05 バーベとキュー

 契約金が手に入った、翌日。




「お肉~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」




 一絵さんの声が、アパートの庭に響き渡った。


「あーもーまだ、まだ焼けてない、赤いだろまだ、だめだってまだ」


 僕はひたすらトングをカチカチ言わせながら網を見張り、まだ半分ぐらい赤いままの肉をとろうとする一絵を止めるのに忙しかった。


「牛のお肉は赤くても大丈夫でしょ!?」

「お祝いだってあらゆる肉を買ったのは君だろうが……それに牛でもダメだっての」


 このボロアパートの、近所にあるのは業務用がウリのスーパー。牛豚鳥は当たり前、羊や鴨まであって、おまけに……。


「あ、ウサギはそろそろだな、キジウズラはもうちょい、鹿シカは後一分……ほれ嬢ちゃん、これはもうイケる」


 と言いつつ、僕の横で同じように奉行に徹している窪さんが、ビール片手にトングで焼けた肉をとってやる。


「え、これなんのお肉ですか!?」

駝鳥ダチョウだな、淡泊だからタレに漬け込んである、ンまいぜ」


 一絵は目をキラキラと輝かせ、がぶり、大口を開けて肉に食らいつく。




「…………ンま~~~~~~~~~~~~~いッ!」




 喜びで一杯になった声が、またもやアパートの庭に響いた。




「ふふ、いい食べっぷりだ。これが若さ、か……」


 その横でK5さんが椎茸を焼き、裏面に塩を振りつつ、つまんでる。


「あら谷原さん、それ美味しそうじゃないのさ、ちょっとアタシにもおくれよ」


 どうしてか、ばっちりめかし込んだ大家さんが、K5さんにしなだれかかって言う。かなりのファンらしい。K5さんは笑いながら椎茸を分けてあげてる。ストイックな武道家に見えて、ファンは大切にする人なんだ。


「む~~~! すっごい! ね、二胡これすっごいおいしいよ! ほら、太陽も食べなよ! 焼いてばっかじゃお肉なくなっちゃうよ!」

「そうだぜ太陽、今日は嬢ちゃんとオマエが主役みてえなもんなんだから」


 そう言われ、どさどさと肉の詰まれた皿を渡され、僕は少し面食らった。猟師の知り合いからジビエを融通してもらえる、って窪さんが持ってきた肉が山盛り。たしか、ヒグマ白鼻芯ハクビシンワニヘビ……駱駝ラクダとかカンガルーとかまであったと思う……どこの国の猟師と知り合いなんだ?


「いや、僕はそんなに食べるほど、活躍は……」

「ふぁーひふぃっふぇんの!」


 もきゅもきゅ、休むことなく肉をぱくつきながら言う。口から盛大に肉の欠片が飛んで……まあ……下品と言えば下品なんだけど、彼女がやるとなんだか、犬が食事の時に尻尾をぶんぶん振ってるみたいな微笑ましさがあって、なにも言えない。


「んっく、私だけでも、太陽だけでもできなかったことでしょ! 二人でやったんだから!」

「……ならやっぱバーベキューじゃなくて、どっかのお店が良かったな」

「も~……まだ言うの君は、そんな人は野菜だけ食べてなさい!」


 バーベキューを余暇にやるような人種とは一生関わり合いがないだろうな、なんて思いながら生きてきた僕に、これはなかなかにきつい。おまけに一絵ときたらそんなことを言いつつ、ひょいひょい、僕の皿に投げ飛ばすようにしてタマネギ、カボチャ、ピーマンなどの野菜を積んでく。なんてやつだ。


「おい、君が食いたくないものを人に投げるな」

「今日はもうお肉しか食べません!」

「ったく……」


 そんな僕らのやりとりを見た、隣の部屋の中年芸大浪人生、古屋ふるやさんが笑って言う。


「ああ、いいねえ……ボクも若い頃を思い出すよ……」


 この人は……一言では説明が難しい人だ。

 四十半ばで降りかかった痴漢の罪は潔白だと証明できたものの……その過程で財産や地位をほぼ、なげうってしまい、人生をやり直すため本当にやりたかった芸術の道に進もうとしてる……って人。異能は、自分の尻から手を生やせる、ってので、よく潔白だと証明できたな……。


