05-04 ネットのクソ野郎と平等

〈ネタばらし来た〉〈ネタバレ喰らってどんな気持ちでちゅか~?〉〈いぇーいユカリン見てるぅ~?〉〈記念コメ、ども……〉〈太陽くんエラい、どちゃシコテロリストの誘惑に負けなかった〉〈通報しました〉〈通報しました〉〈おれの無能年金が廃止されるような未来は絶対に認めないっ!(キリッ)〉〈イコライザーの超異能軍団vs各国特殊部隊見たくね?〉〈ユカリンにケツ叩かれたい……〉〈ユカリンに腹パンしたい〉〈通報しました〉〈ユカリンの人格排泄ゼリーを流しそうめんにしたい〉〈薄い本厚くしすぎでしょユカリン〉




 駐車場を流れてく、文字、文字、文字。




「………………は?」

「…………ふぇ?」

「……ハァ?」




 マヌケに呟く、雨咲。一絵も、嶋でさえも、その場で何が起こったのかわからず、目をぱちぱちしている。




「雨咲さん、イコライザーの方々がデザインする社会で……この人たちの扱い、どうなりますかね?」


 僕は少し、笑いながら尋ねた。




〈とりあえず虐殺行為はNG〉〈いいからウバネキ映せ〉〈ウバネキまだ?〉〈ウバネキに殺されてる童貞多過ぎでしょwww〉〈ウバネキとユカリンの陵辱百合セ本冬に出そうと思います。何部がいいでしょう?〉〈申し訳ないがナマモノ話はNG〉〈マジレスすると初なら三百〉〈真面目にコメしてやれよww〉〈ユカリン可愛い!盲信します!〉〈ユカリンオレらに無能年金絶対くれないでしょ〉〈総理を守れ!無能年金ベース死守!〉〈無能年金はぁー! 憲法で保証されたぁー! 人権ですぅー!〉〈うーんユカリンの気持ちわかってきた〉〈みんなでイコライザー行かね?〉〈申し訳ないが犯罪行為はNG〉〈異能くれるかもよ〉〈体液がエロマンガ媚薬になる異能がいいです〉




 壁に投影されてるのは、配信画面。

 僕の視界が中央に映像として流れ、その映像にかぶさるようにして、みんな・・・のコメントが流れてく。文字の透明度を少し上げて、映像自体が見えないようにはしてるけど……すさまじい勢いだ。一文一文はとうてい、読んでられない……いろんな意味で。




〈結局異能のなくなった世界で、イコライザーだけが異能者になって世界征服って話でしょ?〉〈ユカリン全裸謝罪まだ?〉〈ユカリン全裸謝罪全裸待機〉〈ユカリン全裸謝罪全裸待機半裸逮捕〉〈イコライザーに入ったら異能作ってもらえるなら行く〉〈おれも〉〈拙者も〉〈うちのポチも行くって〉〈服が透けて見える異能がいいです!〉〈マジカル※※※がいい〉〈感度三千倍〉〈草〉〈草〉〈いいからウバネキ映せよ無能〉〈マジレスすると年金もらえない社会になるから通報します、した〉




 僕の配信に集まった……たぶん、五割ぐらいは無能さんの方々が織りなすコメントを見てると……僕自身も少し、イヤになってくる。


 弱さの裏返しな攻撃性。

 自分を賢く見せようとする露悪趣味。

 性的に満たされてないが故の……要するに、男子校の童貞特有な感じの下ネタ。

 



 この配信に僕がいたらきっと、こんなことを書いてるだろうな、ってコメントそのままのやつ。それが目の前を、数十数百、すさまじい勢いで流れてく。




「………………私の、ミス、か。真っ先に人権を執行すべき一番の相手は、君……太陽くんだった。そういう、ことだね」




 数十秒の沈黙の後、雨咲がぽつり、喉から押し出すようにして言った。あら、もっと悪あがきするかと思ってたけど……。


「ボス。ブラフだ。このビルは今、軍用レベルの電波妨害をかけてあるんだ。物理回線も全部遮断してある。第一、このガキが、今、どこに、配信用のカメラなんて……」


 と、嶋がいらだたしげに言うけど……徐々に、その言葉の勢いは失われていった。


「その通り、これが僕の異能だよ。さっき、通風口を通ってる時に作ったやつ……あんたもよく知ってるだろ。ワープなんて、アホみたいに物理法則無視の異能を持ってんだから」


