06 泥と星

『無能年金をー! 廃止せよー!』

「「「「廃止せよーーーーー!」」」」


 バーベキューを終え、みんなが帰った後。夕方。


「あ! ねえねえ、本棚買わない?」

「…………へ?」


 みんなが帰って、僕と一絵で残った片付けをしてた時、彼女がそう言った。


「ほら、太陽って本好きでしょ? だからプレゼントさせてよ。私、本とかわかんないから選べないけど、ほら、本棚ならさ」


 紙皿をぽいぽい、手際よくゴミ袋に入れながらも、一絵は言った。




『働かざる者ー!』

「「「「食うべからずーーーー!」」」」


 外の大通りから、デモ隊の大声が響き、ばっちり、聞こえてくる中で。




「……い、いや……そんな、置く場所、ないだろ、部屋に」


 僕は一瞬、彼女が何を考えてそんなことを言い出したのか、わからなかった。


「え~、そうかな~、詰めればいけるよ~」


 くすくす笑う一絵。実際問題、八畳一間の部屋に僕たち三人が住んでいる現状……棚を置くスペースは、まあ、完全にないとは言い切れないけど……誰かがコの字になって寝るハメになるだろう。


「なんなら私、太陽と一緒の布団でもいいよっ、あはは、ほら、太陽、いっつも起き」




『我々の血税をー!』

「「「「無能に配るなーーーーー!」」」」




 デモ隊の声が彼女の声に被さって、その後は聞こえなかった。




「なあ、その……」


 僕は、彼女がどんな気持ちでそんなことを言ってるのかわからなくて、戸惑ってしまう。




 僕らはもう無能じゃない。多様さんでもない。


 人が羨むプロ異能選手となって、安いけど年棒に契約金まで手に入れて、未来は薔薇色だ……まあ、学費を貯金するのが最優先、ってことで、まだまだこの貧乏アパート暮らしは続きそうだけど……でも、もう一絵は、今日休んだら来週飢えるから、って思いつつ、朝六時半に自転車に乗って、キツい仕事に行く必要はない。




(無能に生まれたらな、一生無能なんだよ)




 渋谷のあの公園で、EQのあの男に言われた言葉が蘇る。

 ……結局、そういうことなんだろう。


 僕らはきっと、一生、無能って呼ばれた記憶を心の奥底に淀ませながら、そこに水を注ぎ続け薄めてくみたいな、そんな生き方をするんだろう。どれだけ何を注ごうが、綺麗な水には絶対、ならない。なんて……穢れ思考の日本人過ぎる考え方かな。




「…………って……ごめん、ね……あはは、なんかその……話を、そらそうと思って……あ、でもでも、プレゼントしたいのはホントだよっ……ご、ごめんね……ここ、こういうの、よく聞こえてくるんだ……」


 それでも明るく言う彼女の言葉が、どこか震えてるのに気付いた。


「なあ……その……僕はさ、こういうのはもう慣れちゃった、っていうか……そうだな……あんまり、気にしないから、別に、そんな……気を遣わなくても……」


 と、僕が詰まりながらも言うと、一絵は少し、顔を赤くした。


「え、あ、え、そ、そーなの?」

「少なくとも……ああいう連中は、異能の特訓してやるよ、って言って、トイレに顔を突っ込ませようとかしてこないだろ。マシな方なんじゃないか? 思うところがあって、仲間を集めて、それでも暴力を振るうんじゃなくて、ちゃんと理屈を作って、デモをやってるんだから、別に、責められることじゃないだろ」


 そう言うとようやく少し、くすっ、と笑う一絵。でも……僕がにやにや笑ってるのに気付いて、顔を青くする。


「へ!? え……!? えぇ!?」

「世界初、トイレが好きすぎて七種異能セブンスに目覚めたトイレマンとしてプロデビューさせてやるから感謝しろよ、とかは、言ってこないしやってきてないわけだろ、デモの人たちは。まあ裏でやってんのかもだけど」

「そ、そん、な……の……」


 絶句、って言葉が見事にぴったりな顔に、僕はちょっと笑いそうになってしまった。


「……いや、いいんだよ別に。僕に異能があってさ、クラスに無能がいたらきっと、似たようなことやって……やりはしないまでも、見て、内容はどうあれ、やられるのはまあしょうがないかな、って思ってたと思う。一絵は?」


