02-02 僕と彼女

「お待たせ! ちょっとマグロが来たから遅れちゃった、ごめんね!」

「あー、別に……マグロ?」

「たまーに来るんだけどね、普通は二三にさんキロで三四さんよん百円のところ、四五しごキロで二千円、みたいなやつ! もういただきま~す! って感じ!」


 喜色満面に自転車から降りるとウーバーのバッグを乱暴に放り投げ、今まで運動してきただろうにどうしてか、よっ、ほっ、はっ、と膝を屈伸させて準備運動。


「……マジで君の体力は、どうなってんだ……?」

「あはは、自転車の疲れってね、ほとんどおなかが減ってるだけなんだよ。おにぎり食べればだいじょーぶー! 今日もおいしかった、ありがと!」


 けらけら笑いながら腕をぐるぐる回す。僕からしてみたらやっぱり、イカレてるとしか思えない体力だけど、今はそれが、なんだか頼もしかった。


「それで……考えた? こっちも色々、考えてみたけど」


 僕はためらいつつ、本題に入る。


 博士の言ってたことをまとめると、つまり、こういうことだ。


 願い事はシンプルに。強固なイメージを持って、しっかりと妄想する。

 一分の隙もないように……誰も、いや、自分が曲解しないように。


 だから、彼女に異能を作るにあたって必要になるのはまず、異能の名前だ。


 突如、プロ異能バトルリーグに彗星のごとく現れ、各界の話題を席巻する超大型の最強プロ異能新人選手が持つにふさわしい異能の、名前。内容についてはもうかなり固まってるんだけど、肝心の名前が、まだなのだ。〈〉やまかっこでくくるのにふさわしい、異能名。


「うん! 〈ばかっつよチャリパワー!〉」


 胸を張って鼻高々に告げる彼女の自信満々な顔に、僕はもう、ため息も出なかった。拾ってきた犬猫に「かっこよいぬ」とか「かわいねこ」とかつける人なのだ。


「え、だめ……? 叫びやすいからいいかなー、って思ったんだけど……」


 呆れて閉口してると、不安そうにすがるような目で僕を見てくるのがまた、タチが悪い。


「いや……まあ、その……ダメ…………でも、ないとは、思う、けども……」


 仮にその名前で十分に強い異能が作れたとしても……誰が応援するんだ〈ばかっつよチャリパワー!〉の選手を……?


「よし、わかった!」

「なにが」

「太陽くんに、まかせる!」


 なんの気負いも衒いもなく、そう言い切ってみせる一絵さん。僕は、一体全体どうやって育てばこんな、まっすぐな人間になれるんだろう、と思いながらも……両親から殴られつつ育てば、か、と気付いて、人生の、人間のわからなさにまた、ため息をついた。


「ここ一週間、自分でもどーゆーのがいーかなー、ってずっと考えてたけど、私やっぱり、苦手みたいで……えへへ、ごめんね……」

「いや、でも……その……君が、この先、人生ずっと、付き合ってく異能なんだぜ、それを、その、僕だけで……」

「いいよいいよ、ヘンなのだったら使わなきゃいいだけの話だし、変わんないよ今までと」

「そ……んなの……」

「あはは、ここだけの話、ね……実は……」

「…………実は?」

「大家さん、今部屋は満杯だとか言ってたけど、ウチの一階上、部屋、開いてると思うんだ」

「……へ?」

「去年、病気で働けなくなったって人が住んでたけど……なんか治ったみたいで、新しいとこに引っ越してったっきり、誰も越してきてないはずだから」


 僕が一絵さんと二胡さんの部屋に転がり込むようになった四者会談で、大家さんが言ってたのだ。今、ウチに空き室はないからね、住むなら一絵んとこってことになるよ、なんて……。


「あ、あの野郎……どうも、なんか、にやにやしてやがると思ったら……とんだ世話焼きババアじゃねえか……!」

「あはは、あの人いっつも言うんだもん、アンタ早いとこ頼れるオトコをコロがして、そんな危ない仕事とっとと辞めな、って。もー、そういう時代でもないと思うんだけどなー、だからきっと、太陽くんと私にくっついてほしいんでしょ、あはは、ごめんね、ヘンな人で、イヤだよね、私なんかと」

「い、いや、別に、その」

「でもまー、基本的にはいい人なんだけどね。保証人もなんにもなくて、私たちみたいな家出娘二人と、太陽くんみたいなワケアリの子、格安で部屋貸してくれるなんて。特に私たち、あそこ追い出されたらたぶん、ばらばらにされちゃうし」


