06 テスト勉強と仕掛け

 一週間後。


「ぴゃぴゃぇ~っ! そんなにたくさん覚えられないよぅ~っ!」


 奇声と共に、ぼんっ、と、一絵さんの頭が爆発した感じの音が、本当に聞こえた気がした。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ、簡単だから。いろいろあるけど大きくまとめると、三つだけ」


 ちゃぶ台をはさんで二胡さんが、参考書を片手、穏やかに笑いながら彼女を諭す。


「禁止、または即契約解除……プロ異能選手の一番やっちゃいけないのは、三つだけ。意図的……わざと対戦相手を殺す、わざとお客さんを巻き込む、それから、アマチュア異能バトルに参加すること。大きく分けるとこの三つ。それさえ覚えちゃえば、テストも大丈夫」


 すらすら、一読しただけで覚えたんだろう、その他の細則も細かく、一絵さんに理解できるようにかみ砕いて説明していく、の、だが……。


「ええと……ええと……殺しちゃだめ、お客さんを攻撃しない、あと、アマチュア異能バトル……アマチュアって、そもそも、なに? プロ異能と違うの? 異能はみんなあるじゃん?」

「ほら、異能甲子園とか、異能陸上とか、あるでしょ? あれがアマチュア、アマ異能。スポンサーがついてなくて、選手はお金を稼がないところ。異能オリンピックとかもそうだね」

「…………ふぇ? でも、熱戦甲子園とか、CMあるじゃん? 異能オリンピックだって……金メダルだと、国からお金もらえるんでしょ?」


 一絵さんは首をひねる。二胡さんは言葉に詰まる。

 僕はそんな二人を見ながら、少し笑ってしまった。


 トライアウトは、実技だけじゃない。

 一般常識レベルだから落ちるヤツはまずいない、と言われるモノの筆記試験もあるのだ。とはいえ……その一般常識が大分怪しい一絵さんのために、こうして二胡さんを交えて試験対策をすることにしたんだけど……。


「うん、いい疑問だね。プロとアマの差は、今の日本だとあんまりない、って言われてるみたい。プロ異能が盛り上がってればアマ異能も盛り上がるし。でも金メダルの報奨金は、別にスポンサーから出てるわけじゃないし、異能甲子園のスポンサーも、高校異能児の人たちにお金を上げてるわけじゃない。一方プロはお給料をもらってるわけだから」

「アマチュア異能選手は、お金を稼いじゃいけないってこと?」


 クラスで一人だけ、先生の話の意味がわからない生徒、みたいな顔になりながらも、一絵さんはなんとか話に食らいつこうとする。


 僕は少し勘違いしてたみたいだけど……一絵さんは、物覚えが悪い、というより、納得できないところが少しでもあれば、それが解決できるまで永遠に立ち止まれるタイプらしい。どこまでまっすぐなんだこいつ?


「……いや、逆だな」


 僕は思わず、口を挟んでしまった。


「逆……?」

「一絵さん……君も、タダで食事は運ばないだろ?」


 二胡さんがあからさまにムッとするのがわかったけど……血縁はともかく、知能指数の近さで言えば遙かに僕だ。彼女もそれはわかってるようで、僕の言いたいことを言わせてくれる。


「それは、そうだけど……?」

「プロ異能選手も同じさ、タダで異能は使わない。みんながお金払って見にくる売り物でもあるから。ところがアマチュアは、そうじゃない。売り物になるような異能じゃないから、みんなタダでばんばん使う」

「……ふむふむ?」

「で、プロになって異能で金稼いでんなら、タダで使うようなことはすんな、ってこと。タダで食事を運ぶヤツがいたら、ウーバーは商売あがったりだろ?」

「あ~~……なるほど~……」


 ようやく納得できたらしい一絵さんが、ノートにそれをまとめてく……あいてをころさない、お客さんをきずつけない、タダでしない……うん、そう、だね……そうか? ……いや、そうか。


