03-04 真剣と遊び

「すまない。君のことを侮っていたようだ」


 再び闘技場中央。

 開始距離、十メートル。

 正対する二人。


 K5さんは丁寧に頭を下げ、そして言う。


「君は、立派な戦士だ。その心根は、俺たちプロにもなんら、劣るところはない……この先なにが起ころうとも、俺は君をこのチームに推薦するよ。一緒に戦える日を、楽しみにしている」

「えへへ、ありがとうございます」

「だから……」

「…………だから?」


 K5さんの顔から、それまでの修行者じみた穏やかな笑みが、消えた。




「この先なにがあってもさァ……ボクのせいじゃないからねェ……」




 顔つきが、どんどん、変わってく。

 背格好、服装まである程度、使用するキャラの力に引きずられるとはいえ……三十後半、渋い、峻厳な顔つきをした格闘家が、目の前でみるみるウチ……。




 十代半ばの少年に、変わってく。




「当たりま…………え…………で……しょ……?」


 勢いよく答えようとした一絵さんの言葉も、尻すぼみになってく。




 甘いマスク、って言葉がぴったりの、すらりとした少年がそこにいた。細長い手足と均整のとれた体つき。男臭いところは一ミリもなくて、ひょっとしたら女の子かも、なんて思うぐらい。


 もやもやした霧に覆われ、小汚い道着も、体にぴったりとした紫のニットに、紫のスキニーパンツに変わる。耳には金の十字架型ピアス……。

 

 そして構えも、変わった。

 ……いや、構え、ってより……。




「だから……勝たしてもらっとけばよかったんだ……」




 僕は思わずそんな言葉を漏らしてしまう。


「ど、どーゆーこと? なんかやばいの?」

「やばいもなにも……」


 拳一つを前方に突き出し、半身になる、中国格闘技っぽい構え。その佇まいにはどこか、流水や落葉を連想させる自然さがある。そして徐々に、拳を中心に黄金色のオーラが彼を包んでいき、眉目秀麗、って言葉がぴったりの顔に浮かぶ無邪気な笑み。


 ひょっとしたらどこかの主人公キャラかも……なんて思いは、その体を覆ってく黄金色のオーラが、頭上に作り出す形を見ると、とんでもない誤解だったとわかる。


 鈎十字ハーケンクロイツ……に、見えないこともない、幾何学模様。


 あの邪悪な帝国の象徴……が、モチーフなんだろうな、とお客さんにはわかるけど、いろいろなところからマジで怒られない程度にマネした、奇妙な形。




「アハ……アハハハ……アハハハハハハハハハッッッッ!」




 無邪気な笑い声が響く。それまでの渋い声とはまるで違う……具体的に言うと、それこそ、主人公たちの戦いをビルの屋上から眺め、意味深なことを言う性別不詳な強キャラ、みたいな感じ。

 観客たちはみな、一斉に言葉を失ってた。さっきまでべらべら、マシンガンみたいにしゃべり続けていた解説と実況さえ一瞬、沈黙した。




「殺しちゃってもさァ……文句は言わないでほしいなァ……!」




 そう言うと、黄金のオーラが濃くなる。両手両足の先は特に濃いオーラに覆われていて、あそこに殴られたり、蹴られたりしたら、まあタダじゃ済まないんだろうなって感じ。




「なななな……なんなのK5さん……!? あんな変身もできるの!?」

「……まあ、言ってみれば」

「なになになになに、すっごっ……! どういうのなのアレ!?」

「一言で言うと……」


 僕は言葉に詰まってしまう。

 あれをなんて表現すればいいのか、思い当たる言葉が多すぎて、どれを言えばいいものやら。




 格闘ゲーム史上、最強のキャラは何か?