 このおんぼろアパートには大家さんの趣味で、こういう人しかいない。大家さん曰く……何かに失敗して、失敗させられて、けどそれでも生きていくしかない人たち。


 古屋さんが遠い目をしてると、その横、さらに隣の部屋の日浦ひうらさんが神妙な顔をして頷く。


あにさん、今日は本当に、お招きいただき、感謝します」


 場にそぐわない慇懃さで頭を下げる。

 小太り固太り、坊主頭、顎の辺りに傷跡のある険しい顔でそうされると、まるきり、ヤクザがエラい人に頭を下げてるみたいな感じで恐縮しまくりなんだけど……この人は本当に元ヤクザなので、まあしょうがない。


「あ、いや、お祝いにはアパートの皆さんも招待しよう、って言ったのは、神楽さんですから……僕なんかはそういうの、思いつかない方でして……」


 僕は少し狼狽えつつも一絵を指さす。


「いえ、あにさんあってのことですよ」


 ……こんな人から兄さん、と呼ばれるのは、どうにも慣れない。


 日浦さんは任侠映画の世界に憧れ、ヤクザの世界で頂点てっぺんとったるんじゃ、と意気込み、大手の組の構成員となったものの……やることはひたすら、こすい犯罪で立場の弱い人から小金を巻き上げ、似たようなことをやってる連中と小金を巡って小競り合うだけだったので嫌気がさし組を抜けた、って経歴の持ち主。元ヤクザは現代日本だと銀行口座が作れないどころか家すらまともに借りられない、ってことで大家さんが部屋を貸してるらしい。異能は身体硬化。電車に轢かれても無傷なレベルらしいけど、その間一切動けないし思考も止まるのでほぼ使えないそうだ。


あねさん、本当に、ありがとうございます、オレらにまで」


 おにぎりみたいな頭を、今度は一絵に向けて丁寧に下げる。

 どうしてか、日浦さんは一絵のことをあねさん、と呼ぶ。

 一度原因を聞いてみたら、日浦さんの勤め先、大手通販会社の倉庫に遅刻しそうになってるところを、一絵さんが自転車の荷台に乗せ送ってあげたことがあるらしい。遅刻三回で問答無用にクビ、っていかにも外資な倉庫に務める日浦さんはそれ以来、彼女を姉さんと呼んでる……それでなんで僕があにさんになるのかはよくわかんないけど。


「えへへ、いいのいいの! バーベはやっぱり、大勢でやった方がおいしいでしょ! お仕事で呼べなかった人もいるけど、このアパートにいる人はみーんな、家族みたいなものなんだから! みんなで~……バーベ……キュ~~~!」


 謎の叫び声を上げるとまたもやばくばく、肉を口の中に放り込んでく。すると……くっくっく……と、どこか湿った笑い声。見れば、別の鉄板でマシュマロを焼いてる、ムカシのお化けみたいな長髪の女性、市ヶ原いちがはらさん。


「バーベ……! 家族……! くっくっく……やっぱ、違うなあ……」


 焼いたマシュマロを、ちょっと暖めたチョコと一緒、持参したクッキーに挟み、食べ続けながら、暗い笑顔を見せてる。


「……市ヶ原さん、あのー、ホントに肉食べないんですか?」

「ああ、いいのいいの、ボク、ベジタリアンだから……」


 と、僕が言ってもどこ吹く風でひたすら、マシュマロを焼き続ける。


 猫背のぼさぼさ頭、夏だというのにどてら姿でそうしてる様は、どこか、ぐつぐつ言ってる大鍋の前でイッヒッヒ、と笑ってる魔女を連想させる。清潔ではあるけど手入れはしていない長い髪が、僅かな風に揺れて海藻みたいに揺れてる様とあわせると、さらに。

