてしまいそうになる。視界もかすんできて、手足の先が痺れるように冷たい。それでも、言う。


「全力で、仕留めるぞ……!」

「………………りょーーーーーかいっっっっ!」




 そして、僕らは風になった。




 その時、時速何百キロ出ていたのかは知らない。けど、駐車場を流れてる生暖かな空気が、僕らに切り裂かれ、そして巻き起こる風と、僕らは一つになった。


 耳元で巻き起こる風の、ごうごうびゅうびゅうという音。

 薄い夏用のイブニングドレス越しに感じる、一絵の体温。鼓動。筋肉の動き一つ一つ。




「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」




 一絵の絶叫。ああ、まったく、ホントに、スターの素質があるやつだ、ラスボスとの戦いだってことを、肌でわかって、そんな叫びを出して……そして……




 銃声、銃声、銃声。




 そのたびに、宙に浮いて。

 落ちて。

 壁に向かって落下して。

 天井に向かって落下して。


 サドルを掴むのじゃおっつかなくて、彼女の腰に手を回して、ますます体を密着させる。その温かさ、熱さが、冷たくなってる僕の体には、涙がでそうなほど心地よくて。




「〈自転車狂時代クレイジー・ライダー〉・〈最大超速マックス・ブースト〉ッッ!」




 そうだ。

 技名シャウトは、忘れたら、ダメだぜ。




「……ひ~き~に~げ~…………!」




 …………ああでも、その技名は、やっぱり微妙……いや、改善の余地はあるか……? う~ん……




「ツイン・ロケット・パーーーーーーーーーーーーーーーンチ!」




 そして僕らは、より一層風になった。




 衝突。

 衝撃。

 ブラック・アウト。

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