 格闘ゲーム好きの間だと、牛丼屋チェーンならどこが一番か、みたいな感じで、よく話題になる。論争も果てない。だが、八割方の意見が一致するのが……。




『クソキャラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!』




 そこでようやく、実況が絶叫。


『な……な、な、なんてこったァァァァァァァッッッッ! 窪の乱入で終わるかと思われた新人入団テストが、ま、まま、まさか、K5、リーグ戦では封印しているはずのあのクソキャラ、プリンツを出してきやがったァァァッ! 何を考えてるK5ッ! 十七歳の女の子相手に、ド新人相手にッ! 最悪ッ! 最低ッ! 最強ッ! 公式大会使用禁止ッ! 格ゲーの歴史書に燦然と輝くぶっ壊れキャラを選択だァッ!』

『……本気、に、なったんでしょうね、K5。というより……他のスタイルでは、彼女に対しては分が悪いと踏んだ、だからこその選択でしょう』




「一絵さん……予定変更だ。プリンツの練習はしてない、まずは距離をとって速度を」




「見え見えだよッッッッ!」




 僕が、なんとか、アドバイスを頭の中でひねくり回してる間。




「ぷぎゃっっっ!」




 その場からかき消えたK5さんが、次の瞬間。




 黄金のオーラをまとった拳を、一絵さんのお腹にめり込ませてた。

 自転車ごと、数メートル後方に吹っ飛ぶ一絵さん。

 だがその吹っ飛んだ先に、もう、待ち受けてるK5さん。




「どうしたのォ!?」

「ひぎっっっ!」




 サディスティックな喜びがにじむ声。

 首と背中の継ぎ目あたりにフック気味のパンチ。

 今度も自転車ごと、数メートル、前方に吹っ飛ぶ。


「クソッ! そいつの必殺技は全部自動サーチのテレポート付きなんだっ! 距離制限はあるからそのまま前方にダッシュして離れろ!」

「りょ……りょう、かい……っっ!」



 息も絶え絶えになりながら距離をとろうとする一絵さんだったけれど。


「あはっ、のろいねっ!」

「ぁぎゅっ…………っっ!」



 今度は一絵さんの斜め上空にテレポート。

 落下と共に、鉄槌に組んだ両手が一絵さんの頭に。

 インカム越しに、彼女が痛めつけられる鈍くて堅い音が響く。

 僕の脳味噌も一緒にかき回される。

 だめだ、距離の、とりようがない……!


「な……めん、なぁ……っっ!」


 けど、殴られつつも一絵さんはその場で縦回転宙返り。時速数十キロの後輪をぶち当てる……が。


「ふふっ」




 空中ガード。




 片手で体からゴミを払うような仕草で、いともたやすく、必殺の後輪をいなす。そう、このキャラ、リョウゼンとはゲームが違う・・・・・・


 どこか硬派な印象のあるスーパーセイヴァー&ファイターとは違う、割とアニメ絵で、美少女キャラも結構出てくるタイプの格ゲー、シュバルツヴォルフの隠しキャラ。システム的に空中ガードはもちろんある。たしかプリンツには空中ダッシュもあったはず。くそ、こんなクソキャラまでやり込んでるってどういうことだよ……って思わないでもないけど、その時、僕は思い出す。セイヴァー&ファイター勢だったK5さんが、新しい挑戦をしたくてシュバルツヴォルフをやり込んで、プリンツを極め……。


 一番強いゲーマーが、一番壊れてるキャラを使うとどうなるか、ってことを世界にまざまざと見せつけ、シュバルツヴォルフの新作はその後、出なくなったってことを。


 そして、K5伝説に新たな一行が加わったのだ。

 K5が本気を出すとそのゲームが終わる、なんて。




「さあ、もっとキミを見せてくれ……!」




 優雅に微笑む彼の周囲を、今度は銀色のオーラが覆ってく。すると体が宙に浮いてく。そう、このプリンツ、空中浮遊……飛行技まで持ってる。ってことは……僕の頭の中に、強すぎて会場を冷え切らせた、ってSNSで話題になった動画のシーンが蘇る。



 

「一絵ッ、弾技が来る!」




 もう、さん付けしてる余裕がない。




 ぽぽぽぽっ、と、K5さんの開いた指先にそれぞれ、小さな黄金色の弾が浮かぶ。じじじじ、帯電してるみたいな音を放つそれを、K5さんが唇を寄せ、ふっ、と吹くと。


「逃げられないよォ……!」


 リョウゼンの蛟竜弾こうりゅうだん並みの速度で、五つの黄金の弾が、螺旋を描きながら一絵さんを襲う。


 プリンツの技でもっとも悪名高い、フィンガーバレット。


「…………あ~~~~~~~も~~~~~~~~っっっ!」


 叫んだ一絵さんは地面から空に向かって落下開始。

 途中でぐるんっ、と上下逆さまになりつつ黄金の弾、フィンガー・バレットを躱す。けど、五つの黄金の弾丸は地面に激突する前に急ブレーキがかかり、ぐぐぐ、と方向転換、再び一絵さんを狙う。そう、こいつも全自動サーチ機能つき。よっぽど直前で躱さない限り、また追ってくる。一発だけならまだなんとかなるけれど、数発当たれば態勢が崩れ、プリンツが画面のどこにいても、空中浮遊からの空中ダッシュで間に合って、そこから即死コンボが入る。