 あとこの人はベジタリアン、ってより、単なる偏食家。お菓子しか食べない。食べたものが自動的に体の中で必要栄養素に変換される、ダイエットも栄養学もいらなくなる異能らしいけど……。


「それに、ほら、こういう太陽の下でバーベキューなんて集まりはね、やっぱり苦手だから、ふふ、いかにも陽キャの集まりじゃあ、ないか……くふふ、青葉くんも、ホントは苦手だろう?」

「……そりゃまあ、得意ではないですが……」


 一絵から、プロ合格祝いにお庭でバーベキューしよう、と言われた時は、かなり微妙な表情をしてしまった。まあ、焼く役に徹してれば間が持つのでなんとかなる感はあるからいいけど。


「いひひーっ……ボクたちみたいな影のモノを、こんな太陽の下に引きずり出すなんて、キミの彼女は中々、残酷な人だねぇ……」


 ……うーん、こういう人が言うと、説得力があるな。


 市ヶ原さんは三十後半まで、マジで部屋から一歩も出ない引きこもりで、ひたすらオタク生活を送ってたそうなんだけど、両親が死んで家を失い、そのままホームレスになり、死にそうなところを大家さんに拾われた、って人。今は工場でパンの検品をしながらライトノベル作家を目指してる。デビューこそしてないものの、ネット小説サイトで結構人気があるらしい。一回読んだけど結構面白かった。東京はお茶の水にいるホームズがエルフの美少年と協力し、女体化してる織田信長の依頼で、クマのプーさん殺人犯として拘束されている月読尊ツクヨミノミコトの疑いを晴らしてくストーリーはかなり、惹きつけられた。途中でライバルキャラのサノバ大工が合体ロボ『オヤジとオレとステキなサムシング(トリニティ)』に乗ってからはついてけなくなっちゃったけど。


「まあ、でも……悪いやつじゃ、ないですよ、それにあと彼女でもないですからね」

「いひひーーっ、キミはお約束をやるタイプなんだねぇ……!」


 ことさら嬉しそうに言うと、もっちゃもっちゃ、焼いたマシュマロを食べる。この人はマジで、頭の中が全部、オタク文化に染まりきってるので、現実の出来事もその文脈にすべて当てはめる。見てると、こうはならないようにしよう、って思うモノの……こう生きないとウソなんじゃないか、って気もしてくる不思議な人だ。


「あ、太陽! お肉なくなった!」

「もー、お姉ちゃん、ちょっと味わって食べなよ、ほら、口の横汚れてる」


 そこで一絵がまた、嬉しそうに叫んだ。脇にくっついてる二胡さんが甲斐甲斐しく口の横を拭いてやってて、どっちが妹やら、って感じだ。


「はいはい、第二陣ね」


 庭の脇に詰んだクーラーボックスから、新たな肉を取り出し、鉄板に追加してく。っていうか第一陣だけでも五キロぐらいは肉があったはずなんだけど……どういうスピードで食ってるんだよ……? まあ、僕ら三人に、アパートの隣人三人と大家さん、それからKBKsの先輩がた三人って考えるとそこまで異常ではないか。


「ああ、青葉くん、ちょっと酒をとってもらえないかな、黄色いクーラーボックスの中にある、青い瓶だ」


 と、低い声の女性が声をかけてきた。

 まるで海賊みたいな大きな傷が顔を大きく横切ってる上に、隻腕に和服の着流し、って姿はまるで、引退した武芸の達人って感じ。


「……翡翠ひすいさん、よくわかんないですけど……このお酒って、そう、何本もあけるヤツなんですか……?」


 『BOMBAY SAPPHIRE』って書かれた綺麗な瓶の、キャップを外してから渡し、言ってしまう。『DRY GIN』っても書いてあるからたぶん、こんな、バーベキュー開始一時間弱でごろごろ空き瓶が転がるような、ビール感覚のヤツではないと思うんだけど……。