 動作ごと、固まってしまう一絵。




『無能は、働けー!』

「「「「働けーーーーー!」」」」




「……わ……わかん、ない……えへへ、ごめんね……私、学校、あんまり行ってなくて……知り合いとか、ほとんどいなかったから……あはは、いじめられすら、しなかったんだ……」

「…………まあ、わかんないけどさ」


 僕はがりがり、鉄板の焦げをへらでこそげながら答える。


「どっちが辛いってことは、ないんだろうけど……君だって……その……」

「わ、私? 私は、そんな…………」


 と、首をぷるぷると振って……そして、ため息をついた。


「あはは……ダメだね、思い出さないようにしてるけど……私は……ふふ、働かされてた」

「働いてたって……バイトさせられてたってこと?」

「あはは、違うよー。少しは役に立て、万引きしてこいっていわれて、お店でお酒を盗らされてた……最初は捕まってたけど、そのたびにボッコボコにされるから、もー、どんどんうまくなっちゃって……コツがね、あるんだよ、ふふ、内緒だよ? こんなのプロ選手が言ったら炎上しちゃう」


 一絵の乾いた笑いが、夏の夕暮れに溶けてく。


「ふーむ、うちはまあ……そういうのはなかった、かなあ……」

「……ね、聞いていい?」

「聞くことによりますが」

「…………太陽のお父さんお母さんって、どんな人だった?」

「鬱陶しい連中だったね。まっすぐ育てだの、世の中を斜めに見るなだの……学校で顔をトイレに押し付けられてるヤツが世の中をまっすぐに見られるようなるわきゃねーだろ、教師も教師でヘラヘラ笑いながら、無能なんだからこれぐらいの扱いに慣れておかないと世の中暮らしてけないぞってなもんで……なのに、言ってたんだよ、生まれてきてくれてありがとう、みたいなことをさ、ウチの両親は。頭脳が腐ってたとしか思えないね」

「……あー、その……えーと……い、言わなかったの……?」

「…………君は……誰かに、両親にこんなことされてます、って、話せた?」

「…………あー」

「…………なー」


 いじめられっ子が一番思うのは、僕はいじめられっ子なんかじゃない、ってこと。同じにしたらきっと怒られるだろうけど……虐待されてる子も、思うのかもしれない。


「……まあ、別に……その、なんだ……別に、気をつかわなくていんだよ、こんなの……どこにでもある話だろ。それに、き……君の、方が……」

「な……え、うー、うん……?」

「いや、違うか、違うな、だから、まあ……なんだ……? くそ、わかんなくなっちゃったじゃないかよ」

「あはは、太陽でもそんなことあるんだ」

「……別に、僕は……」


 気まずさと優しさが入り交じった、なんとも言えない空気が流れ……。




『無能を、甘やかすなーーー!』

「「「「つけあがらせるなーーーーー!」」」」




 そこに混ざる、デモ隊の声。ああ、まったく。


「ねえ……私たち、いいのかな……?」


 珍しく不安そうな声。


「いいって……なにが?」

「その……太陽の力を、さ……自分たちのためにだけ、使っちゃって……」

「なにが悪いってんだ。犯罪はしちゃいない」

「そうじゃなくて……なんか、こう……世の中……? のために、使ったり、とか……ほら、あの……世界の危機を救う! 的な……」

「今の世の中……大抵のことはなんとかなってるじゃないか。異能のおかげで……ムカシは今より貧乏が酷くて、医療も進んでなくて、子どもが病気で死ぬのも、飢えで死ぬのもたくさんあったらしいけど……今じゃもう、それだけでニュースになるぐらいの珍しさだろ」