「じゃ、お姉ちゃん、次の問題。プロ異能選手が母校から講演を頼まれました。その後、その高校の異能バトル部が、練習を見て欲しいと言ってきました。この時、プロがするべきことは?」

「異能甲子園に出られるように特別特訓してあげる!」


 自信満々に答える一絵さん。

 出かけたため息をぐっと飲み込み笑みを保つ二胡さん。


 ……うーん、まあ、まだ時間はあるし、この筆記テストは形式上のもの、って話もあるから、大丈夫か……と僕は、二胡さんにすべてをまかせ、本来の仕事に戻ることにした。ちなみにこの質問は、公平性のためプロは特定アマ異能団体育成に関わってはいけない、という協定があるため、それを説明してやんわり断る、が正解だろう。


 二胡さんが少し、僕をちらり、と見るが……今度は見ないフリをした。大変だとは思うが、こっちもこっちで、大変なのだ。




 先週の事件は今や、ネット上でかなりの話題となっていた。




〈七種異能いーなー……〉〈この異能さばきで七種はムリでしょ〉〈デッッッッ〉〈申し訳ないが過度な自警行為はNG〉〈緊急避難っしょ〉〈無能のテロリストおじさんなんてワンチャン殺してOKだったのに〉〈この年でこの服ヤバイっしょww〉〈異能が手慣れすぎてるからプロ志望のステマで確定〉〈ってか普通に警察の怠慢を美談として消費してるネット民おかしくね?〉〈いいかオマエらこれが童貞を殺す服だからな、あのセーターは見つけ次第燃やそうな〉〈オッッッッッッ〉〈こういう顔はなー、ちょっとムリ〉〈←童貞特有の女性に対する上から目線〉〈かわいいから無罪〉〈かわいい〉〈重力仕事しすぎでしょ〉




 各種SNSに投稿された、あの時の事件の写真や動画がかなりの量出回り、一絵さんは今や、自転車セーラーウーバー姉貴、童殺ウバネキ、などの名前をつけられ、かなりの有名人になってる。


 もっとも、動画や写真の半分は、僕が編集しなおして投稿したやつだけど。僕の顔写真がネットに出回るとマズイから、ちょっとでも顔がわかる、あの時の野次馬が投稿したヤツは片っ端から通報して消してもらってる。


 目立てばEQに居場所を特定されるからマズイ、って思いは、僕の中にあるんだけど……あの時、僕の頭の中にあったのは。




 ここで目立てば……トライアウトなんてかったるいことをしなくて済むかもしれないぞ、ってこと。




『いや、ほんと、あの、えと……その……あ、た、助けなきゃ、って、それだけ、で……え、いや、あー、異能は、元々は、多様だったんですけど、なんか、ウーバー、やってたら、使えるように、なって……あの、ぜんぜん……慣れて、ないんですけど……で、でも、怪我がなくて、良かった、です、はい! どっちも!』


 すさまじくたどたどしいながらも……彼女に助け起こされた時、こっそり耳打ちしてた内容を、ちゃんと言えた一絵さんのインタビュー動画を見ながら、ネットの反応を漁る。どうやらちゃんと、珍しい七種異能セブンスの持ち主として認知されてるようだ。




 インターネットは、無能の僕に唯一許された、息ができる場所だ。




 現実世界でどんな異能を使えようが、ネットじゃなんの意味もない。まあたまにネット系の異能もいるけど……極々、限られてる。だから僕は学校でも家でも、ネットにすがって生きてきた。どれだけ世の中で、生きてるだけで邪魔になる無能と思われてようが、インターネットの中じゃ誰もが平等にMS明朝もしくはヒラギノ角ゴ、単なる文字列。僕はその中で、日常生活の憂さを晴らしまくって生きてきた。


 そんな中で覚えた、唯一人に自慢できる技能が、これ。


 ネットを介した世論操作。


 世論……っていうと大げさで、オレは世界を裏から操る影の支配者だぜ……的な中二病だと思われるだろうけど……やってることは極々、単純だ。根気さえあれば誰にでもできる。


