04-04 つまらない能力とおもしろい能力

 全然、そんなものはなかった。


「総理……なんで、こんな、ルート、知ってんですか……?」


 僕はぜいぜい喘ぎながら問いかけた。


「……学生の頃……ここのバンケットでアルバイトをしていてね、その時、テロリストに占拠されたビルを通風ダクトを使って這いずり回る映画が流行っていて……賭けをしたんだよ……映画みたいにダクトを使って、誰にも見つからずバンケットからロビーまでたどり着けるか、とね……」


 煤けまくった顔でにやりと笑う総理。


「まあもっとも……その頃は、今より二十キロは痩せてたから、こんなに苦労することは、なかったが……」


 突き出たスーツの腹を、ぽん、と叩いて笑ってみせる。




 総理が僕らに示した道は、そう、通風ダクト。


 ホテル全体に張り巡らされた、人一人通れるかどうか、っていう細さの道。たしかに、バンケットからロビーまで通じてはいるけど……そもそも人が通る前提の場所じゃないから、僕は総理のケツをみながら小一時間這いずり回るハメになるわ、その総理のケツがダクトに詰まるわ、一絵のドレスがひっかかって破けるわ、斜めになったところでごろごろ転げていったんバラバラになってしまうわ、階を降りる時は垂直にすとん、だから、四十回くらい死ぬかと思うわで、もう、散々だった。まあ一人になった時に色々、この先に備えて準備できたからいいけど……。




「よし……人影はない。行ける」




 K5さんが扉から顔を出して確認し、僕らに頷く。

 僕らは少し緩んだ空気を惹き締め直し、頷き返す。


 最終的にダクトは、地下駐車場手前、たぶん、ホテル全体の空調や電気、水を管理してるような工場じみた空間にたどり着き、僕らはそこから地下駐車場を目指した。出入りは塞がれてるかもしれないけど、K5さんが乗ってきた車がそこにあるはずだから、むりやりにでもそれで脱出を目指す。


「ここから先は……先頭も殿も危ない。神楽くんと青葉くん、先導してくれ。オレは殿を守る。ぽむさんたち総理は真ん中へ」


 K5さんが言い、僕らは覚悟を決め、頷く。

 外から見えない地下駐車場はひょっとしたら、EQの連中の詰め所みたいになってる可能性が大だし、背後も背後で、総理が辿ったルートに気付かれてたら追われてる可能性は大だ。




「……行きます……」




 一絵が呟き、地下駐車場へと踏み出す僕ら六人。

 プロ異能選手二人にそのチームの正社員である僕、それから配信者と撮影スタッフに総理大臣、なんて、どんなパーティだよ、と思うけど……。




 ……ひゅぅ……。




 地下空間に流れる独特のぬるい風と空気が、そんなふざけた考えを消し去った。

 人気はない。音もしない。ホテル最上階の戦場みたいな音も、ここには聞こえてこない。ただ遠くの方、数キロ先で開かれてる野外フェス、みたいな音がほんのり、あるだけ。ホテルの外はきっと、マスコミや野次馬に取り囲まれてるんだろう。けどそれさえも、低い音で唸り続けてる施設設備の音に上塗りされ、はっきりしない。


 広大な地下駐車場は、どこか薄気味悪かった。


 すべてが車サイズの広さ。


 それはまるで、人間はここにいるべきじゃない、と告げられてるみたいな気がした。そんな中、持ち主のいない高級車やトラックが照明に照らされ並ぶ様は、どこか、幻想的でさえあった。機械文明の王国、みたいなのがあったらきっと、この地下駐車場みたいなところかもしれない。




 僕らはそんな中を、ゆっくり、ゆっくり、進んでく。

 言葉数は少ない、というか、ない。

 足音を響かせないように歩くので精一杯。




 ……外では一体、どんな風に報道されてるんだろう?




 緊張した足取りで歩みを進める一絵の背中、そして周囲に油断なく視線を張り巡らせながら、僕は思う。


 ぽむさんたちみたいに、中で配信してた人もかなりの数、いたはずだ。そもそも生中継してたテレビ局だってあるはず。ってことは……総理に鬼丸が襲い掛かったところも、ばっちり、日本国民全員が知るところとなったはず……その後はたぶん、ホテルのネットを不通にして、いいところで回復させる……もしくは……。




 ……あれ、待てよ?




