第5話
冷え切った電車の中で、姫霧は小さく震えていた。ES-222FX-B――吸血鬼の少女は、彼女の手をそっと握る。
指先に微かな熱が宿る。
それは、人間の温もりとは違う。機械が持つ人工的な熱でもない。もっと奇妙で、もっと根源的な何か。まるで、生命そのものが直接触れているかのような――そんな感触だった。
「……暖かい。」
姫霧は、驚いたように呟いた。ほんの少し前まで、彼女の息は白く、指先はかじかんでいた。けれど、今は違う。
「……あなた、吸血鬼なんでしょう?」
「そうだ。」
吸血鬼の少女は静かに答える。彼女の瞳は、車内の薄闇の中で赤く光っていた。
「だから、私の血を奪うと思った。でも……違った。」
「吸血鬼は、奪うだけの存在ではない。」
彼女は微かに笑った。
「私は、与えることもできる。」
姫霧は、それを聞いて目を細める。
「……少し元気になった。」
吸血鬼の少女は、何も言わなかった。ただ、姫霧の手を離さなかった。
車内は依然として寒かったが、彼女たちの間には、確かな温もりがあった。
「あなたの名前は?」
姫霧が静かに問いかける。
吸血鬼の少女(ES-222FX-B)は、少しの間、黙っていた。
「名前は、ない。」
「ないの?」
「そう。私はES-222FX-B。ただの識別番号。」
姫霧は、小さく考え込むように首を傾げた。
「それじゃ、私がつけてあげる。」
「……つける?」
「そう。あなたの名前を。」
姫霧はしばらく目を閉じ、何かを考えているようだった。そして、ゆっくりと目を開くと、こう言った。
「あなたの名前は……プラス(+)。」
吸血鬼の少女は、一瞬だけ驚いたように姫霧を見つめた。
「プラス?」
「うん。何かを足すもの。増やすもの。あなたは、私から血を奪わなかった。むしろ、暖かさを与えてくれた。だから、あなたは『プラス』。」
吸血鬼の少女――プラスは、その名を静かに反芻するように呟いた。
「……悪くない。」
それは、彼女にとって初めての「名前」だった。
姫霧は満足そうに微笑む。
「これで、あなたはもう識別番号じゃない。あなたは、プラス。」
「……ありがとう。」
プラスは、その言葉の意味をゆっくりと噛みしめた。
吸血鬼に名前は必要ないかもしれない。
けれど、今の彼女には、その名前が確かに「意味」を持っていた。
外の景色は変わらず流れ続ける。
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