第5話 人の匂い

話し終わってソファーから立ち上がったニーナさんは、一度部屋に入っていくとタオルを持って戻ってきた。


「さぁ今日は暖かい湯で体流して、もう休むことにしようか。シャワーしかないけれど先にどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


そう言って差し出されたタオルを受け取る。

案内されるまましたがって、シャワーを浴びることにする。

広くないシャワールームは意外に快適なお湯が出た。

思ったよりも緊張していたんだ。頭の上から流れ落ちるお湯が体をほぐしていく気がした。

シャワールームを出るとほっと息を付いた。目の前にニーナさんがいる……現実

一方的にニーナさんのことを追い求めてきた。そんなことを知ったらどう思うだろうか。怖いよね…復讐しに来たなんて思われたら困る。

慎重に仲を深めていくんだ、そう肝に銘じた。




「ああ、出てきた。じゃあ私も入るか……」


リビングに戻ると、グラスに注いでお酒を飲んでいたニーナさんがそう言った。

横を過ぎる彼女からは強そうなお酒の香りがした。


「ああ、そっちの部屋にベッドあるからそこで休んで」


振り返ってそう言うと、ニーナさんはシャワールームに行ってしまう。なぜだろう全く警戒されていないのは、私が危険な人物かもしれないとは思わないのだろうか。

示されたドアをゆっくり開ける。

乱雑に物があふれた部屋には確かにベッドがあった。

用意されたベッドに横になると天井を見上げた。

知らない天井、知らない匂い。横を向いて布団を抱き枕のように抱くと洗い立ての香りがした。

お客様として準備してくれたらしい。

私のために準備してくれたことにうれしいと思う、それと同時に少し残念にも思う。

少しくらい……契約の日、私の肩を置いた彼女の香りを思い出す……彼女の香りが残っていてもよかった。


彼女の用意してくれたシーツは十分なほど心地よかった。

そのまま眠ってしまうつもりだった。

だけど目は冴えて眠れそうにない。

ベッドを抜け出して部屋から出る。ドアを開けると、武器の手入れをするニーナさんと目が合う。


「もうとっくに眠っているのかと思ったけれど……枕が違うと寝れない?もしかして、私に寝首をかかれるなんて不安があったりする?」



私は首を左右に大きく振った。ニーナさんのことは疑ってない。どちらかといえば、目の前にニーナさんがいるという事実が信じられないくらいで、興奮しているという方が正しい。


「ニーナさんは、寝ないんですか?」


「これが終わったら寝ようかなと思ってるよ。私はいつもこんな感じだし、寝たい時に眠るから」


「ご一緒してもいいですか」


「いいよ。……敬語止めなよ。それの方が早く親しくなれそうだしさ。使うとしたら依頼を受けてる私の方じゃない?」


ニーナさんの手元を小さな白熱ライトが照らしている。そこに集中したまま、彼女がそう言った。その隣に丸椅子をもってきて座る。


「はい、じゃあそうしますね。でも、慣れるのに時間がかかりそう。あと、ニーナさんはそのままがいいです」


「アハハッ。ぜんぜん、そうしてないじゃない。敬語のまま」


「……。えっと、うん…そうする……」


「その調子。そこのソファーでよかったら横になりなよ。目を閉じていた方が眠れるだろうから」


チラリとソファーを見る。彼女の普段使っているだろう毛布と少しへたった座面は、私の目にはひどく魅力的に映った。


「そうします」


「そうします?」


「そ、そうする。…そんなにすぐは難しいですよ……」


「ハハッ、いいね!その調子。じゃあ、おやすみ」


「まだ寝ませんよ」


「…はいはい」


毛布をかぶると目を瞑った。

彼女の匂いはひどく落ち着いて、もう少し彼女の指先も横顔もを見ていたいなんて思ったのに気が付いたら眠りに落ちていた。私だって、知らない場所で彼女を本当に信用していいのか疑うべきなのに、彼女の近くはひどく安心した。


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