 ……まあ、冷静に考えればそうだ。


 二人が公的機関のお世話になったらきっと……二胡さんは四種異能フォースを持った子なら喜んで迎える里親に引き取られ、一絵さんは、年金目当ての里親に引き取られ、離ればなれになるだろう。多様の子を引き取って育てるような人はだいたい五割程度そういうクソだ、ってのは昔ちょっと、調べた時に知って、また一つ世の中が嫌いになった。


「ま、ヘンな人だけど、ちゃんと言えばわかってくれるよ。そもそも太陽くんがいやでしょ、私たちとあんな狭い部屋で一緒にいるの。家事もめんどくさいだろうし……お金の稼ぎ方なら、ウーバーなら、私が教えてあげられるし、プロ異能選手作戦がうまくいかなくてもだいじょーぶだから、ね、気軽に名付けて、ぱぱっと作っちゃっていいよ、私の異能」


 遠回しにさっさと出てけ、と言われてるのかと思ったけど……彼女が本当にいやだったらたぶん、もっと早く言ってるだろう。とすると……これは……。




 僕が、彼女に、気をつかわれてるんだ。




「ああ、くそ……一絵さん、君は……なんで……なんでそんな……」

「へ? な、なに?」




 一体全体、僕と彼女の、何が違うんだろう?




 僕は……無能ではあるものの、家庭、という面では、恵まれてたんだと思う。もちろん、一絵さんに比べれば、だけど。


 あなたは異能がないかもしれないけれどお父さんお母さんにとっては世界一大切な子どもなの、とオフクロに言われながら育ったし、異能がないことを言い訳にして拗ねて世の中を斜めに見てるだけの一生を送るのも君の自由だがきっとつまらないぞ、とオヤジに言われつつ育った。


 それなのに僕は、こんな、ひょろがりキモオタ陰キャくん、としか表現できない人間になった。世の中なんてクソだからマジメに生きるだけ損、と思いながら、それでも異能へのあこがれを断ち切れずプロ異能バトルを貪るように見て、で、他人なんか知ったこっちゃねえ、って、自分だけが得するように生きてきた。今だって心のどこかで、僕の異能で人類滅亡させればきっと誰のためにもなるな、なんて、自分ではカッコいいと思ってる冷笑をキモオタフェイスに浮かべながら思ってる。


 なのに彼女は。


 失笑しかできない異能を持って生まれ、両親から殴られながら育ち、なのに、妹を必死で守り、育て、一日百キロ自転車で走るキツい仕事をしながら、こんなに明るく……こんな、こんな僕にまで気をつかって……。


「え、や、ちょ、うそ、太陽くん、な、なんで泣いてるのっ!?」

「なっ、泣いて、ないっ……! ちょ、ちょっと、さっきの砂埃が、目に……っ!」

「うそうそうそ、泣いてるじゃん! ご、ごめん! な、なんか私ヘンなこと言っちゃった!? ご、ごめん! わたっ、私、あんま頭良くないから、こういうの、よく、やっちゃうんだ……ご、ごめんよ太陽くん……!」

「ちがっ……違うから! だから、その……わかった! わかったよ! 僕が考える! 君の異能名、二つ名、バリバリのトップ選手になって、長者番付の一位になるようなのを、考えるから! あんなぼろアパートじゃなくてタワマンの最上階に住めるようにしてやるよ!」


 情けなさと感動が奇妙に入り交じった感情が溢れ、にじんでしまった涙をごしごしやりながら言うと、まだ少し心配そうな顔ではあったものの、一絵さんは笑って言った。


「あはは、タワマン最上階なんていやだよー、家から出るまで十五分ぐらいかかるから、きっと引きこもりになっちゃう。それに、ふふ、太陽くん知らないでしょ、ホントのお金持ちは、タワマンにはあんまり住まないんだよ」

「え? そーなの?」

「そもそも集合住宅に住まないし、住むにしても、タワーじゃないところ、だね。高くても五階ぐらいで、横に広くて、部屋二つにつきエレベーターが一つあるみたいな感じで、コンシェルジュさんと警備員さんが複数いて、ロビーは美術館みたいになってるとこ。エレベーターのボタンが横になっが~いの。今の季節だと、ロビーからキンキンに冷えててサイコーなんだよ」


 一瞬、一絵さんは元々そういうところに住んでいたのだろうか、とも思ったけど……単純にウーバーで配達に行くから詳しいのか。


「へー……ま、まあとにかく……その……そういうところに住めるようにしてやるよ!」

「よし! まかせた!」


 再びそう言われ、僕はもう、ためらわなかった。




零種ゼロス概念系異能コンセプト起動せよアクティベート!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る