 僕はぐるり、首を回して見せる。一秒満たないぐらい遅れて、壁に投影した配信画面の映像も、ぐるり、回る。


「異能には理屈もクソもない。そういうものだからそうなってるんだ、なんてしか言えない、アホみたいなもんだって。そこに突っ込みを入れるなんて……変身ヒーローが変身してる間に攻撃しないのはおかしい、なんて突っ込みをして賢い気分になるのは、小学校あたりで卒業しときなって」


 こきり、こきり、首を鳴らすとまた、映像がかくん、かくん、傾く。


「……自分の視覚、聴覚をネット配信できる異能。名前は、あはは、ごめん、借りました。等しくネットのクソ野郎、と書いて、イコライザー」


 雨咲の顔から笑みが消える。


「あんたたちがここに来てからの映像も音声も全部、ネットに流れてる。今のとこ……同時接続五千人ぐらいだけど、もっと増えるんじゃない? なんなら数字とれそうなこと……このメンツで人狼とかやってみる? ……あ、リスナーのみんな、切り抜きは自由なんで好きにしていいよ、各々好きにページビューとかインプレッションとか稼いで」




〈ネットのおもちゃがまた増えたww〉〈太陽調子に乗り始めたて草〉〈いいからウバネキ映せよ無能〉〈ウバネキガチ恋勢混じってるんだが〉〈童貞多過ぎでしょこの配信w〉〈童貞が配信してるからしょうがない〉〈太陽くん童貞なん?〉〈このメンツの人狼ちょっと見たい〉〈初手太陽吊り安定〉〈太陽くんの童貞もらいたいです!〉〈じゃあ処女は俺が〉〈ウバ陽だけが正義〉〈ノマカプ厨は帰ってくれないか!〉


「……童貞童貞うるせーな!」


 一番ヤバいことを言った一番ヤバいヤツが優勝、みたいな、男子校のオタク内輪ノリそのままなネットのクソ野郎たちのコメントに辟易しつつも……僕は少しため息をついた。




 一体全体どんなチカラがあったら、今後の僕の生活、僕と一絵、二胡さん、あの貧乏アパートの暮らしを楽しくできるか……脱出の最中、僕は考えに考えた。


 転移異能? いや、この場を逃げられても、イコライザーが社会の表舞台に進出してきたら、逃げ切れない。


 戦闘異能? いや、どれだけ強かろうが、洗脳されちゃえば終わりだ。むしろ、一絵や二胡さんに危険が及ぶ可能性が強くなる。


 そして、あのホテル会場、ぽむさんたちのカメラを見て、ようやく思い当たった。


 EQが社会を相手に、思想を変える戦いをしてるというなら、僕もその土俵に上がればいい。そんなのなら、僕はずっとやってきた。無能の鬱屈を晴らすために、同じような連中が集まる場所で、延々。ネットを介した世論誘導は、僕の専門分野。




 だから、僕は知ってる。




 人間には善も悪もない。だから世界に善も悪もない。

 社会に善と悪はあるかもしれないけど……そんなの、コロコロ、時代と見る場所でいくらでも変わる。結局人間なんて、ただただくだらなくて、どうしようもないだけの生き物だ。




 異能がなくなった世界を、僕は簡単に想像できる。




 きっとそこは、僕みたいなキモオタ陰キャくんが踏みつけられる世界だろう。無能く~ん、から、陰キャく~ん、に変わるだけだ。


 無能って言葉も本来の意味を取り戻し……ただ事務能力に欠けてるだけの人とか、ぼーっとしてて仕事の引き継ぎを四割は忘れるような人、とかに使われるようになって……それで、あの人は無能だから出世できないのはしょうがない、無能だから低層の暮らしを送るのは当然、無能の癖に政府からの保護にぶら下がって生きるのはけしからん、ああいう無能は俺たちが養ってやってるようなもんなんだから小さくなって申し訳なさそうな顔で目立たず生きてろ、なんて言われるだけだろう。




