第6話 フェリーめし ~チョコスプレーは本当に美味しいのか?


 レストランは、あの、想像以上におひとりさまにとってアウェーだったのです。


 船内にはあんなにたくさんおひとりさまがいたのに、バイキングを楽しんでいるのは、家族連れやカップル、団体客ばかりなのです。あと宴会中のオジサン集団も結構いらっしゃいました。お酒を飲んで、陽気に騒いでいらっしゃいます。


 おお……おひとりさまの私、まるでハムスターのように怯えてしまいます。


 しかし。トレーを取って、料理を眺め、今夜は何を食べようかと考えた瞬間、世界には私と料理しか存在しなくなりました。

 周囲の人々など書き割りのようなものでございます。気にせず、ほしいものをチョイスし、適当な席を探しました。

 予想どおり海を眺められる窓際は埋まっていました。壁に向かって座る席が空いていたので、そこにしました。なんと、そこはおひとりさま用の席のようです! そんなものを用意してくれるなんて、とても親切ですね。ただ、ここだけ空席が目立ちます。やはり一人でバイキングに乗り込んでくるのは少数派のようです。でも、少数とはいえ、おひとりさまの海賊たちがいらっしゃるのには勇気づけられました。私だけじゃない! よーそろー。


 おかずは茶色系が多かったです。揚げ物とか肉とかカレーとか。

 そうそう揚げタコ焼きもありました。大阪らしさを演出ということなのでしょうか。ということは、焼きカレーが北九州の門司らしさをアピール? 湯豆腐もありましたね、これは京都?

 なるべく低予算で、フェリー会社と関係あるご当地メニューを出そうという企業努力を感じます。なんでしょう、いじましい感じがします。もちろん全部いただきました。それが海賊としてのマナーという気がしたのです。本性は壁に向かって縮こまっているハムスターメンタルなのですけれども。それはそれとして。


 あと、「蒸かしたジャガイモ」が気になりました。なんでしょう、どういうことなんでしょう、北海道は……関係ないですよね。せいろの上に並べられて、ほこほこと湯気を上げているさまは、なんだかとっても美味しそうです。しかし、ジャガイモを食べてしまったらもう満腹になってしまって、間違いなくほかのものが食べられなくなるので、今回は諦めました。


 突然ですが、フェリーといえばカレーじゃないですか? そんなことないでしょうか。私はどういうわけかそういうイメージがあります。というわけで、カレーもいただきました。甘口だと思ったのですが、若いカップルが「カレーが辛い」と騒いでいたので、もう全然わかりません。女ひとり、ピリリとすることも多い人生、カレーの辛さなんて気にもならなくなってしまったのかもしれません。


 食後にソフトクリームを食べて、ソフトクリームにはチョコスプレーもかけちゃってご満悦です。

 チョコスプレーをかけると特別美味しくなる気がします。


 ……。


 ……本当にそうでしょうか? 私は今、自分に嘘を吐きませんでしたか?


 ここで自分に問いかけます。

 チョコスプレーを本当に美味しいと、私の舌は感じているのか? しっかり自分の味覚と向き合います。

 答えはノーです。

 実はさほど美味しくはないのです。というか、あれって何味? チョコ味? 何の味? ソフトクリームにかけると冷えてしまうせいか、ますます味がわかりません。つまり美味しくないんじゃないの? けれども、私の心の中の女児が「美味しいに決まってるじゃん、だってチョコスプレーなんだよー!」と叫びます。「いいや、チョコスプレーは美味しくはない」と40代の私も負けずに叫びます。


 どっちなんですか。


 私の中で「美味しい」と「美味しくない」が争い、揉めています。女児と中年女性が戦っています。脳が混乱します。なぜならどちらも私だから。


 首をかしげながらソフトクリームを食べました。美味しい、美味しくない、美味しい……? 子どもの頃は確かに美味しいと感じていたはずですが?


 決着のつかない争いに疲れ、もう考えるのはやめました。人が戦いをやめるときというのは、疲れたときなのかもしれません。疲労は平和をもたらします。



 珈琲で一服し、気づけば午後7時を過ぎておりました。

 嘘でしょう、私。

 ひとりなのにバイキングに1時間半もいたの? かなりエンジョイしてしまいました。



 さて、夕飯を終えた私が次にやること、それはお風呂です。



 フェリーには大浴場とシャワールームがあるとのことです。

 まず大浴場に行ってみました。しかし、なんだか……女性たちがトークで盛り上がっている声が、脱衣所まで響いております。

 ちょっと入っていきにくい。

 静かになるまで待つ?

 うーん、時間も限られていることですし、今回はシャワーにすることにしました。トイレみたいに個室が並んだシャワールームで汗を流してさっぱり。節水のため、すぐにお湯がとまるので、ちょくちょくお湯を出す動作が必要で、そこが面倒ではあるんですが、これぞ船旅という感じもしました。地上とは違うんだな、というのが実感できるというか。


 

 シャワーを浴びて、髪を乾かし終わったところで、もう9時近くになっていました。

 あすは4時半起きなのに。

 焦ってしまいます。

 まだ……まだ私はフェリーを堪能しきっていないのです。もっと、飽きるまで船内をうろうろしたり、心のモヤモヤと向き合ったり、物憂げな顔をして海を見つめる女になったり、そういうことをする予定なのに、なんだか飛ぶように時間が過ぎていきます。どういうわけでしょうか。


 こうしてはおれません。急がねば。


 一旦、穴に戻り、服やタオルを置いて、再び船内探検に繰り出すことにしました。

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