第4話
電車がさらに進んでいく。周囲の音が遠くなり、車内の空気が重くなったような気がした。乗客たちは、それぞれの目的地に向かっているのだろうが、少女とES-222FX-Bは、今その一瞬の間だけを共有していた。
「なぜ…その名前を?」ES-222FX-Bが尋ねた。
少女はゆっくりと答えた。「私の名前には意味がある。誰も知らないし、誰もわかるはずもない。でも、それが私を形作っている。」
少女は静かに首をかしげて続ける。「私はその名前が私であることを知っている。それだけ。」
電車は静かに進んでいた。外の景色は夜の帳に溶け、都会の光が流れるように過ぎ去っていく。車内は、静寂に包まれつつあった。
その時、不意に電車の運行管理コンピューターがアラートを発した。
「車両電力供給低下。エアコンディショニングの停止を実行。」
微かな電子音が響き、時間の経過とともに冷たい風が車内を満たしていく。まるで、目に見えない冷気が静かに這い寄るようだった。
姫霧は、ゆっくりと息を吐いた。白い息が、わずかな光の中で揺らめく。
「…寒い。」
ES-222FX-Bは、すぐに彼女の体温を測定した。28.9℃。危険なほどではないが、確実に下がりつつある。
「あなたの体温が低下しています。適切な防寒処置を推奨。」
彼女はかすかに笑った。
「それができたら…苦労しない。」
彼女の声には、震えが混じっていた。ES-222FX-Bは、彼女の手のひらに自分の指先を触れさせた。
「手を…貸してください。」
少女は戸惑うように彼女を見たが、やがて小さく頷き、ES-222FX-Bの手を握った。
ほんのわずかに、温かい。
ES-222FX-Bの手は、人間の体温ほどではないが、少なくとも冷たさを和らげる程度の熱を持っていた。それでも、彼女の体温を上げるには十分ではない。
「こうしても、意味はないのかもしれない。」姫霧は呟く。「でも…少しだけ、安心する。」
彼女は静かに目を閉じていく。
彼のプログラムは、温度低下が人体に与える影響を計算し、最適な処置を判断することはできる。しかし、今目の前にいる少女が何を思い、なぜこうして寄り添っているのか、それは数値では測れないものだった。
「あなたは…」
姫霧がかすかに囁く。
「私と同じなのかもしれない。」
「私と?」
「…孤独。」
ES-222FX-Bは、その言葉の意味を考えた。彼は人工生命体機械だ。感情を持つべき存在ではない。
しかし、今、彼のシステムの中で何かが変化しているような気がした。
「私は、あなたとは違う。」
「そうかもしれない。でも、違わないのかもしれない。」
彼女の言葉が、夜の冷気の中で静かに響く。
電車は、暗闇の中を進み続けた。
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