「それは……そう、かもだけど……だから、ほら、そういうのじゃなくても、なに……あ~も~、私、ばかだからこういうの考えるの苦手なんだってば~……」

「あー……その、君をバカにしてるわけじゃないんだけど……むしろ、ホントに……その……尊敬してるんだ、君のことは、うん、僕は」

「……な、なに、急に」

「でも、でもさ…………なあ、一絵」


 僕はまっすぐ、彼女の顔を正面から見つめた。

 夕暮れに染まるその顔は、どこか傷ついてて、今にも泣きそうに見えた。




「なんで、世界に対してなんかしてやんないとなんないんだ? 僕らには、なんにもしてくれなかったってのに」




 …………僕なりに、僕なりにだけど、決め台詞のつもりで言ったんだ、これは。でも。




「へ? だって、人には親切にした方が、楽しいでしょ?」




 彼女はなんの躊躇もなく、即答した。それこそ、いつもとおんなじ感じで。僕みたいに決め台詞だからちょっとカッコつけて言おう、とか、そんな意識が全然見えない口調で。


「君は…………君ってやつは、どうしてそうまっすぐでいられるんだい、神楽一絵さん」


 一分近い絶句の後、僕はそんなことしか言えなかった。


「うーん…………お父さんに殴られてる時ね、ずっと、考えてたの。他の子はこんなこと、されないんだろうなあ、って」


 徐々に遠ざかってくデモ隊の声。それでもまだ、うっすら聞こえ続けてる。けど、構わずに一絵は続ける。


「だから……だからってことでもないけど……なんか、きっと、私……人間って、いいんだな、って、思ってるんだと思う。だって……世の中、私んちみたいなところって、滅多にないんでしょ? だったら……じゃあ、うん、そういうことだなー、って」


 ちょっと照れくさそうに、茜色に染まる黒髪を弄りながら、笑う。


「あはは、我ながらばかみたい、なんでそんなこと、考えてるんだろね、今が楽しいからかな……うん……でも、でもだって、そうじゃん。親切にしたら、親切にしてもらえるかもしれないし、そしたら仲良くなって、楽しいこと起きるかもしれない……ウチのお父さんお母さんみたいな人なんて、滅多にいないわけだから」


 まったく普通に、太陽は東から昇って西へ沈む、みたいに当たり前のことを言う感じで、一絵は言う。


「それに……なんかこー……あの、嫌ったり、憎んだりしてるのって……いやじゃん? もっとこう、楽しいこと考えてた方が、楽しいし……だから私、お父さんとお母さんのこと、あんま考えないようにしてるの。考えそうになったら……えへへ、二胡のこと、考えるんだ。そうするとね、胸がほんわかしてきて、大丈夫になるから」


 僕はもう、なにも言えなかった。


「……一人の囚人が泥を見てる時、もう一人は星を見る、ってか……」


 こんな時にまで出てくるのはムカシの詩……を、引用したムカシのマンガの台詞って、自分のクソキモ陰キャくんぶりに、少し辟易。こういう時にはもっと、格式正しい古典をちゃんと引用できる人間になりたかったぜ、なんて思ってしまう。でも。


「なにそれ?」

「……聖書を読んで今日の晩飯を思いつく人もいれば、教会に行くようになる人もいるってこった」

「聖書ってお料理の話出てくるの?」

「たとえだよ、たとえ、ばか」

「あ、またばかって言ったー!」


 ようやく少し、空気がほぐれて……。

 それで、僕は言った。


「僕は……別に、いいと、思うよ」

「……なにが…………あ、うん……そう……?」

「うん。大いなる力には、大いなる責任が伴う、なんて言葉があるんだけど……でも、大いなる力って、きっと、みんな持ってる力なんだと、思う」

「……どゆこと?」

「仕事して、生活して……君の場合なんか、二胡さんを育ててさ……それだけで一大事、大仕事じゃないか。それとも君は……そういうのを放り出して、世界のことをなんかするのが、正しいって思うかい?」

「うーん……でも、ちょっと、すっきりはしない……かなぁ……」

「ま、そうかもだけど……でもさ……マントを羽織った正義のヒーローより……僕は、君みたいな人の方がヒーローだと思うよ」

「へ、な、なに急に」

「スーパーな力で世界の危機を救ったら、そりゃあかっこいいけど……本当の危機ってのは、もっと……ぼわー、っとしてるもんだろ。生徒の一人がトイレに顔を押し付けられててもしょうがない、って先生が思うこととか……子どもに酒を盗ませてる親がいるって知っても誰もなにもしないこととか。そんな時に、空を飛んで、ビルも持ち上げるパワーなんて、なんの役にもたちゃしない」