「なんか! なんか弱点とかないのこいつ!?」


 重力操作と速度の放出・貯蓄を使い、闘技場上空でドッグファイトみたいな軌道を描きながら一絵さんが叫ぶ。


「ない! CPUならともかく、中身が人間だった場合、プリンツは全キャラに有利がつくクソキャラなんだよ! おまけに、それをK5さんがやってんだ!」

「日本語で喋って、よ、あぶなっ!」

「とにかく今は逃げろ一絵!」


 僕はガリガリ頭をかきながら、なんとか思考を巡らせる。そうしてる間にも、あんなに綺麗で、まさしくお嬢様だったセーラーワンピースが、黄金の弾丸がかすり、地面にこすれ、汚れ、削れ、ほつれ、破れていく。そのたびに、僕の心まで一緒に削られてるような気分になって、どうしようもなく焦れてく。そして焦れれば焦れるほど、頭が煮詰まって、アイディアもクソもなにも出なくなる……くそっ! これじゃ、大作ゲームの悪口ならいくらでも出てくるけど自分じゃ何も作れないクソキモ陰キャオタクくんそのものじゃないか僕は! 考えろ!


「おーおーおー、勝たしてもらっときゃ良かったな、なぁ?」


 いつの間にか作戦デスクに戻ってきてた窪さんが、にやにや笑いながらそんなことを言うけど返事もできない。くそこのおっさん後でぶっ飛ばしてやる。


「先に言っとくが、フィンガーバレットはアイツ自身には当たんねえようになってっかんな、いやはやまったく、怖いねどうも……」


 窪さんの声は心の底から楽しそうだ。自動追尾系の技を使う敵への対処方法あるあるは僕も思いついたけど、それが通じないのも知ってる。荒川KBKsが二部時代、フィンガーバレットをそうやって対処しようとしたチームの選手がボコボコにされた映像は有名だ。


 にしても……。


 自動サーチ・ワープの弾技に、空中浮遊、空中ダッシュ、それとバカみたいな性能の突進技。超必殺技にいたって当たればほぼほぼ死亡。おまけにリョウゼンなみの無敵対空技も持ってて、近距離中距離遠距離共に隙がない。中学生が初めて書いたオリジナルキャラかよ、ってぐらい。


 にしたって……にしたって!


 異能リーグの公式試合、一部になってから、K5さんがプリンツを出さないのは、なにかワケがあるはずなんだ、くそっ、考えろ、考えろっ……!


「ぃっ……!」


 ぢぃぃっ、と音がして、一絵さんの肩口をフィンガーバレットがえぐる。少しパフスリーブ気味になってた紺碧色の袖が破れ、中から白い肌がのぞき、見るも痛々しい傷口を作ってく。くそっくそっくそっ!


「嬢ちゃんにも弾技を持たせた方がよかったな……ま、これからに期待だ、よくやったよ、オマエさんらは。合格だから安心しろ」


 焦れる僕とは裏腹、窪さんは余裕たっぷりな口調でそんなことを言う。このじじい絶対後でカードで泣かす……が……。




 弾技たまわざ




 そこで僕はようやく、思い当たった。

 この状況を打破する、唯一の手段に。

 ……よくよく考えれば……そうだ。

 一部の選手なら、遠距離攻撃技を大抵持ってる!




