01-02 宿無し男と天才少女

 一つ、家賃、生活費は後々まとめて払うこと。三か月以内。

 二つ、家事はすべて、太陽がやること。家賃五千円引き。

 三つ、ヘンなことした場合、即座にイコライザーに送りつける。


 この三つの条件が制定されるまでの、僕、一絵さん、二胡さん、大家さんの四者会談は半日に及んだ。宿無し、文無し、着の身着のまま、スマホさえない僕が条件を出せる立場じゃなかったから、最悪、僕もウーバーをやって月十万は稼ぐこと……なんて条件を突きつけられてもしょうがない、と思ってたんだけど、そうは言われなかった。また目を三角にした二胡さんに、一絵さんが「太陽くん、ご両親を亡くしたばっかりなんだよ」と言ったのが利いたのかもしれない。


 で、その二胡さんとの関係が、目下、問題だった。


「行ってらっしゃい」

「気をつけてねー」

「稼いでくるよ~~~!」


 すがすがしい、八月の朝。

 身軽なウーバー装備に身を固め、自転車に跨がってあっという間に見えなくなる一絵さんを二人して見送った後。


「…………ちっ……」


 僕を見て、あからさまに舌打ちする二胡さん。


 ぱっと見、政府広報に乗ってそうなぐらい利発そうなお子さん、みたいな外見なのに……顔は、クソ野郎と二人になっちまったぜツイてねえ、なんて吐き捨てそうな表情。


「あのー……二胡さん、さ、あーその……」


 まあ、ムリもないとは、思う。

 年頃の女の子の家に……こんな、陰険ひょろがりキモオタ陰キャくん、みたいなヤツが転がり込んできたら……僕がこの年頃だったらきっと、気に食わなさすぎて家出してる。それでも、一絵さんが帰ってくるまではあの部屋で二人きり、少しずつでも関係を作っていくしかない……の、だが。


「距離つめようとしなくていいですから。あなたとは、お姉ちゃんが一緒に暮らすっていったから、仕方なく一緒にいるだけです」


 大人びた口調でそれだけ言い捨てるとすたすた、一人で部屋に戻っていってしまう。その、仕事上親しくした相手に勘違いされ告白されたのを冷たくあしらう、みたいな、年齢とかけ離れた口調に、僕は大きくため息をつき、その背中を追った。


「にしたって、ね……」


 口の中で思わず漏れてしまう泣き言。それでも……二人の事情を考えるとしょうがない部分だ、ってのもわかって、その後は飲み込む。




 力を入れるとお腹がじんわり光る、って宴会芸にしかならない異能な姉、一絵さんと違い。

 二胡さんには頭脳系異能ブレインがあった。


 異能は遺伝とまったく関係なくランダムに発生するので、家族で違う場合の方が多い。で、二胡さんのは……多少、計算が早かったり、図形の分類が得意だったり、じゃない。


 生まれただけで勝ち組確定と言われる四種異能フォース百識知ウィキ

 純粋に、ただただ純粋に「頭が良い」異能。


 それもかなり強い……ひょっとすると、いや、しなくても、四種異能フォースの子が集まる学校に行って、将来的には国家戦略資源人材として働くか、あるいは、海外に渡って世界的に著名な学者、あるいは表現者、はたまた経営者なんかになるクラスの。無能が染みついてる僕としてはたとえ彼女が三歳児であろうとも、さん付けせずにはいられない。


 百識知ウィキは他の異能とは少し違い、異能が強いか弱いかの個人差しかない。まあ、一番弱い百識知ウィキでもIQは百四十あるというから怖いけど……二胡さんときたら、一度見聞きしたものは絶対に忘れないという写真記憶に、僕がギブアップした高校数学は八歳で終え、今はネットの通信講座で大学院、研究者レベルの数学をやってる。一度、どんな内容なの? と聞いたら、あなたに教えてもわからないことです、なんて言われた。そんなのわかんないじゃないかよ、と少し怒ったら「代数的位相幾何学、CW複体。昨年発表した論文の補足を今まとめてる最中なんです」と言われ、本当にわからなかったので黙り込むしかなかった。




「いいですか、あらためて言っておきますけど、私に干渉しないでください。お姉ちゃんは仲良くしてね、とか言ってましたけど、あなたみたいな怪しい人に仲良くされても、面倒くさいだけですから」


 部屋に戻るなり、彼女は言った。


「…………あー……まあ、努力、するけど、さ……」


 二胡さんは一絵さんの前だと、それなりに年齢にふさわしいと思える立ち居振る舞いなんだけど……僕と二人だと、こうなる。

 僕は生まれてからずっと学校で、無能く~ん、なんて呼ばれつつ先生も一丸となったイジリとイジメの間ぐらいの扱いを受けてたのをヘラヘラしつつ受け流しながら生きてきたから、まあ別に傷つきゃしないけど……この後、一絵さんが帰ってくるまでこの子と、あの八畳一間で二人きりなのは、かなり気まずい。


「それから、お姉ちゃんとワンチャンあるかも、とか、死んでも思わないでくださいね。あなたみたいな人は絶対、お姉ちゃんにはふさわしくないですから」


 それだけ言うと、大家さんからもらったというぼろぼろのノートパソコンをちゃぶ台に置き、通信講座の世界に入っていってしまった。僕は朝食の洗い物を片付けながら……。


 また今日も、あの作戦に出るしかないのか……と少し、ため息をついた。

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