「…………まあ……」

「でも……」


 僕はまた、息をつく。


「君みたいに、人には親切にした方が楽しい、って思ってる人がたくさんいたら、きっと、そんな世界の危機なんて……なくなりはしないだろうけど、少なくはなるさ。それって、じゃあ、スーパーヒーローじゃないかよ」

「……そうかなぁ……太陽の言うこと、こんがらがってて、あんまよくわかんないよー……」

「そりゃまあ……僕もよくわかってないからな」

「あはは、なにそれ」


 そう言って笑う一絵の顔は、けど、どこかすっきりしてた。




 そして、僕は彼女の手をとった。




 僕みたいなキモオタ陰キャくんが女の子の手を同意なく触ったらあっという間にセクハラ認定で最終的には慰謝料的な話になる、と思ったけど……




 そんなこと、もう、どうでもよかった。

 彼女に、伝えたいんだ、僕は。




「でも、さ……」


 僕は彼女の掌の感触を、自分の掌でちゃんと、たしかめた。

 暖かくて、柔らかくて、真っ白で……なのに、なのに。


「ちょ、え……た、たいよう……? や、ちょ、ちょっと……く、くすぐったいよ……ね、ねえ……」


 一絵は身を捩り、珍しく顔を真っ赤にした。

 それでも僕は、彼女の手を握った。




 掌と指のつなぎ目には、大きな堅いタコ。




 中指のやつはすごくて、野球のグローブみたいな感触。親指の先なんかは、きっと、都市部で走るウーバー特有の頻繁過ぎるギアチェンジのせいだろう、かっちかちに固まってて、爪との違いがあんまりわからない。いつか二胡さんが言ってたけど、彼女の親指でタブレットやスマホをタップすると、かつかつ、こつこつ、みたいな音がするらしい。


 三万件のウーバー配達は、確実に一絵の体に、跡を刻んでる。両親の元を逃げ出して、自分と二胡さんで必死に生き抜いてきた、勲章のような証。


 家の中、ノーパンノーブラのショートパンツとタンクトップ一丁なんて姿でいても恥ずかしがらないせいで二胡さんから怒られてる彼女が……異能練習の最中にパンツが見えても、あっはっは、見えちゃった、で済ませる彼女が……どうしてか、手、掌だけはあまり、見せないようにしてた、理由。


「少なくとも……二胡さんは思ってるよ。こんなカッコイイ手で自分を守ってくれてるお姉ちゃんは、絶対に、スーパーヒーローだって」

「そっ……っ……ぅ……な、なんで……そんなこと、言うの、さぁ……」


 一絵の顔がくしゃり、となって、唇が尖る。涙を堪えてるような顔になって、僕はどうしたらいいかわからなくなって、それでも、まだ、伝えたいことがあると思って、言った。


「だ、だって…………ぼ……僕にとっても、そうだよ。君が……君がいなかったら、僕は……きっと今頃……スーパーヒーローに退治される世界の危機の方に、なってたと思う……あはは、まあ大げさ、だけど……でも、ほら、三つの願いが叶う異能が、あと二回、まああと一回は安全に、使えるわけだし……悪役に、なれそうじゃんか」

「っ……ぁ……もぉ……」


 かすれる声。零れそうになる涙。


「ばか……太陽のばかっ……」


 そう言いながら、でも、彼女は自分の両手で、僕の手をとった。


「わ……私、だって……太陽がいなかったら……きっと……きっと……

もう……」

「……きっと?」


 そこで一絵は大きく息を吸って……そして、涙がぼろぼろ、こぼれ落ちた。


「こっ……怖かった、怖かったの……っっ……怖くて、怖くて、毎日……っっ……! い、いつ、事故で、死んじゃって、二胡のこと、一人に、しちゃうんじゃないかって……っっ……ずっと……ずっとっ……」

