第7話

「田中さん。」

 誰かが机の前に立っていることに気が付いて、顔を上げる。

 田中、と呼ばれるのは未だに慣れていない。やって来た時には三歳だったあの子がこの前、五歳になった。それぐらい、時間は経っているのに、慣れるわけがない。

 少し、ワンテンポ遅れて顔を上げる。一年生の時、田中と呼ばれることに慣れていない、とみんなに言うと、そのことは一瞬で広まった。少し可哀想な子、そう思わせることで優等生だからって避けられることも馬鹿にされることもない。同情されてることに気付いているけど、どうでもいい。

「どうしたんですか?」

 敬語は、気付けば外せなくなっていた。敬語にしておけば、自然と距離ができる。必要以上に、こちら側に近付けないために。敬語で喋っている。「どうしてなの?」と聞かれたら、「家族に、相手を常に敬えって言われたからです。」と調子のいいことを言っておく。そうするだけで、みんな頬を緩ませる。もちろん、お父さんにもお母さんにもそんなことは言われていない。

「先生が呼んでるよ。」

「あ、ありがとうございます。そういえば、委員会のことで呼ばれてたんです。ありがとうございます、教えてくれて。」

 こちらが下にいれば、相手は自然と調子に乗る。それで馬鹿らしいことを言う人はいるけれど、放っておけばいい。そういう人は私がなにかしなくたって、嫌われるから。

 人の上に立つことはあまり好きじゃない。学級委員長は推薦されたから、務めているだけ。人の上に立って、大変になって大事なものを捨てる人はたくさんいる。それが嫌だから、普段から私は下にいる。

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