04-01 赤鬼と青鬼
そこから先は、地獄絵図だった。
対戦相手を殺害しない、観客を傷つけない、そんな枷の外れた数十人のプロ異能選手たちが、その場の全てに対して宣戦布告し、暴れ始めた。その場には数百人のプロがいたけど……中には当然、二部三部のリーガーも混ざってる。対してとち狂ったプロは全員、一部の選手。おまけにプロではない黒服も数十人、そこに加勢してる。
「鬼丸ッッ! テメエとうとうマジでイカれやがったな!」
「狂っておるのは貴様らだッ! 異能を身に帯びながら、死すべき定めの無能どもに肩入れする愚かさと偽善には反吐が出るッ! 貴様らの愛する無能と肩を並べ死ぬがよい!」
総理の前に立ち、鬼丸さんから守ってる窪さんは、繰り出される斬撃を防ぐので精一杯。鬼丸さんの撃兼六は、斬撃系の最強異能だ。一振りすれば、それが千の斬撃となり相手を襲う。窪さんは直接防御系のカードで防ぐことを諦め、〈
「ちょ、な、ま、ど、どうしよ、たい、たいよう、こ、これ、どうしたら……」
逃げ惑う人、襲い掛かる人、それを守る人……その場の混乱にもみくちゃにされながらも、一絵が僕の手をきつく握り締めて言う。その顔には混乱と怯え。無理もない。自転車がなきゃ、彼女はただの体力バカな女子高生、特別な力はなんにも発揮できない。
……一応、一絵の〈
彼女が自転車の名前(そう、あのバカみたいな名前)を呼べば、自転車はひとりでにペダルが回り動き出し、彼女の元に駆けつける……、
が、ここは二十八階。
さすがに無理だ。絶対、どっかで詰まる。
けど避難しようにも……会場入り口を見れば、白衣の男が狂ったように笑いながら、巨大な
僕はひたすら頭の中で計算。
この場を無事に切り抜け……あわよくば、僕たちの宣伝にしてしまえるような…………と、考え込んで、気付いた。
EQだ。
「ひとまず隠れるぞ……ッ!」
「う、うん……ッ!」
そう言って彼女の手を引っ張りながら、床まで垂れてるテーブルクロスをめくり、手近なテーブルの下に隠れる。いつひっくり返されて死んでしまうかわかったものじゃないけど、場内で棒立ちになってるよりは生存確立が高いだろう。
「ヒッ! ……あ、え、う……」
と、潜り込んだそこに、先客二名。業務用らしい大きめのカメラをかついだ人と、原宿系の夢カワなファッションに身を包んだピンク髪の女性。
……リーグの公式サポーターにも選ばれたことのある配信者、ぽむだ。普段はファッション、美容系の配信をしてるけど、異能リーグ期間中は応援配信をする系の……突然あらわれた僕ら二人に怯えつつも、構えたスマホは降ろさない。配信中だったのか? でも、ってことは……。
「……ちょ、すいません、SNS、見られません?」
「は、はい?」
「いいから、ちょ、ちょっと、SNS! どこでもいいから!」
必死な形相で彼女に声をかける……と、彼女は首を縦に振った。
「そ、そうだよ、あ、ぁあ、あちこちで、テ、テロが……」
そう言うと、配信中の画面を見せてくれる。流れてゆくコメントには「地元の無能センターから爆発音がした」「厚生省に武器持ったデモ隊が押しかけてる」「ヤバスンギ」「渋谷の路上で無能狩りしてる一団がいる」「警察襲われてて草」「自衛隊の人が駅前で銃乱射してんすけど」などなど……都内のあちこちで起きてる事件を、視聴者が報告してくれてる……かと思うと、急に画面が止まり、真っ暗になり……「インターネット接続を確認してください」なんてエラーメッセージ。
「ど、どーゆーこと……!? な、なに、なにが起きてるの……!?」
一絵が悲痛な声をあげる。僕は必死に頭を回転させ……結論にたどり着く。
たぶん……名付けるなら…………泣いた赤鬼作戦。
……って、こんなネーミングじゃ一絵のことを笑えないな……でも、そうとしか言いようがない。
「EQだ。この後、あちこちに、騒ぎを収めるために出てくるはず……ってことは……ここにも、出てくる……ヤバい、僕らはマークされてるから消される可能性が高い……」
「なになに、なんなのさぁ……!?」
「……前に言ったろ、EQには洗脳とかそれ系の異能者がいるって……これが連中の仕込みだって考えたら納得がいく……」
僕はため息をつき……そして、叫んだ。
「泣いた赤鬼みたいな自作自演だよ! 行き過ぎた異能主義者が無能を殺せってテロを起こす、それを止めたヤツは誰であれ正義のヒーローになる! みんな、なんとなーく、そのヒーローが正しいって思うようになる! EQはそれを狙ってるんだ!」
背筋が凍った。
今までどこか、EQのことを、ムカシのラノベやマンガに出てくる間抜けな悪役集団、としか思っていなかった。けど……。
連中は、本気なんだ。
本気で、世界を変えようとしてるんだ。
僕がネット上の世論を操作したみたいに……連中は、世界のみんながなんとなく思ってる、無能はある程度差別されても仕方ない、それが当然、自然なこと……みたいな考え方を、変えようとしてるんだ。
……そのために何をしようが、誰を殺そうが、お構いなしで。
けど。
これは同時に、チャンスでもある。
今の僕なら、僕らなら。
彼らの目的なんて、ぶっ飛ばせるかもしれない。
そのための力はもう……準備してきてる。一絵も、僕も。
と、そこで大きな音がした。
ガシャンッッ!