 どの時点でホテル内の通信を打ち切ったかは謎だけど……あの時点では、まだ、繋がってたはずだ、絶対。異能主義にのめり込みすぎたプロ選手が、割と人間主義者の総理を殺そうとする、なんて強い・・映像はなかなかない。でも……そうすると。




 ……鬼丸を止めた窪さんの姿も、ばっちり配信されてるよな……?




「……どうしたんですか?」




 ぱたり、足を止めてしまってたらしく、背後のぽむさんに声をかけられ我に返る。


「いや……なんでもないです。ちょっと、上が気になって……」


 言葉を濁して首を振り、また歩き出す。


「どうした青葉くん、なにか気になるのか……?」


 K5さんが低めの声で問いかけてくる。


「…………いや、その……K5さん、最近窪さん、変わった様子、ありませんでした……?」

「あいつはいつも変わっているが……?」


 ……それはそう。でも……。


「その……EQの狙いって多分……泣いた赤鬼みたいなことだと思うんですよ、行き過ぎた異能主義者、鬼丸さんみたいな人がテロを起こすのを止めて、それで人間主義を知らしめる、一般大衆から人気を得るっていう……でも、だとすると、鬼丸さんを真っ先に止めた窪さんって……」


 僕は歩きながら、疑念を言葉にしてく。


「……うそでしょ? 窪さんが裏切り者なの……?」


 一絵が驚きの声で言う。けど……。


「いや、そうじゃないとは思うんだけど、状況が……」




 いや……どうにも信じがたい。




 EQに洗脳異能を持った人員がいるとしても……窪さんの防御力はプロでもトップクラス。訓練のため常に浮遊状態なのと同様、精神防御系のスキルも使ってるはず。それに……


 腑に落ちない。不自然すぎる。




「……一番目立つであろう瞬間に、あの人を選ぶか……? ぱっと見、単なる、冴えない、オタクの、おじさんの、窪さん……玄人好みで一般ウケしないプロ異能選手に、テロを防いだヒーロー役をやらせるか……?」




 窪さんは、人気という面では……ひょっとすると三部の選手にも劣るぐらい、人気がない。コアなファン層はムチャクチャ熱心なんだけど……総理暗殺の初手を止めたヒーロー役が必要なら、もっと適任がいくらでもいるはず……それこそ今……。




 ごちゃっ。




 と、僕の思考を妙な音が遮った。




 どちゃっ。ごりっ。




 続けて、もう一度。湿ったなにかが、コンクリートの固い地面に落ちるような……いつか、どこかで聞いたことがあるような、ないような……。




 ……人が、地面に、倒れる音。

 誰かが、誰かを、殴る音。




「太陽ッ!」




 一絵が弾かれたように叫び、僕の手を引いた。




 そして、ぶォンッッッ! と、僕がそれまでいた空間を、すさまじいスピードでなにかが横切ってく。それは時速百キロ近い速度で地下駐車場を飛んでいき、青白い光――気が周囲の薄暗さを払うように照らし、やがて壁面に激突して弾け、交通事故のような音を轟かせ、コンクリートの欠片を辺りにまき散らした。




「やっぱり……太陽くんは強い子だね……ふふ、私たちはみんなそうだけど。弱いままでいることを、誰も許してはくれなかったから」




 一絵に手を引かれ駆け出した先で振り向くと。




 首が二百七十度ぐらい回った、ぽむさんと撮影の人の体が、地面に横たわってた。




 その前、力なく崩れ落ちた総理の体を、K5さんが支えてる。

 笑みを浮かべ、そして乱暴に、脇の地面に総理を投げ捨てる。


「ど、どう、いう……」


 一絵が絶句する。が、僕はもう、大体予想がついた。一部つかないことがあるけど……それはたぶん、K5さん……こいつが、この後、自慢げに披露してくれるだろう。


「つまり……こういうこと」




 ぐにゃぁ……。




 K5さんの体が、まるでムカシの映画じみた、うねうねと蠢く七色の光に包まれ、そして光が消え去ると……そこに、あいつがいた。


 EQの中で会った、あの女。

 僕に、チカラが欲しいか、なんて聞いてきた、あの女。

 全世界指名手配、異能社会最大の公敵パブリックエネミー

 人権のために人を殺す、狂気の集団の、ボス、首領、トップ。




イコライザー・・・・・、雨咲、紫子……ッ!」




 叫んだ僕に、答える女。




「ひさしぶりだね、太陽くん」




 EQのトップ、雨咲紫子あまさきゆかりこ

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