「一絵さん! バッグだ、バッグを捨てろ!」


 


「は……はいぃぃ……!? それだけじゃどうにもなんな」

「いいから早くっっ!」


 僕が叫ぶと弾を避けながらも、彼女はバッグを投げ捨てる。投げ捨てたバッグを弾が追ってく……ようなことは全然なく、相変わらず五つの弾丸が宙を舞い、彼女を付け狙う。


「そしたら、バッグを浮かせ! 空を飛ばして弾にぶつけろ!」

「は……はぁぁぁぁぁぁ!? できるわけないじゃんそんなこと!」

「いーーーーーや、できる! 絶対にできる! いいか一絵! 君は今、世界で一番有名なウーバーの姉ちゃんなんだぞ! 君だって、ウーバーのお姉さんだって、自分のことを思ってるはずだ! ならできる! あのウーバーのバッグは、君の体みたいなもんだろ!」

「そ、そんなこと、言ったってっ……!」

「よく考えろ! 君の能力は自分の重力操作……なのに君の服だってその効果範囲内になってる! ここまでひらひら飛び回ってんのに、逆に不自然なぐらいパンツ見えてないんだぞ!」

「こんな時に何言ってんのへんたい!」

「いいから! そういうことなんだよ! 君の服も君自身、君の自転車も君自身、なら! あのウーバーのバッグだって君自身だろ! 何万回、何千時間、あのバッグを背負ってきたんだよ君は!?」


 言ってる僕でさえ、こいつ何言ってんだ? と思うような屁理屈だったけど。


「……っ! ……三万回……一万時間ッッ! なら、できるっ!」


 ……彼女相手には、そういう言い方の方が、伝わりやすかったみたいだ。やれやれ、コミュニケーションってマジ難しいな……。


「要領は同じだ! 自分の体を操るみたいに、自転車に乗るみたいに、あのバッグにかかってる重力を操って、飛ばすんだ!」

「それで、一気に……っ!」


 圧倒的不利な状況の中、一筋見えた光明に、彼女の声も少し明るくなった、そこで。




 そこで、フィンガーバレットが彼女の膝を捕らえた。




「ひぐっ……!」


 直撃、だった。




 スカートに焼け焦げたような穴が開き、中のニーソックスも焼け、真っ白な肌に痛々しい火傷が刻まれ、流れる血が紺碧色ネイビーブルーのセーラーワンピースをさらに汚してく。直撃したフィンガーバレットは消え去ったものの、しかし、残りの四発が動きの止まってしまった一絵さんを一斉に襲う。




「避けろ一絵ぇぇぇぇぇぇッッッ!」




 僕は絶叫してしまう。

 頭の中で、イヤなイメージが爆発する。


 彼女が四発の弾丸に撃ち抜かれる。

 為す術無く、上空から落下する。

 どちゃりっ、地面に激突して、イヤな音をたてる。


 そしてきっと、僕は見てしまう。

 妙な具合にねじくれ曲がった、彼女の体を。

 そして……。




「ちぇりゃぁっ……!」




 けど、彼女の声が僕の妄想を断ち切った。




 ぐるんっっ。

 少しふらつきながらも、宙に浮き自転車を横に一回転。

 後輪でバレットたちを撃ち返す。

 きんっ、という硬質な音はまるで、音叉のようだった。


 弾かれたバレットがそのまま闘技場の外にまで消えてくれれば良かったんだけど……客席にぶつかりそうになると、また、ぐぐぐ、とスピードを緩め、静止、したかと思うと、再び一絵さんに向かってく。なんとか、最悪の事態は逃れた。




「……ふふふ、逃げ惑う君を見ているのもなかなかいいけれど……もうなにもないなら、そろそろフィナーレといこうか?」




 一方、K5さんはまだ無傷。余裕綽々の表情でそんなことを言う。うまいことマイクがちゃんと、その声を拾うと、客席の黄色い声が、限界を超えて超音波みたいになった。




「さあ……全てを原初に戻す時……!」



 K5さんは両手を天に突き出し、赤いオーラを拳に集中させてく……超必殺技のモーションだ。上空から巨大隕石じみたオーラを降らせ、当たれば体力四分の三消し飛び、ガードしても四分の一はくらう。大パンチ一発当てて五分の一貯まるゲージを三本使わないと出せない技だけど……。


 プリンツは百八十フレーム、三秒の溜めを作れば、超必殺技を放てる。格闘ゲームの中で三秒間、まったく無防備な時間を作るのは自殺行為とも言えるけど……残念なことに、これは現実だ。


「一絵っ! 膝は!?」

「あはは……こ……これは、ちょっと……だ、だめそーかなー、うん……」


 少し弱々しくなりつつも、なんとか明るく振る舞おうという声。聞いてるだけで、胸が張り裂けそうで、罪悪感に押しつぶされそうで……けど、それで押しつぶされてしまってなにもできなかったら、今度こそ僕は、本当に最悪の人間になってしまう。そう思ってむりやり声を張った。彼女に僕の不安を伝染させないよう、最大限……彼女の好きそうな、熱血そうな声を、演じて。