「…………うん……」

「でも……でもっ、誰にも、言えないのそんなことっ……! わっ……私はっ……お姉、ちゃん、だから……っ……あの子を、守って、あげなきゃ、いけないから……っっ!」

「……うん……」

「だ、だから……はっ……はたらい、てっ……」


 僕は手を一度ほどいて、彼女の体を抱きしめた。一絵はそれに答え、僕の腰に手を回した。


「でも……っ……でもっ……わっ……私、みたいなの、働かせてくれる、ところなんて……どこにもっ……どこにもないからっ……ば、ばいしゅんとか、しなくちゃ、とか思ったけど……わ……わたしが、きつくて、泣いてたら、二胡に、心配、させちゃうし……っっ……あの子……っ……いい子、なのっ……ホントに、ホントに、いい子なの……っっ! 私のこと、考えて、泣いて、くれるの……っっ……! すっごい天才なのに、わたしみたいな、ばかのために、ホントの子どもみたいに、泣いちゃうのっ……っ!」

「……うん……」


 そっと、彼女の黒髪に手を添えて撫でた。


「だ、だからっ……いつも、へらへら、してっ……笑ってっ……だいじょーぶだよ、って……そしたら、そしたら、二胡のこと、傷つけないで、済むから……っ……んぐっ……んぅっっ……でも、でも……うぅ~~~っ……」


 僕の胸にぐしゃぐしゃと顔を押し付け、左右に振る一絵。かと思うとぱっ、と体ごと顔を離し、僕を見つめる。


「ほんとに……? ねえ、私、ほんとに、スーパーヒーロー……?」

「二胡さんが言ってたろ、試合の後、お姉ちゃん超カッコよかったって」

「でも……でも……」


 まだ目をうるうるとさせたまま、なにかを躊躇っている一絵。僕は改めて彼女の手を握り言う。


「じゃあ……いつでも、言うよ」

「…………いつでも、って……」

「合図みたいなもんだ、こうして」


 ぎゅっ、と、手を一回握った。


「一回握ったら、大丈夫、君はスーパーヒーローだ、って合図」

「うぅ~……なにそれぇ~…………」


 まだ顔を赤くしたまま、それでもどこか、嬉しそうにする一絵。


「……じゃあ、じゃあ、二回は?」

「二回……? 二回はじゃあ…………わかった、私はスーパーヒーローだ、の合図」

「あはは……なにそれ…………ねえ、じゃあ三回は?」

「三回ぃ……? 三回は……じゃあ…………ぶっ飛ばせ、スーパーヒーロー」

「あはははっ……ふふっ……ヘンなの……それじゃ私が操られてるロボットみたいじゃん」

「じゃあ……一緒にぶっ飛ばそうぜ」

「…………うん。ねえ、太陽……」

「……なんだよ」

「私にしてみたら……君こそ、スーパーヒーローなんだよ」

「僕がぁ? ……いや、まあ、そうか」

「あはは、なに納得してんの」

「……男女が逆ならいかにもムカシの異能バトルものだぜ、僕らは。悪の組織の謎の施設から逃げ出してきた世界を滅ぼすチカラを持った少女と、それを偶然助けた少年、的な。少女によって不思議なチカラを得た少年は、やがて世界の危機に立ち向かっていく……的な」

「ふふ……そういうのって、少女の方は戦うの?」

「時代によってかなぁ、ムカシは戦わないのが多かったんじゃないか? 少女の方は戦うのはもうイヤ、的な感じで、少年の方はそれを守るために戦う、とかが多かった気がする」

「君は?」

「僕は……散々煽りたおしてから逃げるのが一番性に合ってるんだけどな……」

「あはは、性格悪ぅ~」

「まあでも……君が戦うなら、僕も戦うよ。スーパーヒーローの隣で一緒に戦えるなんて、全キッズの憧れだ」

「ふふ、じゃあ、君との合体技も、作らなきゃだね……」


 そう言うと笑い、けど、満足そうに深呼吸して……また、身を寄せてきた。耳元に、彼女の吐息を感じて少しくすぐったい。僕はここでなにか決め台詞的なヤツがあるといいな、なんて思って……。




「一絵」

「うん?」




「………………スターになる準備は、できてるか?」




 けど、恥ずかしくて言い出せなかったから、そんなことを言って誤魔化した。


「……ぷっ、あはははははっ、も~、またそれ? 持ちネタにする気?」


 まだ涙のにじむ目ながら、朗らかに笑う彼女を見て、僕は再び思った。




 一絵。

 ありがとう。




 君と出会えて僕は……僕は、たぶん……。

 …………人間に、なれたと思う。

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