第4章 貧乏アパートからいきなりホテルで懇親会的なヤツに呼ばれるとビックリする

01 焼売の親玉とイブニングドレス

「ゆ……ゆめ……かなぁ……これぇ……」


 一絵が目を、きらきらさせながら言った。

 その表情はまさしく夢見る乙女そのもの。身を包んでる豪華なイブニングドレス的なヤツと合わせると、まさしくお姫様的な感じ。契約金でパーティに出られる服を買っといた方がいいって言われて、かなりの額を使って買ったのは間違いなかったみたいだ。とはいえ……。


「お……おすし……おにく……うそでしょ……! しゅーまいと、しゅーまいのおやだまが、あんなに……ひゃ、ひゃっこはあるよ、たいよう、どうしよう、しゅーまいと、しゅーまいのおやだまが、ひゃっこいじょうあるよ……」


 僕の袖を引きながら、一絵はとろん、と蕩けた口調。


 少し大人びた、深濃紺ディープ・ロイヤル・ブルーのイブニングドレスとは、まったく似合ってない。首回りはなんか透けてる素材で、袖口もなんか半透明、ふわっとしてるスカートの裾からも、いかにも妖艶な感じのレースが見えてて……髪はツインテールだけど、豪奢な長いリボンが煌めいてて……だってのに、顔と声はまるきり、ショーケースのケーキやゲーム機に見惚れてる子ども。だいたいなんだよ焼売の親玉って……。


「…………あ、焼売の親玉って、アレか……」


 と、僕も僕で辺りを見回し、気付いた。焼売と肉まんのあいだぐらいの大きさと形で、中にスープが入ってて……なんだっけ、僕も出てこなくなっちゃった、家で出るメニューじゃないし……。


 中国の皇帝の食卓を再現したラグジュアリーな料理がウリ、というだけあって、それ系のメニューが豊富だ。どかん、と丸々一個、巨大なアワビが皿の真ん中に置かれ、てらてらした焦茶のソースがかかってるヤツなんかは、僕も目を、しばたたかせてしまう。


 都内で一番だというホテルの二十八階、広大なパーティ会場。


 壁際に並ぶ料理の数々に、一絵はただただ、息を呑み、喉を鳴らし……うそだろこいつ、お腹まで鳴らしやがった……。


「…………あの、先に言っとくけど、こういうパーティって、あんまり料理をガツガツ……」


 食べるものじゃないと思うよ、と、言おうとして……言えなかった。

 サンタさんにプレゼントをもらうためおかあさんのお手伝いするんだ! と、言ってる子どもに、君のプレゼントはオヤジが買ってきたやつだからしなくてもたぶんもらえるぞ、なんて言えないのと一緒だ。


「……ふぇ? は、あ、だ、だいじょうぶだよ? わ、私だって、ちゃんと、マナーとか、わ、わかってるもん、ほ、ほら、あのお水が入ったボウルは、スープじゃなくて、手を洗うヤツでしょ、なんだっけ、フィンガーボウル、でしょ」

「うん……あれは冷製スープだね、みんなが飲むヤツだから手を入れちゃだめだよ」

「し、知ってるから! 太陽をためしただけだから!」


 顔を真っ赤にする一絵を見て、僕は少し笑った。すると照れ隠しにぺちぺち叩いてきた。まったく、姉妹そろって怒るとこうなる癖はどうにかならないもんかね。




 プロ異能リーグの開幕は十月。




 十月一日に開幕試合があるから、その一週間前に、こうして今年も半年間のリーグをがんばろう、的な立食パーティ、リーグ前の懇親会が開かれる。リーグ関係者だけじゃなく、スポンサーのお偉いさんや政財界の人たち、はたまた解説番組をよくやってる配信者に芸能人も集まる、豪華なヤツだ。今の日本じゃ、ここに呼ばれることこそが一流のステータス。もっともプロ異能選手にとってはスポンサーや業界人にイイ顔をしておく、営業的な意味合いが強いもので、あんまり好きじゃない選手もいるらしいけど……。


「え、わ、うそっ、太陽太陽っ……! あそこ、あそこ! あれ総理大臣じゃん……!」


 一絵が会場の一角を指さすと、そこにはスーツの一段。中央に一際目立つ、頭からヤギじみた二本の角を生やした中年男性。現首相、海老原良三えびはらりょうぞうだ。


「そりゃいるだろ、ここの開幕挨拶は毎年、その時の総理がするってのは慣例なんだから」

「そーなの?」

「らしいよ、特に現総理は異能がらみの法律をいくつも改正しようとしてるから、プロ異能リーグともつながりが太いんだろ」

「へー……」

「……君な、一流の異能選手になってもっと稼ぎたかったら、ニュースもちゃんと見なきゃダメだぜ、特に今の総理は無能に手厚い保証を与えようとしてる、ゆくゆくは異能リーグを規制する気じゃないか、とか言われてるんだから」

