04-01 勝利と名前
「えへへ、だいしょーりっ! やったね太陽っ!」
控え室で、駆けつけた僕にぴーすぴーす、とばかりに嬉しそうな彼女を見て、僕は……何も、言えなかった。
体の怪我こそ、即座に治療されたみたいだけど。
それでも彼女の姿は、とうてい、まともに見られるものじゃなかった。
あちこちほつれ、焦げ、穴が開き、くしゃくしゃになったセーラーワンピース。元の清楚な雰囲気は見る影もない。
スカート部分はスリットが入ったみたいに大きく破れてる。
あちこちに血の染みがついて、裾のレースも汚れてる。
コルセット部分の紐も千切れ、優美なシルエットが崩れてる。
控え室の脇に立てかけられた彼女の自転車は無傷だけれど……あちこちに、細かな傷、汚れ。いつも出勤後には鼻歌交じりでピカピカにしてたのに。
ウーバーバッグなんて、もう、バラバラ。
まるでトラックにひかれでもしたみたいにひしゃげ、焦げ、プラ化合物が燻るイヤな臭いを放ってる。
国家戦略人材級の
「……た……太陽……? な、なんでそんな顔してるのー……? ほ、ほら、勝ったよ!」
ぶんぶん腕を振り回してみせるけど、そこにまだ少し残っている生々しい痣に、僕はまた、心が縮こまるみたいに、ぎゅうっ、となってしまう。喉が引き攣れて、うまく言葉が出ない。
なにが異能バトルだ。
単なる暴力じゃないか。
「い……一絵、さん……僕、は……」
「ちょちょちょ、ちょっとー! 勝ったんだよー!? ほ、ほら! これで契約金と年棒がバッチリもらえるよ! 太陽だって正社員だよ!?」
「そっ、そんなのっ……! いっ……一絵さんが……あんなに、傷、傷ついて……っ……!」
僕がなんとか言葉を絞り出すと一絵さんは、目をぱちくりさせ……それから、笑った。
「あはは、こんなの、ウーバーで事故った時に比べたらぜんぜんっ、かすり傷だし、痛くないよー! 骨は折れてないし、それに折れてたって異能で治してもらえるんでしょ、しかも無料で! 夢みたい! さっきの膝も、もー治っちゃったし! すっごいね!」
そう言うと、くるくる回ってみせる……かと思えば急に、僕の方に向き直って言う。
「ね、太陽」
「でも……でも、一絵さん……」
「……も~……」
くすくす笑うと、突如腕を拡げ……。
僕を抱きしめてきた。
「へ、あ、ちょ、一絵さん!?」
「た~い~よ~う~!」
首の辺りに顔を押しつけ、そこでぐりぐりと鼻を押しつける。かと思えばがぶり、首と肩の継ぎ目あたりを甘く噛んでくる。
「へひっ!? ちょ、一絵さんっ!?」
ボロボロになってしまったセーラーワンピース越し、火照った彼女の体の感触と、そこから立ち上ってくる汗の香りに、頭がくらくらして何も考えられない。
「も~~……太陽っ!」
「へっ、あっ……い……」
顔を首から離した彼女が、真っ正面から僕を見て、ちょっとにやにやしながら言って……ようやく気付いた。生まれて初めて女の子とこんなに、鼻息がちょっとかかってくすぐったいぐらいの距離で密着した僕は、戸惑いながらも……なんとか、答える。
「い………………いち……一、絵……?」
なんとかその言葉を絞り出すと、一絵……は、にんまり、子どもみたいに笑った。
「えへへへ、次、さん付けしたらまた噛むからね」
「ちょぁ、なっ……なにを……っ……」
「なにを~、じゃないですぅ~、私たち、もう、運命共同体なんだよっ」
そう言うと穏やかに微笑み、もう一度、僕を抱きしめた。
耳元でそっと、囁く。
「すっごい怖かったけど、すっごい痛かったけど……君がいたから頑張れたし、君がいたから、勝てちゃった……えへへ、太陽、ありがとね。私、あんなに大勢の人から褒めてもらえたの、生まれて初めて! だからさ、太陽も心配するんじゃなくてー……勝ったんだから、褒めてよ~」
吐息混じりのその声は、どこか少し震えてて。
なのにそれでも、嬉しさと、安堵に満ちてて。
「そ……んなの……くそっ……」
僕はなんと返したらいいか分からなくて、けど、それでも彼女の背中に手を回して、きつく、抱きしめ返した。
「す……すごいよ、一絵、君は……強くて、綺麗で、お日様みたいに明るくて、くそっ……なんなんだよ、くそっ……」
「あはは、もっと褒めなさ~い」
また首のあたりをうりうりとやられ、背筋がぞくぞくする。でも、そうやって彼女の体温を感じてると、僕の中で今まで、堅く締め切ってた何かのドアがゆっくり開き、何かが零れだしてくるのがわかった。それが何かはわからなかったし、いいものなのか、悪いものなのかもわからなかったけど……別に、イヤな気分じゃなかった。だから、言う。
「……君に……君に会えて、良かった」
「私も。ありがとう、太陽」
頭が熱くなって、同時に目頭もじんじんしてきて……僕は、体の中に溢れてくる、得体の知れない感情をただひたすら持て余した。ひょっとしたら……ひょっとしたら僕は今、生まれて初めて、誰かに心から感謝して、そして、感謝されたのかもしれない。そう思うと、ますます頭が熱くなってきて、どうしようもなかった。
「これからも、よろしくねっ!」
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