03 刀と人権

『それでは皆様、お待たせいたしました……!』




 と、僕らがそんなやりとりをしてると、会場前方、豪華な壇上から司会らしき人の声がした。ぱちぱちぱち、盛大な拍手が迎える。見れば、プロ異能ファンで有名な登録者五百万人の女性配信者と、異能五輪の地球一周部門で金メダリストな男性が壇上に立ってる。


『ただいまより、本年度プロ異能リーグ壮行会、開会前夜式を開催いたします……!』


 またもや盛大な拍手。ところどころから、すでに酔っ払ってる選手から指笛らしきものも響いてどっと笑い声。


『それではまず開会のお言葉を、内閣総理大臣、海老原良三様より戴きたいと思います……』


 今度は割と、落ち着いた拍手。指笛も響かない。


「……ね、すごいね……ホントに総理大臣が挨拶するようなパーティなんだね……あ、でも……ねえ、それなら……」

「うんだめだよ、みんなステージを見てるけど」


 囁きながらまたタッパーを出そうとする一絵をなだめる。


 ステージでは少し酔ってるのか、大股歩きでせかせか歩く総理が、司会の二人からマイクを受け取り、中央に立つ。堂に入った姿だ。




「え~、ご紹介にあずかりました、海老原良三でございます……もっともここの皆様には……無能ヤギ、なんて言った方がよいかもしれません」




 一瞬の沈黙の後。




 どっっっ、と場が湧いた。




「どーゆーこと……?」

「自虐ネタ。無能年金をむしろ増やそうとしてる、って発言して、そういうヤジが飛んで、SNSのトレンドになってた」


 その場からはパチパチと拍手までおきる。利害関係的には総理の立場と逆の人が多いはずだけど……なんていうか周囲の人の顔に浮かんでるのは、こういうのも認めてあげちゃう懐の広いオレ様・アタクシ、みたいな表情。う~ん、オトナのこういうのは、猿の毛繕いグルーミングみたいなもんだなきっと。




「まあ、そんな無能ヤギと言われる私ですが……プロ異能リーグに関しましては」




 がたんっっ!




 と、総理が話を続けようとしたところで、会場から大きな音がした。


 見れば……一人の男が会場前方……たぶん、選ばれし人だけが着席できるテーブル、みたいなところから立ち上がり、つかつかと壇上の総理に歩み寄ってた。


 会場内は少しざわついたけれど……くすくす笑いの方が大きかった。見れば、すぐわかるのだ。歩き出した男は、テロリストや暴漢の類ではなく……トップ異能選手である、鬼丸一厘だと。ライオンヘアーで、長身むっきむきの体をスーツに押し込み、大股で総理に近付いてく。




「えー、やはり、というかなんというか……トップのプロ異能選手は、無能ヤギに一言、もの申したいようですな」




 苦笑いしつつ、総理は言う。それでまた、周囲はくすくす笑う。

 が……。




「……なんか、おかしくない……?」


 一絵さんが少し不審そうに言う。それもそのはず、鬼丸さんの腰にはいつの間にか……彼の長身でも地面に引きずりそうなほど長大な、日本刀の鞘。彼のトレードマークである武器、撃兼六げきかねろく一種異能ファースト修羅道しゅらどう――特殊な力を持った武器防具を具現化するスペシャリストである彼が、その武器を身に帯びてるのは別に、おかしなことじゃなかったけれど……。


 鬼丸さんは別に、窪さんみたいに行住坐臥、それを具現化しておく、みたいなタイプじゃなかったはずだ。むしろ、そうしてる選手たちを、そこまでして鍛えないとならない弱者、みたいなことを言ってたと思う。


 会場内が、少しざわついた。同時になにか、じわじわ、イヤな予感が拡がっていく。




「鬼丸くん、どうしたのかね、ようやく選挙に行ってくれる気になったかい? 解散総選挙には時期が早いが……」




 壇上の総理と、鬼丸さんが正対する。二メートル近い鬼丸さんと、角はあるけど普通のおじさんな総理ではまるで、熊と正対した狸、みたいな様子。けど、狸はぽんぽこお腹を叩き続ける。それでまた、周囲は笑う。


