05 無能さんと多様さん

「え、太陽くん、渋谷くわしいの?」

「……行きつけのショップがあるんだよ」


 トレーディングカードゲームのショップだ、ということは言わず、僕は話し終えた。


「で、そこからは、一絵さんが見てた通り」

「はいはい質問! 太陽くんの元の異能はどうなっちゃったの?」


 まったくなんの含みもない、純真すぎる瞳が僕を見る。




「…………もともと、ない。僕は……いわゆる、無能さんだ」




 そう言った瞬間、大家さんは息を呑み、一絵さんはどうしてか、目をキラキラ、輝かせた。


「はいはーい! 私は多様さん! 異能はね、これ!」


 そう言うと立ち上がるが早いか、がばっ、とサイクルジャージをめくりあげ、真っ白なお腹を出す。引き締まって、滑らかそうな白い肌に僕がどぎまぎする間もなく、彼女がふんっ、と力を入れると……。


 ヘソを中心に、彼女のお腹がじんわり、白く、光った。


「力を入れると、お腹がじんわり光ります!」

「……そ……それだけ?」

「ねー、お茶沸かせたら良かったのに」


 あ、持ちネタだな、と思うことを言うとくすくす笑い、服を直し、また座る。


「一絵……あんた、それ人前でやるんじゃないって言ったろう」

「えー、だって、同じような人だって思ったら、嬉しくなっちゃって」

「それぞれ事情は違うし、同じ事情でも思ってることは違うもんだ。簡単に仲間ヅラして近付くと、痛い目にあったりあわせたりするから、そういうのはもっと慎重にやるんだよ」

「あ、いや、その、別に、大丈夫ですよ、別に、いいですいいです」


 この異能主義ヒロイズム社会において。


 百万人に一人の僕みたいな異能ナシ人間は、公の場では多様系因子保持者一種たようけいいんしほじしゃいっしゅ、私的な場では無能、無能は差別用語ですって人がいる場では多様さん、なんて呼ばれる。


 扱われ方は……まあ、履歴書にデフォルトで異能欄がある社会じゃ働き口なんてあるわけないから、申請すると政府から生活保護的なヤツが毎月もらえる、ってことから察してもらえると助かる。


 一絵さんみたいにまるで使えない異能も申請すれば、使えない度合いをチェックされ、多様系因子保持者二種たようけいいんしほじしゃにしゅから四種よんしゅまで分類され、こちらも政府から死ぬまでお金……通称、無能年金がもらえる。


 まあ、一種にも二種もまとめて「無能」「無能さん」「多様さん」なんて呼ばれてて、そんな呼び方は差別だ、って人たちが一生懸命活動を続けてるけど……強い異能が持て囃される社会である限り、結果は出ないだろう。僕はもう慣れたというか……いちいち感情を動かしてるとキリがないので……。


 ただ、世の中はクソだから、正面からまともに取り合っても損するだけだな、と思うだけ。洗脳や殺人、異能の発動がそのまま、異能社会じゃなくても犯罪に繋がるような種類の反社会異能――通称、犯罪異能グレじゃなかっただけマシだ、ぐらいしか、思うことはない。ちなみに反社会異能は生まれた瞬間に施設送りにされ、異能を使わないように治療され・・・・教育される・・・・・。まあ、なんて素晴らしいんでしょうね、人間ってやつは。


 なので、誰に何を言われてももう、パズルゲームでお邪魔ブロックが出てきたみたいな感じしかしないんだけど……どうしてか、大家さん、志水さんは少し、怒っていた。


「いいわけないよ、坊主、そういうのはね、少しでもムカついたら、いちいち怒らないとダメなんだ。ヘラヘラしてると、死ぬまで踏みにじられるだけだからね、アンタ」


 そう言われて僕は……まあ、それはきっともっともなんだろうけど、怒る必要がないアンタに言われて僕はどう思うべきなんだ? と思わないでもない。けどこういう時にする、勉強になります、的な表情を顔に張りつけ答える。


「心に刻んでおきます」


 願わくは。

 出生前異能診断で赤ちゃんに異能がないって判明したらこの時代、五割が中絶を選ぶのに……家族がほしかったの、なんて理由で産み腐れやがったウチのクソ両親にこそ、そういうこと、聞かせといてくれりゃよかったんだけど。


「ふん、まあいいさ。それで……あんたこれからどうするんだい? サツに行くかい? 行くんならアタシもついてってやるよ」


 僕は一瞬それを想像して……首を振った。


「どうやら……警察にもかなり根をはってるようでして……街中で未登録の異能を使えるぐらい。だから……僕が警察に行っても、結果的に、連中の手に渡される可能性が、かなりあると思います、五割ぐらい?」

「えー……でもさ、私、信頼できるおまわりさん知ってるよ? その人だったらきっと、太陽くんの事情を知って、ちゃんと助けてくれると思うけど……」


 そう言われ、僕は少し考え……。

 けど、首を横に振った。


「いや……巡風、博士が言ってたんだけど……EQの、それぞれ百人分の異能を持った奴らは……そろいもそろって、物語に出てきたら話がややこしく、かつ、つまらなくなる異能揃い、って話だから……」


 大きくため息。


精神系異能マインド、特に、洗脳持ちがいる場合を考えると、誰に助けを求めても、結果的には僕が連中に引き渡されると思う。洗脳がいなくても、探知系異能サーチがいて、そいつが人を同定できるタイプで、警察見張ってたらそれでもうアウトだしね」


 僕が言うと、一絵さんはうむむ、と首をひねる。


「……戦後二十年、EQもそれぐらい。なのにEQで捕まった人間は、デモでバカやった下っ端以外、未だにいないんだぜ。そう考えると連中、かなり警察……というか、国家システム? そういうのに浸透してるんだと思う」


 世も末だ、と思わないでもないけど、同時に……。


「ああ……そっか……おまわりさんって、異能で悪いことする人が毎日の相手だもんね。そういう毎日だったら……異能なんてなくなっちゃえー、って思うようになっても、普通かも……」


 一絵さんが腕組みして難しそうな顔をしながら言う。

 ……バカなのかバカじゃないのかどっちなんだ君は?


「じゃあ……まいったね、あんた、行く当てがないじゃないか」

「ええ、そうなんです……が……」


 ただ……僕はこの状況をどうしたらいいのか、もう、結論が出ている。

 一絵さんの手を取った時から、うっすら思っていたけど。

 こうしてあらためて話してみて、はっきりわかった。

 僕の力があれば……彼女にならできる。


 こんな出会い方じゃなきゃ僕みたいな陰キャくんなんか、目を合わせるのもおこがしいと思ってしまいそうにかわいくて、明るくて……たぶんグラビアの仕事なんかもできるだろうな、って思えるぐらいスタイルも良い。性格も、ちょっと心配になるぐらい良くて……何よりも、十代。そんな彼女、だからこそ。


「ねえ、それで提案なんだけど……一絵さん……神楽、一絵さん」

「……へ? なに?」


 僕は彼女の目を、しっかりと見つめながら言った。




「プロ異能選手にならない?」

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