第6話

電車の中は、冷えきっていた。


停車するはずの駅を通過し、室内の照明が不規則に点滅する。エアコンディショニングが完全に停止し、鉄とガラスで囲まれた密閉空間は急速に冷気に支配されていく。


乗客たちは、静かに倒れていった。


寒さによる意識の低下。


呼吸は浅くなり、指先は青ざめ、皮膚は氷のように冷たくなっていく。


姫霧もまた、その寒さに耐えられず、意識が遠のいていた。


「……寒い……」


小さく呟くと、吐く息が白く空中に溶けていく。


しかし、その瞬間、彼女の肩に何かが触れた。


「大丈夫、私がいる。」


プラス――吸血鬼の少女の手が、そっと姫霧を支えていた。


彼女の体は、異様なほど温かかった。吸血鬼のはずなのに、人間よりも温もりを持っている。いや、むしろ、これは「吸血鬼だからこそ」可能な温もりなのかもしれない。


「……他の人も……助けなきゃ……」


姫霧はかすれた声で言ったが、プラスは首を振った。


「今はあなたを守ることが優先。」


プラスは姫霧の手を握ると、そっと抱き寄せた。その腕の中は、まるで炎を抱くような熱を帯びていた。


「私の血で。あなたの体温を維持する。」


姫霧は、微かに目を開いた。


「……吸血鬼の……血の力?」


「そう。」


プラスは、姫霧の額にそっと手を添えた。すると、じわりと温もりが姫霧の体へと流れ込んでいく。まるで、凍える心臓に火が灯るようだった。


「……暖かい……」


「私の熱を分け与えている。あなたが生きられるように。」


姫霧は、震える唇で微笑んだ。


「……ありがとう、プラス。」


「私の役目は、あなたを……。」


電車の外は、都市の灯りが霞んでいた。


終着点がどこなのかもわからないまま、電車は走り続ける。


その中で、姫霧とプラスは、ただ互いの温もりを感じながら、冷たく静かな時間の中に佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る