04-03 僕と彼女
ようやく会場を抜け出した僕たちは、しかし、混乱から抜け出せたわけじゃなかった。むしろ、それは加速したかもしれない。
「どいたどいた~~~~!」
旋風のようにバトルハンマーをぶん回しながら、黒服とプロ選手の群にむけて突撃するK5さん。群がってくる黒服が十数人、炎を宿した拳で殴りかかろうとしてたプロ、まとめてぶっ飛ばして、壁に叩きつけ、道を作る。
宴会場入り口はクロークに、パーティに疲れた人がちょっと座りにきたりするんだろうソファなんかが何組もあるロビー。かなり広々としてて……その広々とした空間に、黒服とプロ選手たちが待ち構えてた。
「みんな! このまま非常階段に向かうよ!」
K5さんが叫び、ロビーを一気に突っ切ろうとする。
だが、その向かう先から、どこにこんな人数が詰めてたんだってぐらいの黒服とプロたちが向かってきた。
「K5さん! 無理ですよこりゃ!」
僕は姿勢を低くしながら叫ぶ。
たぶん……この場を制圧するための人員が、ホテル中に詰めてるはずだ。ご乱心したトッププロ、鬼丸一厘が総理に襲い掛かったところを奇跡的に防いだ、実はEQのメンバーだったトッププロの人たち……や、その筋書きを守らせる役割の人たち……百人やそこらじゃきかないかもしれない。僕がEQなら、その役目は無能にやらせる。
「……っっ! じゃあ…………窪を呼んでくるッ! あいつなら窓をぶち破って、飛行で脱出できる!」
「ダメです! 誰が鬼丸さんを止めるんだって話になっちまう!」
プロ異能リーグ全体で見れば、窪さんは決して、強い方じゃない。
速攻型の相手には為す術無くやられることも多い。それでも……試合を長引かせることにかけて、あの人の右に出る選手はいない。派手な攻撃カードより、相手の行動を縛る、制限する、いやらしい効果のカードばかりを好むのだ、地雷野郎ハチは。直接攻撃型の異能相手なら、最長で十七時間試合してたことだってあるぐらい。
そして、その十七時間の試合を繰り広げた相手が、鬼丸一厘。
「くそっ……じゃあ……じゃあ……っっ」
ライフル弾をガードしながらK5さんが焦れる。僕と一絵は顔を見合わせるも、なにも思い浮かばない。
「……念のため聞いておきますけど、通信が回復したりは……?」
僕は一縷の望みをかけ、ぽむさんと撮影スタッフに聞いてみるも、無言で首を横に振るだけ。予想通りだけど、本当に予想通りだと悔しい。鬼丸の動きと合わせて、ホテル内の通信はマジですべて遮断したんだろう……たぶん、有線も切って……場を掌握して、鬼丸さんを倒す瞬間になったら復活させる……くそっ、なにか、なにかできることは……と、僕が歯噛みしてると。
……使っちまうか。
心の中で、そんな声がした。
とっくに、すり切れて消えたと思ってた、心の中のある部分。
僕はもうガキじゃないんだから、とっくにそんなのは卒業したんだぜ、って思ってた気持ち。
こういうのに身を任せてるといつかきっと、電車の中で喚くヤバい人、になってSNSで動画を共有されるんだろうな、って恐怖感で無視してた感情。
そんなのが、ぶつぶつ、心の中で呟いてた。
僕を無能くんって呼んできた奴ら、僕をトイレの中に突っ込ませた奴ら、無能がそうなるのはある程度仕方ないとか言ってたオトナたち、「多様さんやないねんから!」が決め台詞の配信者、ニュースサイトのコメントで「言葉は悪いけど異能社会なんだから、無能の人たちはなるべく目立たないようにしてほしい」とか書き込んだ連中、SNSのプロフィール欄に「無能年金不正受給を許さない」とか書いてる奴ら。
どんな願いでも、僕は、あと一回、叶えられる。
なら、そういう連中を全部、ぶち殺して、ぐちゃぐちゃにして、燃やして、ゴミにしてやりたい。
生まれてからずっと、ぶち殺されて、ぐちゃぐちゃにされて、燃やされて、ゴミにされてきたんだ。
そうしたって、どこに不思議があるってんだ?
