第3話

少女は、電車の窓に目を向けた。外の景色が流れ去り、都市の高層ビルが影のようにひらひらと揺れる。だが、その景色に彼女の視線はほとんど集まることがなかった。代わりに、彼女の目は、何もない空間をじっと見つめているようだった。


ES-222FX-Bは、彼女の動きを観察するが………彼女が何を考えているのか、何を見ているのか、それは簡単には解き明かせなかった。


そして、電車が一駅ごとに停車し、乗り降りする人々の声や足音が響くたび、少女の姿勢が少しずつ変わっていった。時折、手のひらを広げてみたり、背筋を伸ばしたりする。しかし、どこか彼女の心は彼女自身から反対称な形態に分岐拡散しているように見えた。


ES-222FX-Bは、再び彼女の温度を測った。30.4℃。


ほんのわずかに上昇していた。だが、それがどれほど意味のあることかはわからない。彼女の心の温度は、むしろ冷たいように感じられる。感覚的なものに過ぎないかもしれないが、その冷たさがES-222FX-Bの中に一種の引っかかりを生んでいた。


「?」彼女は心の中で問いかけた。


人々が流れる中で、彼女だけが何かを抱えているような気がしてならなかった。それは、誰にも言えない秘密のようなもので、周囲と一緒に流れることができない何かがあった。彼女は他者と同じように振る舞っているように見えるが、その目の奥には、どこか別の世界が広がっているように感じられる。


そのとき、ES-222FX-Bが静かに口を開いた。


「あなたの名前は?」


その声は、まるで周囲の音から浮き上がるように聞こえた。少女は少し驚いたように顔を上げ、そしてすぐに視線を外した。彼女は無言で、何も答えない。


ES-222FX-Bは、それでもなお彼女を見守りながら続けた。「無理に答える必要はありません。」


ES-222FX-Bはそのまま立ち止まった。彼女の反応が予想以上に薄いことに、少しだけ戸惑いを覚えた。しかし、その戸惑いがどこから来ているのかはわからない。何かを理解しようとする欲求が、彼女の中にあるような気がしたからだ。


「私はES-222FX-B」ES-222FX-Bは自分の気持ちに気づいた。


その言葉が、まるで初めて自分の内面を見つめ直したように感じられた。今までの観察や数値に基づいた判断とは異なる、直感的な衝動が彼女を突き動かしていた。


少女は、少しの間黙っていたが、やがて深く息を吸い込み、ゆっくりとその目を開いた。


「私は…姫霧。」


「姫霧さん?」ES-222FX-Bは、自分の言葉が浮かび上がっていくのを感じた。


少女は軽くうなずくと、再び視線を外した。


外の世界がますます速く過ぎていった。

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