01-03 ネーミングセンスと遺伝

 大家さんが話してくれたところによると。


 一絵さんの家は複雑……というか、まあ、酷いところだったそうだ。


 多様に生まれた一絵さんは、両親から殴られながら育ち、家事一切をやらされ学校もほぼ行かせてもらえず、将来はウリでもなんでもやってこれまでの生活費を返せよ無能、と言われながら成長したという。まあ多様や無能が生まれた家庭だとそこまでレアでもない話だ。年金目当てに無能だとわかってる子どもを産む、ってのは、現代異能社会じゃ割とあるあるだし。


 でも、二胡さんが生まれると両親は態度を一変させた。

 勝ち組確定な二胡さんに、将来的にたかって生きてく気満々の態度が見えて、彼女の前では良い両親を演じ始めさえしたのだという。


 だが当の二胡さんは、一絵さんにしか懐かなかった。

 一絵さんもまた、二胡だけは絶対に守る、と思いながら暮らした。

 それでしびれを切らした両親はまた暴力を振るいはじめ、二人を支配下に収めようとした。


 で、一絵さんの中学卒業が近くなると、父親が、オマエが客を取る練習させてやるよ、と、彼女を襲おうとした。全力で抵抗したらしいが、断りゃ二胡にやらせるだけだ、と言われると力が抜けてしまい……。


 大好きなお姉ちゃんが殺される、と勘違いした二胡さんが、父親の頭を背後から炊飯器で殴り、二人してタンスから金を奪い、家を飛び出した。父親は死んだかどうかは知らないけど、死んでてほしい、とのこと。まあどうやら二人は警察に追われておらず、失踪届けさえ出されてないらしいから、死んではいないんだろうけど。


 そして二胡さんの提案で人混みに紛れるため上京し、二人でしばらくマンガ喫茶暮らしをしてたら、そこが実は、大家さんがオーナーをやってる場所で、このアパートに誘われた、ということらしい。


 将来的にはお金を稼いで、二胡をちゃんとした学校に行かせる、というのが一絵さんの目標らしいけど……まあ、ウーバーの稼ぎじゃ、何年かかるかわかったものじゃない。四種異能フォースの専門校、通称天才学園は、公立でも入学金がまず五百万円、私立だと一千万越すのも珍しくない。公的でも私的でも補助金はもちろん、わんさかあるけど、家出娘二人が受け取れるはずもない。この二人はまだ書類上、両親の元で暮らしてるのだ。


 ……だから、僕が一絵さんをプロ異能選手にして大金持ちにする、って作戦にも、二胡さんは根本じゃ賛成のはずだとは、思うんだけど……。


 大家さんが言うには「そりゃあんた、今や一絵は二胡の母親兼父親兼姉兼保護者兼……まあ時々妹兼娘兼……全部、なんだよ。お互いが、お互いにね。その注意、興味が、知らない馬の骨のアンタに行ったら、そりゃ不機嫌にもなろうさ、天才だって人間なんだ、感情は普通にあるさ」とのこと。まあ、もっともではある。




 と、いうわけで、二胡さんの講座が一息ついたのを見て、僕は掃除洗濯、洗い物を済ませ、ちゃぶ台の向かいでノートを拡げ、ペンを握りながら、頭を掻く。


「……ん~……自転車……チャリ……? いや……」


 ノートにぐじゃぐじゃと書き付けてくのは、彼女がプロ異能選手としてデビューした際の、二つ名の候補。この一週間ずっと、家事以外はこういうことにかかりっきりだ。

 鳴り物入りでドラフト指名された場合なんかは普通、チームの広報担当が考えてくれたり、公募されたりするけど……トライアウトから這い上がる予定の僕らは、自分で考えるしかない。テストでは異能バトルの強さだけではなく、そういう面も見られている。


 プロ異能選手は闘う広告塔だ。


 どんな人でもスマホを数回タップすれば全世界に向け配信を始められるこの時代、自己プロデュース能力はもはや常識レベルに必須の力。そしてプロ異能バトルチームは、企業や自治体がスポンサー。「絶対最強パワー」みたいな異能名で「くそつよパンチ」みたいな必殺技を振るう「究極強いマン」みたいなアホには、どんな人もお金を払いたくないだろう。いや、僕はちょっと払いたいけど……。


 まあ、だから、知恵を絞らなきゃならない。


 人が憧れる、企業が良いと思う、自治体も良い顔する、一絵さんの異能名や、必殺技名、そして……二つ名をバシッと、決めなくちゃいけない。

 一絵さんはそういうの苦手っぽいから、僕が考えてるんだけど……だから……自転車にちなんだ二つ名がいいとは思うのだけど……うまいこと、まとまらない。自分にこんな異能があったら……的な妄想は生まれてからずっとしてたし、その候補なら百を超えるほどあるけど、他人、しかもかわいい女の子となると、どうも勝手が違う。うーん……。


「ライダー……あ、ライダーはありか。必殺技がひきにげパンチなんだから……ひきにげライダー? ……アリ、か……? でもなあ、そもそも、ひきにげ、がコンプラ的になあ……自治体チームは捨てるか……? 強いっちゃ強いんだよな、ひきにげパンチ……」


