03-01 特攻とガード

『開始ィィィィィィッッッ!!!!!』


 の、声が響き渡ると同時。


「速攻ッッ!」


 叫び声と共に一絵さんの姿がかき消えた。

 作戦通り、開始直後の奇襲。


 あらかじめ貯めてきた速度五百キロを半分使って、全力体当たり、ひきにげアタック。いつもの河川敷、練習場所でこれを使ってみた時は、土手に大穴が開いた。人間相手に使うのはさすがにマズイだろう……と僕でさえ思う破壊力。


 世の中の人は結構忘れてるけど。

 人は、自転車に轢かれても結構、死ぬ。


 当たり所が悪くて、とか、ひかれて倒れた拍子に頭をぶつけて、とかが直接の死因だと思うけど……絶対壊れない自転車が時速二百五十キロ出してて、車体は五キロ、乗り手の体重五十キロ、体当たりの攻撃力を増すために背中のウーバーバッグに二十キロのウェイトを入れてる場合……軽く車にひかれた、なんて事故より遙かに、ひどいことになるだろう。


 そんな技を、闘技場の中とはいえ人間にぶつける……そこに罪悪感がまったくない、と言えば嘘になるけど……。


『エグすぎる奇襲ッッ! ヤバすぎる原始的自転車体当たりッッ! 顔と服装に似合わず神楽選手ッ、エレガントさの欠片もないぞッッ!』

『神楽選手の異能は、乗っている自転車にまつわる重力……力学操作、速度の貯蓄と放出……おそらくは、事前に速度を貯めてきたのでしょうね、思い切りの良さは評価できますよ、緊張はないようです』


 実況解説が即座に解説を入れてくれるから、お客さんにも何が起こったのかわかったのだろう。歓声が一気に、不安げなどよめきに変わる。おそらく、この会場にいるのは半分以上、K5ファンだろう。まずは初っぱな派手に攻撃して心を掴む、ってのは成功だ。


「やっばぁ……」


 が、僕のインカムに聞こえてくるのは、一絵さんのいかにも不安そうな声。




「速いだけじゃない。重さがある……いい異能だ」




 時速二百五十キロの自転車アタックを受けたK5さんは。

 感心したように呟き、ただそれを、ガードしていた。


 両手を×字に構え、その中央で、自転車のタイヤを止めている。

 自転車とはいえ、あんな速度でぶつかられたら、どれだけ鍛えていようがなんの関係もなく、吹っ飛ばされて両手骨折コースだと思うんだけど……K5さんは開始位置から、一ミリたりとも動いていなかった。


『しかしッ! K5は予想していたのかッッ!? なんなくガードッ! あらゆる攻撃を防ぐその構え、いつものようにダメージはナシッ!』

『ひょっとすると……これは、相性が悪いかもしれませんね。K5選手相手に近距離物理攻撃は、かなり通りづらいですから。神楽選手が投げ技を持っていればいいんですが……』


「想定内だ、距離とって速度再貯蓄! 近接肉弾戦に付き合うなっ! 徹底して一撃離脱!」

「練習どーりだね! らじゃっ!」


 僕がインカムに叫ぶと、一絵さんは逆向きにスピードを放出。一気にK5さんから離れ方向転換、円を描くような動きをとりつつ、思い切りペダルをこぎ始める。だがそれを見ても一絵さんを追うようなことはせず、ガードを解いて緩く、構えるK5さん。


 右手を天に、左手を地に構える……僕だって名前を知ってる構え。


 門外不出の暗殺拳、神仙しんせん流、龍虎天地りゅうこてんちの構え。

 右手は天から舞い降り地を蹂躙する龍を表し、左手はそれを迎え撃つため地に伏せ天を討つ虎を表し、攻防にバランスのとれた、鉄壁のスタンス。




 …………って、ゲーム上の設定の、やつ。




 詳しく言えば、スーパーセイヴァー&ファイターって格闘ゲーム、主人公の武道家キャラ、リョウゼンのニュートラル状態ポーズ。


「いい闘いになりそうだ……!」


 穏やかな笑顔で言うK5さん。カメラドローンのマイクに拾われた、渋いイケボが会場に響き、ファンが黄色い歓声。


 K5さんの異能〈両替に行く顔を見せろウルトラ・バトル・オペラ〉は、ある意味で概念異能コンセプトにも似た力だ。やり込んだ格闘ゲームの概念、力、キャラの技を、現実に使える。


 つまり。


 時速二百五十キロで体当たりしようが、ガードしてれば彼は、削りダメージ程度しか、受けない。戦車砲が直撃しようが、頭上数十センチで核爆弾が炸裂しようが、だ。格闘ゲームなんだから当然といえば当然なんだろうけど物理無視にもほどがあるだろ、って僕でさえ突っ込みたくなる。まあ核爆弾だったら後々放射線で死ぬだろうけど。


