04 私服と制服

 二日後。


「うるせえ! 魚を喰え魚を!」

「やだやだやだやだ! や~だ~!」


 じたばた、文字通り地団駄を踏みながら抗議の声を上げる一絵さん。ばさばさ、品のいい長めのスカートが翻り、ひらひら、裾からのぞくレースが煌めく。

 それを尻目に僕は、一缶百十八円のサバ缶をカゴに五つほど入れる。


「や~だ~! お魚や~だ~! お肉がいい! お肉がい~い~!」


 少し面白そうな顔をしながらも、半ば本気に見える顔で、じたばた。床に寝転がりこそしないけど……いかにもお嬢様キャラがアニメで着てそうな、群青色ネイビー・ブルーの半袖セーラーワンピースで言っていると、違和感が半端ないし目立つことこの上ない。おまけにそのセーラーワンピースときたらコルセットみたいにウェストを締める感じのヤツで……必然的に、ただでさえ大きな彼女のバストが強調されるので、僕はいつ、自分がそういう目線を彼女に向けてしまうんじゃないか、それを看破されて気まずい思いをすることになるんじゃないかと不安で仕方ない。


「好き嫌い言うんじゃありませんまったく……ソーセージとベーコンは買ったし、寿司の鯖は好きだろ」

「も~……今日はお寿司だよって言って鯖の棒寿司しかなかったら、誰でも三日はヘソ曲げたままだと思うよ?」


 いつもはポニーテールにしてヘルメットの後ろから出ている長い栗色の髪も、今は、長めのリボンでまとめられ、低めのツインテール。一体全体なんのコスプレだ? と思うような服装だったけど……これが、一絵さんの私服だ。大体こういう系統の服しか持っていないらしい。似合ってるし、ぱっと見、普段ウーバーをやりつつあんな貧乏アパートに暮らしているようにはまるで見えない、全寮制のお嬢様学校に通う美少女、ってな感じなんだけど……それが私服ってどういう趣味なんだよ、と見るたび突っ込みたくなる。まあ本人は「私、学校ほとんど行かせてもらえなかったから、制服にちょーーー憧れてるんだよね、えへへ」なんて屈託のない笑顔で言うから、何も言いようがない。


「鯖の棒寿司も、かんぴょう巻きもカッパ巻きも、お寿司はお寿司だろ」

「あはは、嫌がらせじゃんそんなの、お土産はお寿司だよ、って言って、鯖ときゅうりとかんぴょうって、私だったら一生恨む」


 一絵さんの仕事、そして異能の訓練も週に一度は休日を入れることにしているので、僕らは食材の買い出しに近所のスーパーまで来ていた。食費はこうした方が精算しやすいので、大体二人で買い物に来ることになっている。

 とはいえ……日常感溢れるスーパーの中、胸元を可憐なリボンタイが彩るセーラーワンピースのお嬢様が、ジャージ姿のキモオタ陰キャくん、みたいな僕を連れて歩いていのは目立ってしょうがない気がしたけど……近隣の人は彼女の姿に慣れてるのか、軽い挨拶までしてたから僕も気にしないことにした。


「えーと、あとなんかあったっけ?」

「お米にー、玄米にー、缶詰とー、鮭たらこと梅も買ったでしょー、ソーセージとキャベツ……あ、たくあんはまだあるんだっけ?」

「ある……あ、鶏ガラスープのもと」


 買い出しに行くきっかけになったモノをそこで思い出し、二人して顔を見合わせ少し笑った。


「……ねえねえ、聞かない方がいいかなー、って思ってたんだけど……太陽くん、なんでそんなに生活力あるの? お料理めっちゃうまいし、お掃除もばっちりだし、お洗濯だっていろいろ知ってるし」


 もの珍しそうに、緑豆春雨と普通の春雨を比べながら、一絵さんがふと尋ねてきた。


「とっとと一人暮らしがしたかったんだよ、ほら、僕は年金もらえるから……高校出てたそうしようって思って、その練習をしてたんだ。お年玉貯めてたから、家で出される飯には手をつけないで、家賃に光熱費を払ってる前提で、洗濯も掃除も全部自分でやったり。高校入ってからはそんな暮らしだった」

「ふへ~……変わってるねぇ、太陽くんは~」

「近所のスーパーに来るだけなのにそんなお嬢様みたいな服着てる君に言われたかないよ」

「あはは、私お洋服、こういうのしかないもん」

「まったく……貯金してるんじゃないのかよ……」

「これねえ、スゴいんだよ、セールで一揃いヨンキュッパだったんだって!」

「え、安ッ……って、君が買ったんじゃないの?」

「他のは、これを基準に買ったヤツ。これはね……二人暮らし始めてから三か月ぐらいして、私がちょっと事故って落ち込んでた時に、二胡がプレゼントしてくれたの。こういう服着てたらお姉ちゃん、絶対かわいいよ、って。いつでも着てたいじゃん、そんなの。えへへ」


 まったく屈託のない顔で言うもんだから、ますます突っ込みようがなかった。


「……あ、クッキー! クッキー食べたい!」


 と、僕が少ししんみりしてると、そんな空気を察したのか察してないのか、そう叫ぶので僕はため息で返すしかなかった。


「まだお煎餅残ってるだろ……」

「食べれる! 食べれるからぁ~!」


 彼女の食欲に付き合ってたら僕はきっと、ヒョロガリキモオタ陰キャくんからピザデブキモオタ陰キャくんにクラスチェンジだな、どっちがマシなんだろう……なんて思いつつ、小さな百円クッキーだけ買って、僕らはスーパーを後にした。

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