03-03 本気と手抜き

 突然。


「アホかオマエは! エキシビションみてーなもんだっつったろが!」


 飛び込んできた窪さんが、カード片手にK5さんを止めていた。白い光の輪がいくつも彼の体を、縛ってる。K5さんはしばらく鬼の形相で彼を見つめ、自分を縛る白い光の輪をはずそうとしていたけれど……やがて我に返ったのか、穏やかな顔に戻る。


「……すまない、窪。神楽さんの力に、喜びすぎてしまった」

「このバカ……」


 ぺしん、と頭を叩かれた窪さんがカードを下ろし、光の輪が消える。K5さんは少々バツの悪そうな顔になりながらも……ぽかーん、としてる一絵さんに歩み寄り、手を差し出した。


「え、えー、と……?」

「すまない、神楽さん、君の勝ちだ」


 けれど一絵さんは、伸ばされた手を見て、きょとん。

 それを見た窪さんが大きくため息をつきながら言う。


「……すまんな嬢ちゃん、このアホ、嬢ちゃんをぶっ殺しちまうところだった。試験は合格だ、握手してお客さんに、勝ったぜ~ってアピールよろしくな」

「ふぇ……?」


 それでもまだ、意味がわからないようで、首をひねり続ける。


「ねえ、太陽くん……? これ、どーゆーこと?」

「君がK5さんを追い詰めて……そしたら、K5さんが本気を出そうとしちゃった、ってなると、君の勝ちだってこと」

「…………はいぃぃ……? いや、だって……」

「見せたろ映像、K5さんがここから先どうなるかって」

「見たけど……だって、それとやるために練習したんじゃん……」


 ……いや……そりゃ……そうなんだけど……。


 イヤな予感がして、一瞬、息を呑んでしまう。

 その間に一絵さんは叫んだ。


「やだ! もっとやる!」

「…………は?」


 窪さんとK5さんは目を丸くして一絵さんを見つめる。

 が、それに取り合わず彼女は、満員の闘技場、観客に向き直って叫ぶ。


「みなさーーーーーーーーん! もっと、試合、見たくないですかーーーーーーーー!?」


 窪さんの突然の乱入に困惑してた観客たちが、ざわめき始める。


「私もーーーーー! もっとーーーーーーーー! やりたいんですーーーーーー!」


 叫びながら自転車を走らせ、観客席近くをぐるぐる、回り始める。いかにも体力が有り余ってます、みたいな感じで時折、前輪を持ち上げてジャンプ。


「なんかーーー! 私を殺しちゃうから、K5さん、本気出しちゃだめ、って言われてたんですけどーーーーー! でもーーーーー! K5さんなら大丈夫ですよねーーーーーー!?」


 ……まあ、たしかに、そうなのだ。


 K5さんの異能は格闘ゲームの再現。

 そしてそれは、一キャラだけに限った話じゃない。

 彼は、現役プロゲーマーだった時代にやり込んだ数十のキャラ、その力を、K5さんは好きに切り替えながら使える。一番強いと言われるのは……まあ諸説ある。相手異能との相性次第だからなんとも言えない。


 最後の場面で出てきてたのはおそらく、主人公キャラを付け狙う殺人狂である、シュラ。作中設定では最強で、殺し合いこそが真の格闘技、なんて信念を持ち、リョウゼンの技を進化させたような技を使ってくる。中でも移動技が多く、上下左右に相手を翻弄しながら、躊躇なく人体急所、破壊を狙う。決め台詞は、相手を殺さずして何が勝利かッ! だ。


 それでも、彼がプロ異能バトルリーグの中で相手を殺したことはない……国家戦略資源人材級の医療異能メディカルがいなかったら一生車椅子、って怪我を負わせたことなら、何度もあるけど……。


「一絵さん……君、マジで、言ってんだな」


 僕はこっそり、インカムで彼女に話しかける。


 僕は割と、この展開を予想してた。

 ……いや、一絵さんがこうなることじゃなくて、K5さんがリョウゼンから別のキャラに変えたところで、彼女の勝利となるだろう、って感じが。




 十七歳のかわいい女の子が、大人にボコボコにされてのたうち回る様を、誰が見たい?




 でも……そんなの、彼女にしてみたら、いらないお節介だってことだろう。そもそも、この先も想定して練習してきたんだし……まあそれは実際のとこ、彼女のモチベーションを保つためのもので、披露する機会はないだろうなー向こうはオトナだし、なんて僕はこっそり思ってたけど……。


「私……ちょっと怒ってるからね、太陽くん」

「そりゃ、まあ、そうかもしんないけど……」

「あのねー! 私が軽く見られてるってことは、君も軽く見られてるってことなんだよ! ガキ相手だから適当でいいやー、って! そんなの許せる!?」


 しかし、予想外の怒り方に僕はちょっと面食らった。

 ……に、しても。


「はあ……勝たしてくれるって言ってんだから勝っときゃいいのに……君はまったく……」

「そういうことやってると、お客さんにそっぽむかれちゃうんだから。お金とってるんでしょ、この試合? ならちゃんとしなきゃ」

「はあ……めんどくせえことばっかりのイヤな世の中だ……まったく」

「だから楽しいんじゃん……お客さーーーーん! どうですか、見たくないですかーーーー! 私はもっとやりたいでーーーーーーーーす!」


 アピールが届いたのか、客席からの声は徐々に変わっていく。

 ざわめき、とまどい、やがて驚き、喜び、そして……。




 歓声。




「もーーーいっかい! もーーーいっかい!」


 煽る一絵さんの声に合わせ強烈なコールとなり、闘技場中央で気まずそうに立っている窪さんとK5さんを包む。


「……こりゃあ、才能だな……坊主、月給は特別に二十五万にしてやるよ、嬢ちゃんは……年棒六百五十だ」


 と、そこで僕のインカムに窪さんの声がしたかと思うと。


 新たなカードを手にした窪さんが空へ飛び上がり、宙で大きく、ぐるぐると手を回し叫んだ。




「続行ッッッッ!」

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