第8話

「おねえちゃん、おそい!」

「ごめんね、莉理。先生、いつもお世話になってます。今日もありがとうございました。」

「お姉さん。今日、莉理ちゃんが、ご家族のことみんなに自慢していたんです。『おねえちゃんはいいひと。』って言っていましたよ。」

 少しふくよかな先生がニコニコしながら、そう言った。

 いい人。この子の大きくて純粋で綺麗な目に、そう映っているのなら、それでいい。小さい子は変に勘が鋭い、っていうから。バレていないのなら、それでいい。

「莉理、ありがとう。」

「うん!」

 思ってもいないことを口にすることには慣れている。けど、この子の綺麗な目に見られるのは慣れていない。

 可愛くて、愛想もよくて。ほどよくワガママ。けど、しっかりしているところがある。そんなこの子は、きっと大きくなればなるほど、色んな人に好かれるだろう。やがて、お母さんや私と似ていないことを知る時、この子はなんて言うだろう。

 私が田中優子たなかゆうこになったのは、二年前。この子は、当時三歳。覚えているわけがない、知っているはずもない。私はおねえちゃんなんかじゃないこと。

「おねえちゃん。ひこうきぐもだよ!」

 隣を歩きながら、小さな手をつなぐ。静かだったのに、突然空を見上げて、指差した。キラキラしている瞳が、羨ましくて仕方なかった。

「本当だね。あ、けど、消えていっちゃう。」

 注目を集めるのに、すぐに消えていく。なんだか、虚しい。

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