 でも、それだけじゃない。


蛟竜弾こうりゅうだん!」


 振り下ろした右手から、放たれるエネルギー弾じみた、龍の顎を描く青い光の塊。時速百キロ近い速度で一絵さんを襲う、人の頭大の気弾、蛟竜弾こうりゅうだん


 格闘ゲーム異能なんだから……こういう必殺技も、もちろん、使える。


「わわっ!」


 自転車の進路を阻むように放たれた気弾。一絵さんは無理な角度で急カーブしてなんとか直撃は免れる……が。


虎爪旋こそうせん!」


 急カーブして減速したところに、黄色い虎のオーラ――気、をまとったK5さんが突進してくる。気の力で大地を蹴り、宙を舞いながら相手に回し蹴りを浴びせる技……突進ジャンプ蹴りの虎爪旋こそうせん


「ちょ、わっ」


 再び無理な急カーブを強いられた一絵さんは、残ってるスピードを使って再加速、なんとか、人間大砲じみた蹴りから逃れる。


 自転車に乗ってる間、一絵さんはある意味で、マジで、ムカシの異能バトルマンガの主人公並みの性能になってるとしても……人知を超えた気をまとうあの蹴りの直撃をもらったら、どうなるかなんてあんまり考えたくない……ゲーム的には体力が千で、虎爪旋こそうせんのダメージは三ヒットフルにあたって百十だけど……もっとゲーム的に言えば、カウンター気味にヒットするとダメージ二百五十ぐらいのコンボに繋がったはず。避けるに越したことはない。


『K5選手、落ち着いていますね。基本的に乗機アリで機動力がある異能は彼にとって少々分が悪い相手なんですが、蛟竜こうりゅうで相手の移動範囲を制限、そこを虎爪こそうで刈り取る、いつもの形に持ち込めています』

『シンプルが故に対策も立てづらいK5の必勝型ッ! 格ゲー教科書一ページ目、蛟竜虎爪こうりゅうこそうッ! 神楽選手、攻めあぐねているのか再び距離をとるッ!』


「よし……まだまだいけるな、一絵さん……?」

「当たり前でしょ……! まだ作戦通りでいいんだね?」

「そうだ、地上戦はかなわないから……」

「空から潰すっ!」


 言うが早いか、無理矢理自転車をターンさせ、K5と正対。出発の瞬間にだけ数十キロの加速をして、後は猛烈なペダリングも合わせて超加速。一直線にK5を目指す。そこに飛んでくる蛟竜弾こうりゅうだん。青い龍の顎、その光が、一絵さんの自転車の前輪を、直撃するかと思われたその矢先。


「よいやさっっ!」


 軽い声と共に、前輪を浮かせた自転車が、宙に舞う。そのまま重力操作で、まるで地面から放り投げられたかのように放物線を描きつつ、K5さんの頭めがけ、飛ぶ。


『自転車が空を舞ってK5に襲い掛かる~~ッッ!』

『驚きですね……力学、重力操作の精度がすさまじいの一言です』


 蛟竜こうりゅうは空中に向けては出せない。虎爪こそうも同様。最近のバージョンでは出せるようになっている場合もあるけど……K5さんが今使ってるのは、最も有名な最初期バージョンのはず。なら……。


「……勝負を焦ったか?」


 修行僧じみた顔を、少し訝しげにして、そして。


龍虎掌りゅうこしょう!」


 斜め上空に振り上げる、全身のバネを使った右掌底、続けざまの左抜き手。おおよそのジャンプ攻撃はこれで対処できる……という設定の、技。


 ゲーム的に言うと、発生時七フレーム無敵の二発ヒット対空技、根元ヒットで強制ダウン、先端カス当たりだと宙に浮いて一発追撃可能、って必殺技。あの格ゲーを象徴する技、龍虎掌りゅうこしょう。地上戦に焦れて飛び込んできた相手をこれで迎え撃つのが、K5の勝ちパターンの一つだ。


 けど……そんなのは、とうに調べてある。

 対策だって、ちゃんと、練ってきてる。


「ふんっ!」

「……ほうっ……!?」


 一絵さんが龍虎掌にあたる直前。青と黄の気をまとったK5の掌底が、チャリの前輪を捕らえるコンマ数秒前。

 一絵さんは重力操作を切り、下方向に加速し、空中機動を操作。

 放物線軌道をむりやり裁ち切り、その場で落下、着地。


「勉強してきてるじゃあ、ないか!」

「当たり前でしょっ!」


 K5は虚空に龍虎掌を放ちながら、それでも嬉しそうに言う。格闘ゲームの力を現実に再現する、という彼の異能の性質上、技が空ぶっても途中で止められないのだ。


 つまり、がら空きの胴体が、一絵さんに晒される。


 そして、再加速。


「ひきにげパーーーンチっっっ!」


 掌底を放ち終え、宙から降りてくるK5さんの背中に、時速百キロひきにげパンチが見事、命中。


『なッ! ……なんてこったこの新人ニュービー~~~~~ッッ! 龍虎掌を釣りやがった~~~~ッ!? 無敵対空技の弱点である、空中機動変化技ッッ! 本当に最近目覚めたばかりなのか、信じがたい異能コントロールッ! 見事ですッ! 対策バッチリッ!』