 SNSのアカウントを百や二百、大量に作り(数クリックでできるプログラムが誰にでも手に入る)、目につきやすい、検索に引っかかりやすい投稿を大量にして(同上)、このゲームはいいって評判なんだな、このVtuberはダメってことになってるんだな、この本は人気で今売れてるんだな、なんて、特定の方向に人々を誘導する。ステルスマーケティングみたいなもので、会社が自社製品の売り上げを増やすためにやったら完全アウトだろうけど……おあいにく様、こちとら単なる無能さんの未成年の暇つぶし。一銭にもなりゃしない。

 この手法を十三歳頃に極め、ソーシャルハック(画面を覗き見たり、レシートを漁ったりって物理的手段のハッキング)も合わせ、学校全員のSNSアカウントを趣味アカ愚痴アカ恋人共有アカ、勉強アカまですべて把握し、ウチの学校でだけなぜか流行ってるスマホゲームを作り出せた時は感無量だった。まあ、無能って言葉はよくない、みたいな思想を流行らせるのは全然無理だったけど。イエスをノーにするのは、ネットだけじゃ不可能らしい。


 ともあれ、そういうわけで僕は昨日からずっと、一絵さんの顔や声をネット民の頭にすり込むべく活動を続けていた。もっとも、彼女自身の顔とスタイルの良さに目立つ服装、くわえて、インタビューでの朴訥としたすれてない感じ、なにより、無能のおじさんによるテロを防いだ七種異能セブンスに目覚めたばかりの十代のかわいい女の子、の、好感度は最初からマックスで、僕が操作するまでもなかったけど。

 とはいえ……警察を待つべきだった、結局無免許異能じゃないか、犯人にも人権が……と、否定的な意見は絶対ある。

 なので見かけたそばから叩き潰す……のではなく、その十倍の肯定的発言で押し流す。

 正しいかどうかは問題じゃない。問題なのは、正しく見えるかどうか。


 元々人間は、少数派なんて黙殺するようにできてる。

 生まれてからずっと黙殺されてきた無能の僕が保証する。


 ムカシの人はこれ、反対意見を押し流すのを人力でやってたっていうけど、僕はもっぱら、AIを活用してる。○○に関する肯定意見を百四十字以内で二十パターン考えて、的に入力すれば数秒で出てくるから、後はちょっと整えコピペ。


 ネットの闘いの本質は、本質より数だ。


 そういうわけで僕はずっと、各種SNSを駆使し、一絵さん関連の話題を盛り上げ……それとなく、そのニュースが各球団の広報、または選手や監督、コーチの目に触れるように拡散を続けてた。三部までだけど、プロ異能関連の人たちのSNSはあらかた抑えてる。バカげた努力かと思われるかもしれないけど……。




 プロ異能選手になるためには、主に、三つの道がある。




 一つ。

 高校異能や社会人異能で活躍し、プロチームにアピールし、年に一度のドラフト会議で選ばれる。一番オーソドックスなルートで、これが三割ぐらい。


 二つ。

 年に一度、九月半ばに行われる全プロ異能チーム合同トライアウトに参加し、合格した後、チームから選ばれる。これは五割。


 そして残りの二割が、三つ目。


 直接、スカウトされる。


 この異能時代、仕事や人生の都合上、プロ異能選手並みに異能スキルに熟達してる人、ってのは、そんなに珍しい存在じゃない。統計によると社会人の半分は自分の異能をビジネスに使い、お金に換えつつ生活してるそうだ。中には当然、人に向ければとんでもない攻撃力になる、みたいな異能の人もいる。


 ということは。


 ムカシの、半ば異能混じりスポーツマンガでよくあった、○○部が野球をやったら○○の経験を生かした特殊なプレイができた、みたいなヤツが、今の世の中じゃ多々あるってこと。スカウトは主に、そういう人を拾い上げる制度だ。