「せっかくの新人の歓迎会だ、景気よく行こうじゃないかね」


 くすくす笑って言うと、ラッパ飲み。一気に三分の一ぐらい開ける。異能でアルコールには強いらしいけど……さすがに心配になる。


「おい翡翠、てめえまた飲み過ぎんじゃねえぞ」


 めざとくそれを見つけた窪さんが釘を刺す。


「おや、また、とは……いつのことかね」

「K5、言ってやれ、嬢ちゃんにもこいつがどんなやつか、教えてやれ」

「そうだな……去年のリーグで二日酔いのまま試合に出場して、対戦相手の顔に反吐をぶちまけたのが最悪だったな」

「いいだろう、勝ったんだから」

「品位に欠けるってことで結局反則負けになっただろうが!」

「ふふふ、頭の固い連中が多くて困るなぁ、なあ、神楽くん」

「…………ふぇ?」


 同意を求めたところで、まったく話を聞いちゃいなかった一絵が、なっっがいカルビ肉を口からはみ出させながら答えると、みんな笑った。


「ふふ、頼もしい新入りがきたものだ、うむ」


 そう言いつつまたジンをラッパ飲み。


 白山翡翠はくさんひすい。KBKsの正選手、三人目。一絵が入るまでは、一番の新参だった人……というか、KBKsの選手は、窪さんにK5さんと翡翠さん、この三人だけだった。それだけ七種異能は少ないんだ。


 翡翠さんは、元は、女性初のプロ棋士。それだけでも話題性抜群だったのに、対局でミスするとその日の夜に爪をはいだり指を切り落としたりの自傷をする、ってヤバい人だった。そして棋士生活二年目、十代後半で名人戦に挑戦し、勝利。


 だがなぜかその夜、片腕を自切。


 そして将棋をすっぱり引退し、その時に目覚めた異能でKBKsにスカウトされた、という……ヤバい人だ。異能もヤバい。エグすぎる。


「あー、翡翠さん、お酒ばっかじゃダメですよ、お肉も、お肉もちゃんと食べましょーよー」


 そう言うとどさどさ、肉を詰んだ皿を翡翠さんに渡そうとして……片手が酒瓶で埋まってることに気付き、辺りを見回す一絵。


「なーに、これでいい」


 そう言うと翡翠さんは行儀悪く、はむっ、と口でそのまま、皿の上の肉にかぶりついた。もむもむ、数回噛んだだけでごっくん、と飲み下し……後にはごぶごぶ、またジンを流し込む。どうしてか、この人がやると、山賊の宴みたいでちょっとかっこよかった。


「わーお、ワイルド!」

「こら、マネしなくていい」


 目をキラキラさせてマネしようとする一絵を止める。


「えー、もー、いいじゃーん」

「君がやっても単に、バカみたいになるだけだぞ」

「誰がバカだバーカ」


 ぴろぴろぷぅ~、とばかりに割り箸を鼻に当てて、ムカつく顔をしてみせる一絵。その顔を見てると僕の中で、容赦しよう、みたいな気分は消えた。


「買い出しに行ったスーパーで、うずらをカッコウ、キジをキリって読み、月極をなにかの異能の名前だと思ってた君がバカだってことは」

「あーーーーーーーなんで言うのそれ! 言わないでって言ったじゃんバカ! 太陽のバカ!」


 ぽかぽか、僕の肩口を叩いてくる。


「あ、こら、肉が、肉がこぼれ」


 た、肉を、翡翠さんが口でキャッチ。


「…………すっげ! かっこよ! 私もやる!」

「だからやらなくていいからな」

「もーーーーなんなん太陽はホント! お母さんかよ!」

「一絵! あんたまた制服脱ぎっぱなしにして……かけときなさいって言ったでしょ!」


 僕がいかにもなお母さんのマネをして言うと、一瞬だけ虚をつかれたような顔になった一絵は……ぶふぅっ、と吹き出して笑った。


 それを見たアパートのみんな、KBKsのみんなも笑って……で、僕は思った。


 家族かどうかはさておくとして……バーベもまあ……悪くは、ないもんだ。




 ……たまには。たまには、ね。

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