05-01 イジメられっ子とせせら笑い

「…………ッ!」


 そして、駐輪場。

 ウーバーのバッグを荷台にくくりつけ、買い出し仕様にした自転車に荷物を積み込んでると、その声がした。


「……なに?」

「いや……僕じゃないぞ……?」


 僕らが顔を見合わせていると、今度はもっとはっきり、声がする。


「っけんじゃねえぞオイ!!」


 いきり立つ男の声だった。聞くが早いか一絵さんは、慣れた手つきでバッグを荷台から外しにかかる。


「ちょ、ちょっと、一絵さん?」

「見に行かなきゃ!」


 実は報道の使命でも背負ってんのか、と突っ込みたくなるぐらい、一絵さんはこういうのが好きだ。もめ事があれば絶対に首を突っ込みに行くし、消防車が走ってると数キロはついて行く。なんなんだよオマエホント。


 こういう時はたしなめてもムダなので、僕はバッグを背負い、彼女の荷台へ。あの日とは違う、まったくオンナノコっぽいセーラーワンピースとツインテールから漂ってくる、いかにもオンナノコっぽい香りに少し、どきりとするものの。


「ねえねえ、なんだと思う? ケンカかな、ケンカかな?」


 わくわくしかしてないお嬢様の声に、僕は少し笑ってしまった。


「なんでもいいけど、見たら帰るよ、もう八時なんだから……二胡さんがお腹すかしてるよ」

「はーい!」


 いい返事とは裏腹、スカートがばっさばっさはためくスピードで声の元へ。商店街近くの道でさすがにあの日ほどのスピードではないものの、道行く人は少しギョッとする速さ。どんだけ見たいんだよ。




「近寄るんじゃねええええ!」




「わ、すごいすごいすごい! なんかスゴい声だよ!」

「ちょ、わ、スピード! 普通の道なんだぞ!」

「わかってるってば!」


 なにがわかってるのか、声が聞こえるたびにスピードアップするもんだから、荷台の僕は舌を噛みそうだ。とはいえ、聞こえてくる声は、スゴかった。





「いいか、おい、今すぐ連れてこい!」




 そして、現場に到着した僕らは。

 予想外の光景に、身を固くした。


 会社帰りや遅めの買い出し客で賑わう、アーケード商店街の、中央。チェーンのコーヒーショップに、個人経営の装具ギアショップ、その間、中央で大道芸でもやってるみたいな人だかり。人々は不安そうな顔、またはいかにも面白そうな顔で、ぽっかりと開いた空間の真ん中に視線を向け……半分ぐらいはスマホのカメラも向けている。


 そして、直径十メートルほどあるその空間の中央には。


「今すぐ、ここに、総理を連れてこいって言ってんだよ!」


 四十半ばぐらいの血走った目をしたおじさんが、上半身にみっしり、バターの箱ぐらいの大きさのモノをいくつもくくりつけ、手にはなにかのスイッチを握りながら、叫んでいた。




 ……最初、僕はよく、状況が飲み込めなかった。




「総理だよ、総理! 官房長官じゃねえからな!」


 人だかりの中央にいる赤ら顔のおじさんは、ふらふらとした足取りで周囲をぐるりと見回しながら、そう叫んでいる。ところが、辺りには野次馬以外の人間が、いるようには見えない。警察もまだ来てないし……総理大臣を呼んで来られそうな誰かがいるようには見えない。


「はやく総理呼んでこいっつってんだろがボケッ!」


 ダァン! と大きく音が響くほど、おじさんが脚を踏みならした。人垣が一歩退き、悲鳴があがる、が……それ以外にはなにも起こらない。それどころか、スマホのカメラを構えた人間からは少し、笑いさえ漏れた。

 こんな生活感溢れる商店街――買い物客のビニール袋がキャベツの形に膨らんで、その脇から卵のパックの端っこが見えてる中で、総理、って言葉はミスマッチすぎる。さらにそんな言葉をぱっと見、単なる酔っ払ったおじさんが言っているものだから、どこか、おかしかった。


「ぁにぁらってんだよオイこらァッ!」


 それで腹が立ったのか、おじさんは、上半身についていた箱の一つをむしりとり、十メートルほど離れた人垣の正面に向かって投げつけた。ワッ、と人混みが割れ、その箱から距離をとった、次の瞬間。




 …………パァァンッッ!




 大きな破裂音がして、衝撃が辺りを走り……。




 ……コーヒーショップの自動ドアがパリンッ、と、少し、割れた。




 それだけだった。


「…………帰ろっか、うん」


 ちょっと残念そうな声で、一絵さんが言った。

 ……うん、まあ、気持ちはわかる。

 箱が一つであんな爆発なら……下手すると、おじさんの体に巻き付けてある箱全てが爆発しても……ワンチャンス、おじさんは生き延びられるかもしれない。


 が、僕には少し、思い当たることがあった。いや、おじさんを見たことがあるとか、そう言うのじゃない。


「……太陽くん? どうする、見てく?」

「いや……」


 頭をフル回転させる。

 アーケード商店街。天井。数十のスマホ……通りの向こうに、かなり本格的なカメラを構えながら駆けつけてくる、大きめの放送局の姿も見える。それに……。


「総理だよ、早く総理呼んでこい! 出なきゃ全部爆発させるからなァ! っざけんじゃねえよ、おい、勝手に年金減らしやがって……オーレーたーちーにッ、死ねってかオイ!」


 ダンダン、また地面を蹴飛ばすように踏む。


 予想通りだ、このおじさん、僕と……かつての僕と、おんなじ無能、もしくは多様さん。大方、無能年金が減らされるかもってニュースに腹が立って、酔っ払って、こんな行為に走ってしまったんだろう。

 なら、まだ警察が来てないのも納得だ。

 この時代、異能が関わってる犯罪なら、一番早いと数秒後には警察が現着するけど、異能が絡まない犯罪は……人が刺されて倒れてても一時間近く放置されてた、なんてニュースがこの間あった。脈拍データから心臓発作を検知したら自動的に救急車を呼ぶスマートウォッチが結構売れてる時代でも、自分じゃなくて誰かがやるだろう、って人間の考え方は変えられない。


 なら、これこそうってつけだ。


「一絵さん」


 僕は自転車を降り、ウーバーのバッグを彼女に渡す。


「へ?」


 きょとん、とした彼女に、僕は言う。


「営業だ」

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