「…………わかった! そっか、一つの高校にだけプロが教えたら、不公平ってこと!? あそっか、だから、プロがアマに教えたらダメなんだ!」


 え、未だにそこで詰まってたの……? という言葉を一絵さんが叫んだのを聞きつつ僕はカチャカチャ、ノートパソコンのキーボードを叩き続けた。


 餌は撒けるだけ撒いた。


 後は食いつくのを待つだけ……一絵さんの事情を知ってるっぽい、リアル知人っぽいアカウントは計五つぐらい作れたし、報道各社からはコンタクトの依頼が数件連なってる……ここで受けてもいいけど……それは話題が一段落ついたところの再点火燃料にすべきか……SNSゴールデンタイムまで後一時間……今のところはファンアート的なヤツを見張って……。




 ぶじじじじじじっ。




 突如。




 虫が、網戸と窓の間に挟まって震えてるような、耳障りな音。ノートパソコンに向けてた集中を一気に切られ、僕は思わず辺りを見回してしまう。


「あ、はーい」


 が、当たり前のように一絵さんが立ち上がり、玄関に向かった。玄関チャイム……というか、ブザーだったようだ。


 けど。




 がちゃり。




 いきなりドアが開いた。


「自分が賢いって思ってるヤツに共通した欠陥なんだが」


 玄関口に立つ男は、姿を見せるなり口を開く。


「自分より賢いヤツがいるかもってのは、どうしてか思わないんだな」


 黒いスーツに、黒いネクタイ、サングラス。

 まるきり、政府組織の秘密エージェント、みたいな格好の男は、じろじろ、無遠慮に部屋の中を見回すと僕を見て、にやり、笑った。


「坊主、オメエはやり過ぎだ。嬢ちゃんのマネージャー気取りかもしれんが、あとちょっとで逆効果だぜ。それからここのばあさんにも言っとけよ、暗幕あんまくを張るのはいいが、逆に危険になることもあるんだぜ、ってな」


 そう言うと、あっけにとられてる僕らを尻目に、ずかずか部屋に上がり込み、どすん、当たり前のようにちゃぶ台の前に腰を下ろす。


「まったく、苦労したぜ、ニュースで見た瞬間にコイツはウチに入れる、って決めてたんだが……見るヤツが見れば嬢ちゃんがここに住んでるってのは一発だからよ、他のスカウト連中に話をつけてたらこんなに遅くなっちまった、すまねえな」


「ちょちょちょ! ど、どなたですかぁっ! あ、あとカギ! なんで!」


 一絵さんが慌てて彼の背中に手をかけ、僕もようやく我に返って立ちあがり、二胡さんの手を引きつつ距離をとる。けど……。


 僕はあまり、心配はしてなかった。


「……異能を使っていきなり一般人の家に入り込む、というのは、リーグに知られれば、即追放となってもおかしくない行為じゃないですか?」


 彼を見据えながら言ったが……しかし、あまり反応はなかった。開けっぱなしだったノートパソコンを、我が物のようにスクロールして、面白そうに顎をさすっている。


「ちょ、え、えぇ!? だ、だれ!? 知り合い!?」


 と、一絵さんが叫んだところでようやく。


「申し遅れました。私、荒川KBKsアラカワカブキス、選手権監督、窪八十八くぼやそはちと申します。本日は、スカウトの件でこちらに伺わせていただきました」


 さっきまでの傍若無人な態度はどこへやら、一転、にこやかな笑みを浮かべ立ちあがり、見事なビジネスマナーでスーツのポケットから名刺を出すと、一絵さんに差し出した。




 餌を、撒きすぎたな……。




 僕はそう思いつつ、微妙な顔をする他なかった、が……。




「靴を脱げーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!」




 ぶち切れたらしい二胡さんが叫び、見事なドロップキックをその顔に喰らわせた。

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