『驚きましたねこれは……龍虎の打ち終わりはダメージ1.25倍のカウンター状態。そこに速度と重さの乗った一撃が加わりました』


 どぐむんっっ、って鈍い音と共に、K5さんが吹き飛ばされ、地面に倒れる。


「よ~し、追い打ち~っ!」


 調子に乗って一絵さんは、そのままジャンプ。ダウン状態のK5さんに追い打ちをくわえようとする……が……。


 イヤな予感がした。


「ッッ! 違うッ! 避けろ一絵さんッ!」


 今まさに、前輪がK5さんの体の上に着地する、その寸前。

 闘技場の地面をごろごろと転げ、K5さんが、自転車の背面に。


「移動起き上がり……! 初代じゃないのかよ!?」


 K5さんがやり込んでいた格ゲーは、異能大戦前から続いてる歴史ある格ゲーだ。だから当然、細かいバージョンアップが何度もされてるし、中には今までなかったシステムが搭載されてるものもある。


 ダウンした後、起き上がりになんらかの攻撃を重ねるのが格闘ゲームではセオリーだ。けど、その戦法が強すぎて、下手すると一度ダウンさせられたら後はほとんど、抵抗不能のハメ状態になってしまうこともあるのが不評で……移動起き上がりはたしか、三作目か四作目あたりから搭載されたシステムのはず……くそっ、ああいうベーシックな道着キャラのバージョン違いなんて、見分けつくかよ! 僕はたしかにクソキモ陰キャ君だけえど、格ゲーは専門外なんだ!


「ふふ……おもしろいな、君は……」


 完全に一絵さんの背後をとったK5さんは、穏やかに言うと。


炎陣虎爪えんじんこそう!」


 炎を纏った、中段回し蹴りを、一絵さんの背中へ。くそっ、『闘争たたかい炎陣えんじんがここにある』……なんて意味不明なキャッチコピーがついてた、四作目からの技だ……! !


「ぴぎゃっ!」


 自転車に乗ってれば超人並みの身体能力になっているはずの一絵さんといえども……同じように、超人的な技を、無防備な背中にくらえばひとたまりもない。ウーバーバッグ越しだから直撃ではないにしても……。


「死んでもハンドルから手を離すなよっっ!」


 思わず叫んでしまう。


 彼女の身体能力がアップするのは、ハンドルを握ってる間だけ。今ここで自転車から離れてしまえば……体力バカとはいえ、普通の十六歳の少女の体でしかない。鍛えてる大人の、異能の力が籠もった超常の蹴りに吹っ飛ばされたら、あいたたた、だけじゃ済まないだろう。ハンドルを離した瞬間に死んだって、そこまでおかしくない。

 

「ッ……! 誰に、言ってん、のっ……!」


 だが、予想外に平気そうな声がインカムにした。背中を蹴られると同時に加速、それで衝撃をいくらかいなせたようだ。


「……いい目をしている。戦士の目だ」


 自分の蹴りをいなしたことに気をよくしたのか、K5さんは少し微笑む。そうと言えばそうなんだけど、まるで弟子の成長を喜ぶ師匠的な顔。くそ、余裕カマしやがって……。


「その魂まで本当に戦士なのかどうか、見せてもらおう」


 数メートル程度の間合いをとりながら、再び龍虎天地の構えをとるK5さん。一絵さんも再び、それに正対。


「あはは……戦士、なんて……」

「一絵さん、ごめん、僕のミスだ、相手の使ってくる技の想定を間違えてた……くそっ……初代じゃなくて、四代目だった……」


 思わず言ってしまう、が、一絵さんは笑って言った。


「大丈夫大丈夫! ぜんぜんいける! えへへ、三件連続でエレベーター停止中の二十階建てマンション行った時の方がきつかったよ!」

「……いいか、今のK5さんは、すべての技に炎陣……炎の効果を乗せられる。クリーンヒットすれば燃え上がって強制ダウン……たぶん、むりやりチャリから降ろされちまう。そうなったらこっちの負けだ。喰らうにしてもさっきみたいに芯を外すんだ。カス当たりならダウン効果はない。でも炎を乗せない技も出せるから、それでフェイントを織り交ぜてくるはずだ」

「結局どうすればいいのさ?」

「さっきみたいに対空技を釣りながら空中戦だ! もう一回空ぶったら今度は最大速マックスの必殺技で決めろ! ハイリスクだけどそれが一番勝率が高い! 経験は相手が上なんだ、長引け長引くほどこっちの不利、爆速で片付けろ!」

「りょーーかいっっ!」


 プロ異能を見ながらずっと、頭の中で練り続けてた、各プロ選手の攻略法。僕がこんな異能を持ってたらこの選手はこう攻略する、みたいなやつ。それが今、実地に役立ってることを実感すると、ちょっと涙が出そうになったけど今は我慢。


「勝てるぜ一絵さん! 向こうはまだ、こっちのことを舐めてる! 最初から本気でやれば良かったぁ、なんてくっっそダサいこと言わせてやれ!」


 それでも、思わず熱が入ってインカムに叫ぶ。


「ふふ、太陽くん……案外、熱血だよね」

「な、なんだよ、悪いかよ」

「ぜーんぜん! そういうの私、大好きっ!」


 そう言うと同時。

 一絵さんは再び、宙を舞った。

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