「わ、私だってニュースぐらい見るもん……なんか……無能年金減ったんだよね? なのに、手厚い保証を与えようとしてる、なの?」

「そりゃ前の総理のやつ。あの人はそれを戻そうとしてるって話。それで昨日のニュースになってたよ」

「む~……勉強しないでいい人生を選んだはずだったのに~……」


 げんなりした顔の一絵さんを見て、また少し笑いが漏れた。

 一方総理は、リーグの運営会社CEOや、天下布武のオーナーである、引退した芸能界のドン的な人と朗らかに会話してる。周囲はそんな三人にお追従笑いを浮かべたり、合いの手を入れたりと忙しそうだ。


「……でも、なんか……普通に、いるんだね」

「そりゃいるだろ君、総理だって普通の人間だぞ」

「そうじゃなくて、ほら、護衛の人、SP? 的な人たち、ぞろぞろいるんだと思ってた」


 たしかに、会話する三人は公的な場所に出るなら必ず、そんな人たちをつける地位や立場の人たち。けど、それらしき人影は見えない。宴会場の外にはわんさかいたけど……。


「そりゃそうだろ、ほら、あれ」


 会話する政財界のドン的な三人に、臆することなく入り込んでく人が一人。

 名実ともに、プロ異能選手のトップである、鬼丸一厘さん。すごいな、あのクラスになると、あの三人の会話に臆することなく入っていけるのか……。


「今、百人以上のプロ異能選手がここにいるんだぜ。軍隊でもない限り、悪いことなんてできないよ。いや、鬼丸さんがいるなら軍隊が来てたってしばらく持つんじゃないか」

「あ、そっかぁ……」


 そう。

 周囲にいるスポンサーの偉い人たちや、政財界の人たちなんかをのぞけば……。


 あたりはすべて、プロ異能選手。


 僕らを会場まで案内してくれた窪さんにK5さんは既に、七種異能の専門誌記者と一緒になって、なにかの撮影中。窪さんはどうしてか、組閣でもすんのかよ、ってモーニング、燕尾服で、K5さんもどうしてか女性キャラ、豪奢な中国風ドレスに身を包んだシュン=ファの姿。厳格な修行者キャラに見えてK5さんは、何がウケるか、ってことにスゴい敏感なのだ。


 右を見れば東京忍軍の人たちが和服姿でシャンパン片手、霞ヶ関公安零課の面々と会話してるし、左を見れば、手持ちぶさたそうにしてぼーっとたたずんでる白衣の男性……たぶん、SDAの人に、マスコミらしき人が話しかけてる。壁際ではSACの勇者に魔法使いが、コスプレ撮影会みたいな様子になってる。


 どこを見ても、僕が憧れ続けたプロ異能選手たち。


 ……まあ、正直僕は、一絵以上に、浮かれてると思う。




「神楽さん……神楽一絵さんですね!?」




 と、そこにいきなり、マイクを持った一団があらわれ、僕らの周囲を取り囲んできた。見れば腕には「報道」の腕章……そうだった、ここは、今年のリーグの抱負とかをマスコミが選手に聞いて回る場でもあった。とはいえ、予習はばっちりだ。


 僕は一絵に合図してその場を離れ、マスコミの人たちが彼女を囲みやすいようにしてやる……というか、僕が映像や写真の中に入らないように距離を取る。


「へ!? あ、は、はいっ!」


 いくつものカメラをつきつけられ、柄にもなく緊張してる一絵の声が、インカム越しに聞こえる。


「……落ち着けよ、ヘンにウケ狙いしなくていい、聞かれたまんまに答える、練習通り……」


 着込んだ慣れないスーツの襟元に仕込んだインカムで、彼女に話しかける。びくんっ、と体を震わせた彼女が、こっそり僕に向かい、後ろで親指を立てる。


 久々の新人入団即一部選手となった感想は、好きなプロ選手は、異能リーグについての思いは、今日は自転車は、なんて、次々に浴びせられる質問の数々。それに、うろたえはするものの、たどたどしくはあるものの、なんとか答えてく一絵。マジでホントに、インタビューの訓練、やっといて良かったな……。

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