突如、テーブルがひっくり返され、目の前にはにやにや笑うモヒカン男が一人。ギターを低めに構え、今まさにかき鳴らそうとしてる。
「こういうパーティはよぉ……」
モヒカン男……人気投票では毎年トップファイブ入りする有力選手、
「隠れてないで楽しまなきゃなァ!」
かき鳴らしたギターから、ほとばしる雷撃。
空間を貫く紫と白の雷光は、光のスピードで僕たち……の、背後へ。
「グッッッ…………!」
今まさに、手にした日本刀で、僕たちを切り飛ばそうとしてた東京忍軍のプロ……
「おら、テメエ新入りだろ、なーにボサっとしてやがる、立って闘うんだよ、アァ? ねぼけてんのかテメエ?」
にやにや笑い、ガムをくちゃくちゃ噛みながら一絵に言う
「ひゃ、で、でも、わた、私、自転車……」
「アァ!? 関係あっかよクソガキ!」
そう言うとギターのネックを手で持ち……。
「Smaaaaaaaaaaaash!!!!!」
シャウトと共に鈍器として振るわれたギターが、一絵の肩口に吸い込まれようとしてたレーザーを打ち返す。弾かれたレーザーは、ステージ上で総理を巡る攻防を繰り広げてた鬼丸さん……鬼丸の背中に吸い込まれた。
「異能がなきゃ戦えねえなんてクソみてえな根性で、異能バトルやってけると思ってンのかよ、アァ!?」
シャハッ、と笑い、こちらに向けて突撃してくる朧月さんを迎え撃つ。
「オイ坊主!」
そして、僕と一絵が混乱しっぱなしなところに、窪さんの声が飛ぶ。見ればもう、なぜか、ステージ上から総理の姿が消えてた。代わりに、窪さんの手には一枚のカード。指で弾くようにして、それを僕に向かって投げる。くるくると回りながらそのカードは、差し出した僕の手の中に飛び込むようにしておさまる。見てみれば……。
『海老原良三 コスト:2000
伝説モンスター・内閣総理大臣・人間
ゲーム開始時にこのカードを公開する。あなたはいつでも自分のデッキ、相手のデッキ、手札を見られる
(カード化持続時間:15分)』
と、書かれたカード。イラストはもちろん、総理のもの。窪さんの力で一時的にカード化された総理だ。人間の姿をとられてるよりは、こっちの方が守りやすいってことだろう。にしても……。
「…………マジかよ」
思わず、呟いてしまう。
カード化された内閣総理大臣を手に持ったことがある、って人間は、世界でどれだけいるんだろ? 二アミントだから買い取り値段は……。
「K---------5----------! 坊主と嬢ちゃんを護衛して脱出しろ!」
「いししししっ! アタシにまっかせっなさ~~~~い!」
くだらないことを考えてしまってた僕を、可愛らしい声と共に場内を吹き荒れる旋風が、現実に呼び戻した。
「ぶっ飛ばされたいヤツからかかってこーいっ!」
その中央には、身長百三十センチ足らずの少女……というよりもはや、幼女って言った方がいいぐらいの女の子。小学校低学年にしか見えない小さな体で、まるで見合わない巨大なバトルハンマーを持ち、数トンはあろうかという巨大なそれを、ハンドスピナーみたいに軽々と回し、辺りに破壊をまき散らしながら僕らの元へやって来る……ウソだろ、K5さん、こんな格ゲーまでやってたの?
身長百五十センチ以上のキャラは登場しないのがウリなインディーズの格闘ゲーム「ぷにぷにふぁいとっ!」の主人公キャラ、
「アタシが道を開くっ! ついてきて!」
元気はつらつな小さな女の子となったK5さんが言う。僕と一絵は多少面食らいながらも顔を見合わせ、頷き……それから、ぽむさんと撮影の人にも視線を向ける。それだけで意図は通じたみたいで、彼らも立ち上がり、覚悟を決めた顔。
「ほらほらほらほら、ハンマーのお通りだーーーいっ!」
残像が残るスピードで、全長二メートルはあろうかというバトルハンマーを前方に振り回しながら、突撃。人も物も平等に吹っ飛ばし、壁に叩きつけながら、高速で会場入り口へ。飛んでくる流れ弾もすべて、はじいてしまう。僕らはその後ろで安全を確保しながらも、なんとかついていく。そして僕は手の中のカードを、スーツの内ポケットに丁寧にしまう。それでも、少し思ってしまう。この期に及んで。
一体全体……。
ごくり、唾を飲む。
僕は、EQが間違ってるって、百%言い切れるだろうか?
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