きっとニュースサイトのコメント欄も、言ってくれるさ、無能が社会に逆恨みしただの、こういう連中になんで税金使わなきゃダメなの? だの、なんだの。
一絵も、鬼丸も、窪も、K5も、問題にならない最強異能を、今、ここで、僕が手に入れてしまえば、全部まとめて解決だ。めんどくさいことなんかしなくてすむし、EQだって皆殺しにできる。
そうだ。
EQの連中みたいにまどろっこしいことしないでいい。
僕は別に、僕と同じような無能のみんなを救おう、なんて、大それた夢はない。自分のことで精一杯なのに人のことまで考えてられるかよ。大体僕は、クソみたいな両親のせいで無能なのに産まれちまって、うんこみたいな人生を十七年間送って、それで両親が死んだら、なんでかテロ組織から存在を狙われてるかわいそうな児童だぞ、なにやったってきっと許される、僕を下に見てた奴ら、僕をナメてた奴ら、僕を無能だからカス扱いしていいって思ってた奴ら、そいつらを全員ぶち殺せば全部、
「太陽」
気がつくと、一絵が僕の手を握り、こちらを正面から見つめてた。
綺麗な瞳が少し潤んで、心配そうな顔をしてる。
「しゅーまいのおやだま……君、作れない……?」
「…………………………は?」
ぶつぶつ呟き続けてた心の中のある部分ごと、僕の精神が全部、クエスチョンマークで埋め尽くされた。一方、一絵はそんな僕に構わず続けた。
「だから……あの、しゅーまいのおやだま……っ! あい、あいつら……お料理、ぶちまけて……っっ! ふんでたっ! しゅーまいも、しゅーまいのおやだまも、踏んでたっっっ! 絶対、絶対許さない……っっっっ!」
顔を真っ赤にしてそう言う彼女の顔は……顔は……。
僕にはもう、表現できなかった。というより、表現するまでもない顔だった。
いつも通りの、一絵の顔。
どこか抜けてて、でも綺麗で、かわいくて、けど今は怒ってて、怒ってるっていうより……ぷんぷん、してて。
なんにでも正面からぶち当たって、失敗したらてへへー、成功したらやったねー、っていう、単純極まりない顔。人とは仲良くなった方が楽しいじゃん、なんてバカみたいなことを真顔で言う、バカでバカでどうしようもなくて、でもきっと……きっと……いや、絶対。
僕より頭がいいだろうな、って顔。
「……一絵」
「……うん」
僕はこみ上げてくる笑いを堪えて、言った。そして、ようやく思い出したので言った。
「…………あれは小籠包。それぐらい知っとけ、親玉に失礼だぞ」
……ああ、バカか、僕は。何を考えてたんだ。
僕を殺してきたヤツを、殺してどうするんだ?
そんなの、何が楽しいんだ?
そういう奴らが笑いものになってる様を、足をテーブルに上げて、ポテチかなんかつまみながら配信画面で見て、適当にけらけら笑ってた方が、幾分か気の利いた復讐ってヤツじゃないか? 最強異能なんて、作ってどうする?
……今度は僕が、彼女を抱きしめたくなった。そうしたくて、仕方なくなった。心がむずむずした。どうしてか、なんでか、全然わからなかったけど……彼女がきらきら輝いて見えて、心臓がばくんばくんいいだして、いや、これは、でも、そういうのじゃ……。
「…………太陽?」
「……うん、一絵……僕は……その……」
「いや……太陽、太陽!」
いつの間にか、僕のスーツが膨れだし、中から白い光が漏れ……。
「まったく……暗殺ならともかく、テロで死ぬなんて、まっぴらごめんだぞ、私は……」
カード化持続時間の十五分が過ぎたのだろう、人の姿に戻った内閣総理大臣、海老原良三が、僕の目の前に立ってた。かと思えばすたすた、僕らを守って大立ち回りを続けてるK5さんに駆け寄る。二言三言会話を交わすと頷き……
「たっぷり喰らっておねんねしてな~~~~~っっ!」
叫び、地面と水平にハンマーを投げる。氷の鎧を身に纏ったプロも、特殊部隊のような格好の人たちも、ハンマーに巻き込まれ壁に叩きつけられる。その着地を待たず、いつも胴着姿、リョウゼンのスタイルに戻る。
「みんな、こっちだ……!」
非常階段とは逆方向、厨房とかクロークの奥とか、ホテルの人しか入らないゾーンに駆ける。僕たちは慌ててそれについて行く。そっか、たぶん……政府関係のパーティも日夜開かれてるホテルだ、ここは。要人用の専用昇降口みたいなのもあるのかもしれない……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます