04-02 進化と変化

「きひひっ、きひっ、いひィっ! ッ焦げっ! 焦げる、タンパク質の香りッ! いひっ、いひひひっ!」


 身の丈三メートル近いロボットの中央。むき出しのコックピットらしき場所に座った、StekDroidsのプロが叫んだ。本名は非公開だけど、ファンの間じゃセンセイなんてあだ名がつけられてる人。


 がしょんっ、がしょがしょんっ!


 ダンスステップを踏むかのように、センセイの叫びに合わせ擬体が舞う。


 全長三メートル近い、人型の擬体。センセイのトレードマークとなってるMk.666ザ・ビーストだ。パワードスーツとロボットのいいとこ取りのような形で、中央にセンセイ自身がはまり込んで直接操作する。失明するクラスの催涙ガス、常人なら一発で死ねる電気ショック、空中機雷散布、数々の武装を試合に応じて換装し戦う形で……今日は一番厄介とされるレーザー、通称〈Mk.115 Eraser〉が主武装となってるようだ。


 右手の先端から、目の眩む輝きがそのたび放出され、場内を舐め回し、そして火がつく。センセイの開発したレーザー兵器、〈Mk.115 Eraser〉……科学的にはレーザーではないらしいけど、いかにもムカシの人が考えたフィクション上のレーザー兵器にそっくりな効果を持つ、って武器。理屈はともあれ、効果は本物だ。黒焦げになった死体が、センセイの乗る擬体の足下に、ごろごろ転がり、ぷすぷす、音を立て、人の体が焦げる鼻の奥にこびりつくようなイヤな臭いを周囲にまき散らしてる。


「……あいつだけ……ホントは洗脳されてないんじゃない……?」


 K5さんがため息交じりに言う。そう、センセイは大体どんなときでも、あんなテンション。


「……ま、でも、やるしかない、かっ! みんな、アタシの後ろを離れないでね!」


 そう言うと大きく息を吸い、バトルハンマーを構える。




「いざ、正々堂々っ!」




 弾子の試合開始モーションを再現すると、そのまま突撃。





「ホホーウ! ホッホッホーゥ! いひゅ、いひゃっ、ろろロろっ! ロリっ! ロリッ! いっ、いひひゃっ、うひゅっ!」


 比喩表現ではナシに、口角から泡をまき散らしつつ、襲い来るK5さんを見ながら叫ぶ。それでいて、擬体は無慈悲に、砲口をK5さんに向け、発射。灼熱の白色光が、光の速さで少女を襲う。


「ふんがっ!」


 バトルハンマーが、バトンのようにくるくる回る。回転にぶち当たったレーザーは、まるで鏡で光をはね返したみたいに反射、天井にぶち当たって、シャンデリアを落とす。


 どがしゃんっ、とシャンデリアが床に落ち大きな音がしたのと同時。


 大上段にバトルハンマーを構えたK5さんが、飛ぶ。


「ぶっ潰れろぉっ!」


 鋼鉄のハンマーが、Mk.666ザ・ビーストの中央に叩きつけられる。機体にどれほどの性能があろうが、センセイを狙えば関係ない。


「いひゃッっ!」


 だが、甲高い笑い声一つあげると擬体の脇の下辺りから、収納されてた補助アームが飛び出し、ハンマーが振り下ろされる前にキャッチ。本来の腕の方でK5さん自身もキャッチ。


「ッッッ!」


 じたばたと暴れるが、鋼鉄の腕四本はハンマーごと体を捕らえ、離さない。かと思えば、大きく振りかぶり……。




「触法存在は見るだけに限りますねッ!」




 叫びと同時、投げた。ハンマーは背後にぽいっと、K5さんは、致死の速度で壁に向けて。なんて並列処理だ、くそっ!

 小さな体がくるくる回り、壁に向けて叩きつけられようとする、その直前。




「…………〈自業自得の自損事故カーマ・クラッシュ〉ッッ!」




 一絵がそれを受け止めた。たたらも踏まず、後ずさりすることもなく、時速百キロ近い速度で投げられた体を…………。




 あ。




 僕自身が忘れてた、彼女の能力だ。

 自転車のハンドルを握ってない間に使える彼女の能力。


 つまり、普通の状態でもいつでも使えるんだ。ただ、それで貯めた速度、運動量の放出は自転車に乗ってないとできないから……くそ、どうすりゃいいんだ!?


「あ、そっか……なら……」


 が、K5さんはなにかに気付いたように言うと一絵に耳打ち。少し驚いた顔になるが、頷くとK5さんと並んで立ち……。




 そのまま、突撃。




「おいおいおいおいおい!」


 あんな致死的な威力のレーザー、遠距離攻撃を持った相手に、徒手空拳となった二人が突貫するのを見て、僕は思わず叫んでしまった……が。




「いたくなーいっ!」




 触れたものすべてを黒焦げにするあのレーザーを、K5さんは、ガード・・・。小さな体が精一杯に胸を張り、腕組みをした態勢で、顔面でレーザーを受け止める・・・・・。そうだ、あのキャラのガードモーションは、そんな態勢だった……!

 僕でさえ忘れかけてたK5さんの力に、センセイもあっけにとられたようで、一瞬、空白が生まれる。


 その隙に接近した一絵さんが……。


「〈自業自得の自損事故カーマ・クラッシュ未然回避ヒヤリハット〉!」


 僕の知らない技名を叫ぶと、ぴたり、両手で擬体の脚を掴んだ。


「っっ!? ぬっ、ひっ、はっ!?」


 センセイは叫び、なにやらもがこうとするが……動かない。

 センセイも、擬体も、一ミリたりとも。

 K5さんに照射し続けてたレーザーも、ぱたり、やんでしまう。


 そこでようやく、僕にも一絵のやってることがわかった。

 両手を使い、相手の速度、運動量を……吸い取り、続けてるんだ! 一絵が触れてる限り、相手は物理的に動けない状態を、強制される! もちろん、その間は動けないけど……。


「いっひっひっひ~!」


 小走りでハンマーに駆け寄ったK5さんが、それを持ち直すと、わざわざセンセイの正面に行ってから、微笑んだ。そして、大上段に構える。


「…………あ~……まあ、まあ、待ちたまえ、ワタシが傷つくのは国家の損失だと」

「しらないも~~~~~~~~~~~~~~ん!」




 暴風と化した巨大なハンマーが、擬体をぶっ飛ばした。

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