xx03 思想と事実
『おーーーーーっと再び空中からつっかける神楽選手ッッ! しか、し……これ、は……す、すさまじいッッ! 自転車が、チャリンコがッ! 縦横無尽に宙を駆け回っているッッ! さながら蜂のスピードで舞う蝶の如しッッ!』
『……これ、は……驚きました、明らかにカテゴリーA+クラス以上の異能です。それも異能出力にまかせた力任せのモノじゃありません。見てください。小刻みな重力方向の変化と、計算されたスピードコントロール……すさまじい練度です』
プロ異能観戦に慣れた観客たちですら、驚愕に目を見開くその光景。だが場内の一室に集ったとある一団は、まったく別の見方をしていた。
「ああ、まったく……K5のヤツ、相当手を抜いてるな……」
闘技場内、VIPルーム中央。
現代的な部屋の内装にまったく似合わない、中世ヨーロッパ
「そりゃそうでしょ、新人さんだよ、相手は……全力でやってどーすんの、ってこと。でもまー、見込みありそーじゃん? 今期の荒川、結構行くんじゃない?」
横にいた黒いセーラー服の少女が答える。こちらはまったく普通の、十代の少女だったが……勇者の隣にいるのはやはり少し、おかしかった。だが二人の存在を訝しむような者は、部屋の中にはいない。
「エキシビジョンマッチみたいなものだろ、これは。荒川……ハチのことだから、全部台本って可能性もある。内容は真に受けない方がいいな」
壁に背を預け、見るともなしに試合を眺めていた女がつまらなそうに言う。細身のパンツスーツに身を包んだ彼女は、どこか冷徹な表情を浮かべながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「だから見に来るのはオマエみたいな下っ端の、ペーペーの、カス
モヒカン頭に、顔中あちこちについたピアス。ほつれた革ジャンに、穴の開いたジーンズ……背中に背負ったギターケース。反対側の壁にいるフォーマルな装いの女とは、まるで正反対だ。だが女はモヒカンにそう言われても、まるで気にした素振りを見せなかった。
「ははは、まあそうだな。よその新人の入団テストの視察なんて、ウチじゃ下っ端仕事だよ。どんな相手が来ようが、出し抜く手段は常に用意してある。無策で突っ込むしかないIQ3のどこかの誰かさんとは違ってね」
「ほー……そうか、ケンカしにきたんだなテメー?」
「おいおい……いつからそうじゃないと思ってたんだ? ああ、そうか、そうだよな、私には勝てないものな、オマエは。どうする? ここで連敗記録を更新するか?」
「ハハ、やっすい挑発だな。ノッてきたらどうしようって内心ビビリまくってんのがダダ漏れだぜ、下っ端ちゃん」
二人の間に剣呑な空気が流れ、一瞬だけ、空気が張り詰める。
スーツの女は東京都、地方自治体をスポンサーとする異色のチーム、
一方モヒカンは、あちこちの買収を経て、大手SNSすべてを所有するシリコンバレー発の企業、
昨シーズン、チームとしての成績はZoHの勝利なのだが、直接対決ではことごとく、モヒカン男がスーツの女――ボーンヘッドが朧月に敗れている。
「ねえちょっと、やるなら外でやってもらえませんかね、せっかくJKの試合なんですから」
離れたテーブルでPCの前に座り試合観戦していた白衣の男がにやつきながら言った。長身痩躯、骸骨のような印象の男だが……目だけが爛々と輝き、周囲の人間を不安にさせる得体の知れないオーラを放っている。
「……ああ? ったく、テメーで闘わねえ連中は気楽でいいな、オイ」
モヒカンが吐き捨てるように言うと、しかし、白衣の男は薄気味悪く笑った。
「それが私たち、社会を導くべくして生まれた天才の役目というものですよ、いい、アレはいい、えひゃ、いいですなまったく……」
けひけひょけひゃひぃ、とでも書くような、奇妙極まりない笑い声を上げつつ、手ではかちかち、宙を舞う一絵の動画を逐一切り抜き、ところどころを拡大しながら言う。その声と顔つきは到底、まっとうな人間とは思えなかった。モヒカンが顔をしかめる。
「クソが……テメーはとっとと捕まれよ」
「ぇひひヒゃ……頭が良すぎると、それもできないんですよ……」
「にしてもまったく、あなた方も少しは落ち着いて観戦したらどうなんですか……そこのトップ選手様を見習ったらどうです……」
白衣の男はただ一人、会話には参加せず、窓際の一人用ソファに座る男を指さす。
「……よお将軍様、あんたの目にはどう見えてるんだいこの試合、一つ下々のオレらにも教えてくれよ」
ボーンヘッドがからかうように言うが、しかし、その男はまったく感情を動かさなかった。
「くだらん」
ただ一言、男は吐き捨てた。
「おいおい、せっかくの新人さんだぜ、みんなで業界を盛り上げるためにだな」
ボーンヘッドが言うが、男はため息と共に首を振る。
「異能を覚えたばかりの小娘と、カス異能で健気に頑張る凡人の試合に、見るべきところなどありはせん」
名実ともにプロ異能リーグのトップ選手、
「もっとも……小娘の方は、多少使えるかもしれんな。生き延びる価値があると言っていいだろう。とはいっても、ま、
異能が弱い者に生きている価値はない、
彼が最強であるのは、誰もが認めていたからだ。
「あんたさあ……ちょっとついてけねーぜ、そういうトコ」
ボーンヘッドだけはそう言うが、しかし鬼丸は、まったく気にしなかった。
今や彼は自分の思想を、心の底から正しいと信じている。
強すぎて、憎たらしすぎる人気異能選手を演じるためではなく……異能こそが人間の生きている価値であり、畢竟、それがない人間、弱い人間は、さながら、地球の寒冷化で滅びていった恐竜のように、絶滅してしかるべき種類の生命なのだ、それは思想や主張ではなく
「それなら貴様も滅ぶだけだな」
「……あ?」
鬼丸がそう言うと、ボーンヘッドはあからさみに彼を睨みつける。だが。
「……まったく、時間を無駄にしたな」
そう言うと立ち上がり、鬼丸なその場を後にした。
「ったく……んだよアイツ、最近輪をかけてアレになってねーか?」
頭の横に手を当て、くるくる回しながら言う。誰も反応はしなかったが……心の中ではみな、頷いていた。
「あ! やばっ! K5ちょっと本気出してない!?」
どこか気まずい空気となったその場を変えるためか、はたまた何も考えていないのか――セーラー服の少女、黒雪が言った。
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