「…………いや、ボス、フェイクだ。告知もしないで、わけのわかんねえガキの生配信に五千人も……」


 と、また嶋が勢いづいて言うけど、また、徐々にしぼんでく。


 配信画面の上にはちゃんと、ワンクリックで各種SNSに告知できる機能、まあ要するに、ブラウザ的な機能もばっちりつけておいた。僕は改めて、そこに視線をやって、クリックをイメージ。ポップアップが出て、お馴染みのポスト画面。改めて投稿して、そこからSNSの画面をスクロール。おお、「ホテルテロ生中継」がトレンド独占じゃん。百人以上のフォロワーがある僕のアカウント、四百個ぐらいで一斉に告知しといた甲斐が……まあ、僕のアカウントから来た人ばっかりなので、コメントのノリがああなっちゃったけど……。




「結局……一番、無能は価値がない、無能はいない方がいい……そう思ってるのは、雨咲さん、あなたたちじゃないですか?」




 僕はずっと思ってたことを言った。

 イコライザーのやろうとしてたことは、結局、そういうことだったと思う。


「なんでイコライザーは……僕っていうワイルドカードを手に入れられそうだったのに……すべての人が平等に、望む異能を手に入れられる社会を目指さなかったんです? だからつまり……イコライザーって……」


 私怨もあるだろうし、自分たちを蔑んできた連中に一泡吹かせないと組織として収まりがつかない、ってのもあるだろう。でも……思えたはずだ、それぐらい……僕にだって思いつくんだから。平等っていうんなら、それがホントの平等なんじゃないか?


 異能社会の一番のクソな点は、持って生まれる異能を誰も選べない、クソみたいな運ゲーだってところなんだから。


 全員がいっせーので貧乏になれば格差はなくなるだろうけど、そんな世界は誰も望まない。


 だからきっと、イコライザーの人たちにあるのは……たぶん……。




「私たちは苦しんだ。だからお前らも苦しめ……って、こと……ですよね?」




 ただ、それだけなんだと思う。




 雨咲は壁にもたれたまま、表情を動かさない。ただ僕と、壁の配信画面を交互に見るだけ。嶋はそんなボスを、ただただ不安げな表情で見つめるだけ。


「……君にはきっと、犯罪異能グレを持って生まれた私の考えは、わからないよ」


 やがてぽつり、呟く雨咲。さっきまで超然としてた態度は消え失せ、今はどこか、傷ついたような顔。


「じゃあ……無能さんだった僕の考えも、わからないってことになっちゃうじゃないですか」

「私はそもそも、人間がわかり合えるなんて、思ってないからね」

「そりゃ僕もです」


 そう聞くと雨咲は深くため息をついた。


「……太陽くん、君は結局……どうしたいの……? 私たちを壊滅させる……? それとも……今度は君が、この世界を変えるの……?」


 少し気を取り直したのか、雨咲は、まだ地面に転がったままの総理の元へ戻りつつ、言った。


 僕は少し考える。

 でも……答なんて、決まってる。






「僕はただ……」




 そこで、一絵を見た。

 そして次に、近くで横倒しになってる自転車を。

 そうしてから、微かに、頷く。




「一絵と二人で家に帰って……焼売の親玉を食べるんだよ!」




 駆け出して、僕は嶋に突撃。

 同時に、声が響く。




「ばかっぱや号!!!!!!!」




 すごいスピードで一絵の元に駆けてきた自転車が、嶋を跳ね飛ばし、一絵がひらり、少しセクシーになってしまったイブニングドレスを翻しそこに跨がった。イブニングドレスと自転車は笑っちゃうぐらい似合ってなかったけど……。




 今は、世界の何よりもカッコよかった。

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