02-02 新人とベテラン

 と、アナウンスが響くのと同時。

 開いた朱雀のゲートから、一陣の風が飛び出してくる。


『瀟洒なセーラーワンピースを身に纏い、そして煤けたウーバーバッグを背負って! 煌めくツインテールが風に遊び、重力知らずでかっ飛ぶ爆速チャリンコッ! 彗星の如く現れた驚異の新人ッ! 可憐な正義の自転車乙女ッッ!』


 紺碧色ネイビー・ブルーの風と化した一絵さんが、闘技場全体を、とんでもないスピードでぐるり、数秒と経たずに一周。お客さんたちはそのスピードにどよめき、ざわめき……やがてそれは少しずつ、歓声に変わってく。一絵さんはそれに答えるかのようにさらにスピードを増し、もう一週、さらに一週。


『弱冠十六歳ながら週六一日十時間のウーバーで、月三十万稼いで妹を育てる、世界一頼れる自転車姉ちゃんッ! 愛する妹の天才私立の学費のためにッ、目覚めたばかりの七種異能セブンスでッッ、プロ異能の世界に殴り込みッッッ! ただしッ! チャリで来たッッッ!』


 観客の、少しの笑い混じりの声援が大きくなったところで、スピードを上げ、K5の元へ。


『その速度ッ! 龍の拳に届くのかッ!? その力ッ! 虎の牙を砕くのかッッ!? 入団試験とはいえ目が離せませんッッ!』


 ズギャギャギャァァッッ!


 闘技場の床にタイヤ痕を残しつつ、ジャックナイフターンでストップ。


『新人ッッッ! 〈自転車狂時代クレイジー・ライダー〉ッッ! 神楽ーーーーーッ! 一絵ッッッッ!』


 実況の人の声と共に、自転車の前輪を持ち上げ、そして、その場で軽く、宙を、縦に一回転。空中に完璧な円の奇跡を描いた、自転車にはあり得ないその挙動に観客がどよめいたところで……今度は自転車から降り、周囲にぺこぺこ、お辞儀。どこかとぼけて、愛らしい姿に割れんばかりの拍手と歓声が飛んだ。


「そうだ坊主、どっちが勝つか賭けるかい?」


 窪さんも拍手を送りながら、僕に言う。


「じゃあ、一絵さんが勝ったら……近いうち、僕と一戦やってくださいよ」

「はあ? つったってオマエ……」


 そこで僕は、カードを横に傾ける仕草。気付いた窪さんは、凶悪に笑う。プロ異能選手の窪八十八が絶対に見せない……これが出たら死亡確実と言われた、地雷野郎ハチのトレードマークな、ニチャニチャ笑顔。せめて一目だけでも見れるかも、と思って行った高田馬場のカードショップで遠くから見かけ、痺れに痺れたあの、最高にクソキモい、最高にカッコイイ笑顔。


「おいおい、オマエ、カードゲーマージャグラーだったのかよ……いいのか? 世界一悪いぜ、今のオレの紙束デッキは。お子様は泣いちゃうぜ」

「いいですよ、地雷野郎ハチとやれるんなら……って言っても給料日の後、になりますけど。カード資産、今ちょっとないんで、稼いで買わなきゃ」

「ほほーう……殊勝な心がけじゃねえか。流儀フォーマットは?」

二本先取BO3一試合ワンマッチ伝説級レジェンダリー

「くひひひひ……そうか……オマエ、嬢ちゃん並みにイカレてんだな」

「やってくれます?」

「乗った。オレが……K5が勝ったら……そうだな」


 そこで少し考え込むような素振りを見せたかと思うと、急に真顔になって、言った。




「隠してるオマエらの事情、全部白状しろよ」




 はぁ? って顔で流そうかと思ったけど……その瞬間に息が詰まってしまった僕を、見逃すハチじゃなかった。


「じゃ、成立だな」

「……っくそ……」


 にやにや笑いの窪さんに、今さら言い逃れしてもムダだろう。


「オトナをあんま、舐めんなよ坊主」

「わかりましたよ、ったく……」


『それでは時間無制限ッッ! どちらかのギブアップがあるまでッ! 試合…………ッッ』


 闘技場を一瞬の静寂が包む。やがて。


『開始ィィィィィィッッッ!!!!!』

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