 ちなみに鬼丸さんが選挙に行かない、ってのは有名な話だ。この人ときたら、選挙なぞ所詮貴様らのような弱者が身を寄せ合うための哀れな仕組み、と吐き捨てる人なんだ。まあ、キャラ作りの一貫だとは誰もが思ってるけど。




「総理」



 

 だけど。




 ずるッ……。




 不吉な音と共に、鬼丸さんがなんの躊躇もなく抜刀すると、その場の空気は一変した。それまでの、どこか冗談めいた空気が一瞬にして張り詰め、何人かの人が腰を浮かせて壇上に駆け寄ろうとする……が。


 総理がそれを、片手で制した。


 その顔にはなにか、余裕のようなものが浮かんでいて……なんとなれば、ひょっとしたらこれは演出なのかもしれない、そう思い込める余地が残る。僕の頭の中には、正常性バイアスやら何やら、そんな単語が頭を流れてく。


 ……その場の大半は、これを、出し物の一環のなにか、的に考えたままだったと思う。


 総理が手で制したのもあるし……酔っ払った無能さんならともかく、日本で一番強い鬼丸さんが、総理に斬りかかるようなテロをやる、なんて、誰も思ってない。もっとも……ちらりと窪さんに目をやってみると、少し笑ってしまう。この人はみんなと違って、思ってるみたいだ。


 燕尾服を着たままカードを七枚、手の中に抱えシャカパチシャカパチ……なにかしらあったら止めるつもりなんだろう。それならきっと……この場に隕石が振ってこない限り、安全だ。




「試みに問おう。貴方の考える人権とは何か?」




 抜いた刀を総理の額に突きつけ、大きな声で問いかける。だが総理は、狼狽えた様子を見せない。それどころか、にやりと笑って答えてみせる。



「ふむ……面白い質問だね」

「答えてもらおう」

「…………天より与えられし万人に平等の権利、だ」




 だが、その答を鬼丸さんが聞くと。

 大きくため息をついて、言った。




「ならば、我は言おう」




 万物一切を一刀の元に切り伏せる大太刀、撃兼六が、ゆらり……上段に構えられる。






「これより人権を執行するッッッッッ!」






 大太刀が空気を切り裂き。

 誰かの悲鳴が響き。

 何人かのプロが瞬時に駆け出し。 




「おいおいおいおい……あんた、マジでイカレちまったのか?」




 誰よりも早く宙を舞い、その場に駆けつけた窪さんが、鬼丸さんの体を白い光で縛りながら、呆れたように言った。


 〈白光の縛めホワイト・アウト・ライト〉……直接攻撃を仕掛けた相手を一ターンの間、行動不能にする即時対応エマージェンシーカード……を、現実に適用した窪さんの異能。総理の額に刀が当たる寸前で、刀は止まってる。三々五々その場に駆けつけたプロたちが、それぞれの異能で鬼丸さんを拘束する。辺りは火のついたような騒ぎになり、宴会場の外を警護してた黒服の人たちが大量になだれ込んでくる。怒号。悲鳴。




 そして。




「これより人権を執行する……」




 ゆらり。




 鬼丸さんを押さえつけてたはずのプロが、そう呟いて立ちあがる。あれは……霞ヶ関公安十三課、対抗系異能のトップ、却下キャンセラー……。




「これより人権を執行する」




 黒服の中にもそう叫び、天井に向けて発砲する人間が現れる。




「これより人権を執行する」




 場内にいたプロの幾人かも叫び……無機質な擬体ドロイドが、伝説の剣が、影を操る忍術が、周囲にその力を振るい始める。




「これより人権を執行するッッッ!!!!」




 縛めを却下キャンセルされた鬼丸さんが叫び、改めて刀を天井に向かって大きく突き上げ、そして、吠える。




「無能は皆殺しだッッッッッ!」

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