「なら、最後のチャンスだ! 膝が回せない以上、速度はもう溜められないと思った方が良いっ! 今ある最大速で突っ込むのと同時に、バッグを浮かせて弾にぶち当てろ!」

「か、軽く、言ってくれちゃって……っ……あ~~~~~もうっっ!」


 そう言うと一絵さんはハンドルを握りなおす。


〈自転車狂時代クレイジー・ライダー最大速放出フル・スロットル〉!!」


 弾丸みたいなスピードで加速した自転車と共に、その足下で、ふわり、地面からウーバーのバッグが浮き上がったのを見たのはきっと、闘技場の中で僕だけだっただろう。


「あははは、破れかぶれも嫌いじゃないよ」


 K5さんがそう言うと、ひくひくと微妙に指を動かす。するとフィンガーバレットが彼と、一絵さんの間に割り込む位置に陣取る。


 この弾技、フィンガーバレット、一番のクソ要素。

 自動追尾のクセして、追加入力でこうした設置技としても機能する。




 けど、そんなの、お見通しだ!




 フィンガーバレットが一絵さんを待ち受ける。

 距離は二十メートルもない。

 まさしく、もう、事故の距離。


 でもそここそが、一絵の距離。


 時速数百キロ近くなった一絵さんが、バレットに衝突する直前。




「…………なっ!?」




 そこで初めて、プリンツ――K5さんが、うろたえた声を出した。


 突如。


 地面から、ロケットみたいに打ち上がってきたウーバーバッグが、バレットに衝突してはじける。中に入れてた二リットルペットボトル八本、五百のペットボトル四本がまとめてはじけ、当たりに水しぶき……どころじゃない量の水をぶちまける。


 そして一瞬。


 バレットの爆風で巻き起こる黄金色のオーラと、ぶちまけられた水で、軌道上の一絵さんが、K5さんの視界から隠れる。




「いけるっっ! もう一回やってやれ一絵っ!」




 何を、とはもう、言わなくてもわかってるはずだ。




「よいやさっ!!!」




 一絵さんも、何を、とは答えず、ジャンプ。

 闘技場の上空数メートルに浮いてるのに、まるきりあの日、初めて会った時、僕を後ろに乗せて縁石を飛び越えようとした時みたいに、前輪を持ち上げ、水しぶきを飛び越えるような軌道を描く。




「ふんっ、甘いねっ!」




 しかし、その軌道を視界に捕らえたK5さんは、必殺技の構え。そう、もちろんプリンツの各種必殺技は、超必殺技の溜めモーションをキャンセルして空中でも出せるのだ。アホか?


 出してくるのは新たなフィンガーバレット……ではなく、無敵時間のついた、切り返しとしても使える対空技、スプライサーキャノン。フィンガーバレットを掌に集中させ、斜め上空に向けて爆発させる技。当たれば当然即死コンボ始動。




「ばっかちーーーーーーーん!」




 叫び、再び速度ゼロ。

 重力方向を小刻みに上下に切り替え、疑似浮遊状態に。




 空中で完全に静止した一絵さんの、手前、頭上に向かって技を放つK5さん。その爆風は当然、誰もいない空間に向けて放たれ、彼女には当たらない。




 そして、当然、技の後には、ある。




 完全に無防備、ガードもできなくなる、硬直時間。




 再び、完全に、切り返し無敵技を釣られたK5さんは、しかし、なぜか、満足そうな顔をしてた。




「……また、やってくれるかい?」




 K5さんは、どこか穏やかな声で言った。




「最初から本気で、なら」




 一絵さんもどこか、穏やかな声で言った。

 そして。




「ひ~き~に~げ~……!」




 残っていた速度を使い、その場でぐるぐる、回転し始める。




 もちろん、縦に。

 その姿はまるで、彼女自身が、自転車の車輪になったかのようだった。




「隕石アターーーーーーーーーーーック!」




 時速数百キロに加速した、概念的に破壊不能な自転車の後輪。

 それが、硬直時間中のK5さんの頭に激突。

 そして技名通り、隕石みたいに闘技場の地面に叩きつけられた。

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