 ぶつぶつ呟いていると。


 ちらちら、二胡さんがこちらを見ているのがわかる。まだ、だ。もう少し……。


「……ひきにげライダー……雑魚っぽいよな、一部トップを張れるような二つ名じゃない……ライダー、ライダー……うーん……ライダー……」


 単語を繰り返し、詰まってることをアピールするともなしにアピール。すると。




「……美少女、ライダー……」




 視線はノートパソコンに向けたまま、少し頬を赤くした二胡さんがぼそり、呟いた。


「…………え、なんて?」


 聞こえなかったフリをして聞き返すと、あからさまにムカついた顔の二胡さんが叫んだ。


「美少女ライダー! お姉ちゃんの二つ名は絶対美少女ライダー!」


 ばたんっ! と激しくノートパソコンを閉じ、僕の手からペンを奪うとノートに大きく、美少女ライダー、と書き付ける。


「いや……いやいやいや……いくらなんでも、そこまで単刀直入なのは……」

「美少女でライダーだから、美少女ライダー! わかりやすいじゃないですか!」

「そりゃそうなんだけど……たとえば他の一部の選手はさ、絶対の冬って書いて絶冬ネバーウィンターとか、字面で凝ったり、世界最速の遅番、とか普段ない組み合わせの単語を使ったり、とかなわけで……美少女ライダーはちょっと、まんま過ぎるっていうか……」


 僕がそう言うと、むぐぐ、と言葉を詰まらせ、口を尖らせる。こうしてるとまったく、十二歳、年相応の顔なんだけど……。


「じゃ、じゃあ、スタイル抜群ライダー!」

「……いやそりゃそうだけどね、うん、たしかにそうなんだけど」

「あ! あぁぁぁっ! やっぱり太陽さん、お姉ちゃんのことをそう言う目で見てるんだ! やっぱりそうなんだ! 信じらんない! へんたいへんたいへんたい!」


 きー! とばかりにぽこすか、僕の肩を叩いてくる。割と痛い、っていうか、子どもがじゃれつく強さと、ヤンキーが軽いイジメの時にしてくる肩パンの強さの、ちょうど中間ぐらいで反応に困る。


「二胡さん。プロ異能選手になったら、お姉ちゃんのそれも武器になるんだよ……!」

「おっぱいが、武器に……なるんですか……?」

「……ぃ、いやまあ、その、ぁ……ぉ、おっぱいだけじゃなくて、あれだ、ほら……」

「あぁぁぁぁっ! おっぱいって言う時に顔が赤くなった! やっぱりそういう目で見てるんだへんたいへんたいへんたいへんたい!」


 ……まいった。脳みそが古生物なセクハラおっさんに思われたくない、プラス、変態的プレイの名称よりおっぱい、ブラジャー、の方が、なぜか言うのが恥ずかしい、という童貞マインドを、十二歳の天才少女にどうやって説明すればいいんだ……?


「と、とにかく! 一絵さんは、強くてカッコいいのに、かわいくて、スタイルもいい……そんなの絶対人気出るだろ!」

「お姉ちゃんなら当然です!」


 肩パンチがやんで、ふん、とばかりに胸を反らせる。

 二胡さんは、一絵さんが絡むと万事この調子だ。


 IQなんてきっと二百以上あるだろうから、今の自分がどういう風に見られるのか、きっとわかってるとは思うんだけど……ひょっとしたら、こうすることで彼女は、今までまったくできなかったであろう、子どもらしい時間を過ごし、自分を癒やしてるのかもしれない。そう思うとなんだか、肩の痛みも憎くは思えなくなる。


「で、だから……そういう一絵さんを、みんなにもっと、よく知ってもらうための、キャッチコピーみたいなもんなんだ、二つ名って。だから、ありきたりの言葉じゃ誰も興味を持たないし、かといってこりすぎたら、わけわかんねーからどうでもいいやー、ってなる。バランスが大事なんだよ、新しいのとなじみ深いのの」


 プロ異能は一大産業なので「iリーグに学ぶマーケティング戦略」「O-Motors天下布武のPDCA ~勝利の方程式~」「なぜプロ異能バトル配信はPPVペイパービューではないのか? ~フリーミアム戦略の功罪~」みたいなビジネス書だって巷には溢れてる。当然、僕はそれらも読み込んでる。まあ半分ぐらいわかんないけど。


 いくら天才とはいっても、まったく畑違いのことには疎いのか、頭をひねる二胡さん。


「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ……」


 だが、そう言うと素早くノートパソコンを開け、かちゃかちゃと検索し始める。表示されるのは、各界の名コピー一覧、みたいなサイトから、歴史に残る名言百選、みたいなサイトまで。このガキ、早速学びやがる……これだから天才は……。


「わかりました……! 見えてきました、キャッチコピーのパターン……!」


 すさまじい勢いでノートパソコンをかちゃかちゃやりつつ、数分後。




「お姉ちゃんの二つ名は……美少女レディ!」




 ……。




 意図的にアホなことを言って逆に、みたいなパターンにしても見え見えすぎて冷める二つ名を、腰に手を当て鼻高々、どうだまいったか、とばかりに告げた。


「アホな人工知能か君は」


 天は二物を与えないにしてもここまでとは……と、少し驚愕しながら僕は呟いてしまった。姉とは真逆な妹にしても……自転車に「ばかっぱや号」なんて名前をつける一絵さんの、たしかに妹だ、二胡さんは。


「だ、だ、だだだだだだ……っっっ! 誰がアホだーーーーーーッッ!」


 どうやら「アホ」が、二胡さんの怒りをかき立てる一番のワードらしく、またもや目を三角にして僕に襲い掛かってくる。


「あで、いた、いたたた、あの、痛い、痛い痛い、マジで痛いから二胡さんそれ」


 と、まあ、そんな感じで僕らは一絵さんが帰ってくるまでの時間を過ごすのであった。

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