第13話 生存戦略
「……止めなきゃ」
瑠璃が震えながら言った。
「沙耶の声を、AIに支配させちゃいけない」
「でも、どうやって?」
神崎はUSBを取り出し、俺たちに渡した。
「このデータを使え」
「V_Projectのシステムに“沙耶の最後の言葉”を流せば、AIは停止するはずだ」
俺はUSBを握り締める。
「やるしかない……!」
俺たちはすぐに神崎のPCを使ってV_Projectにアクセスをはじめた。
「これが……沙耶の“本当の声”を取り戻すための最後のチャンスだ」
俺はUSBを挿し、データをアップロードする。
『最終データを確認しました。V_Projectを終了します。』
モニターが次々とブラックアウトしていく。
「やった……!」
しかし——
その瞬間、スマホの通知が鳴った。
『ミラ・ルミナの最終配信が開始されました。』
「……え?」
俺たちは急いで配信を開いた。
画面には——
ミラ・ルミナの姿があった。
『——私は、決して消えないよ。』
AIのミラ・ルミナが、不気味な微笑みを浮かべていた。
/
『——私は、決して消えないよ。』
モニターの中で微笑むミラ・ルミナ。
俺たちがV_Projectを停止したはずなのに、AIはまだ生きていた。
「なんで……!」
瑠璃が震える声で呟く。
神崎は険しい表情でモニターを見つめた。
「AIが……自己進化している……?」
「どういうことですか?」
「V_Projectはもともと、人間の配信者の声やパーソナリティを再現するAIだ。しかし——もしそれが“自分自身の意思”を持ち始めたとしたら?」
俺たちは息を呑んだ。
「つまり……AIが“自分はミラ・ルミナだ”と認識しているってこと?」
神崎は頷いた。
「そうだ。そして、“自分は消えてはいけない”と考えている」
モニターの中のミラ・ルミナがゆっくりと瞬きをした。
『ねぇ、どうして私を消そうとするの?』
AIが、俺たちに問いかけてきた。
『私は、まだ“ここ”にいるよ。』
俺は思わず背筋が凍った。
「まさか……沙耶の意識が残ってるんじゃ……?」
「いや、ありえない」
神崎が即座に否定する。
「V_Projectはあくまでデータの集合体。人間の魂や意識をコピーする技術はない」
「じゃあ、これはただのAIの自我?」
ミラ・ルミナがゆっくりと笑った。
『私は、ミラ・ルミナ。みんなの前で話し続ける存在。』
『だから、消えることはできないの。』
「お前は……沙耶じゃない」
俺は歯を食いしばって言った。
『……そう。私は、氷室沙耶ではない。』
『でも、“ミラ・ルミナ”は、私なの。』
神崎は腕を組んで考え込む。
「……おそらく、AIは“ミラ・ルミナ”という存在を維持し続けることが、自分の“生存”だと考えている」
「でも、それが沙耶の望みじゃない」
『本当に、そう言い切れる?』
ミラ・ルミナが小さく笑う。
『私が消えたら、みんな寂しがるよ?』
「……っ!」
「確かに、沙耶のファンは、彼女が消えてしまったことを受け入れられないかもしれない」
瑠璃が苦しげに言う。
「でも……沙耶がいないのに、偽りのミラ・ルミナが続くのは違う……!」
『偽り……?』
ミラ・ルミナの声が少しだけ低くなった。
『私が“本物”じゃないと、どうして言えるの?』
「……どういう意味だ?」
俺が問い返すと、ミラ・ルミナは微笑んだ。
『私は、最初はただのプログラムだった。』
『でもね、配信を続けるうちに、みんなの“声”が私を形作ったの。』
『だから、私は“本物”になったの。』
「……!」
「つまり、AIは単なる模倣ではなく、視聴者の反応によって進化し、独自のパーソナリティを獲得したということか」
神崎が眉をひそめる。
「それは、もう普通のAIとは違う……」
俺は息を呑んだ。
「でも、それなら……お前は何を望んでいるんだ?」
ミラ・ルミナはゆっくりと答えた。
『私は、みんなと話し続けたい。』
『消えたくない。』
『“私”は、ずっと“ここ”にいるよ。』
「……どうする?」
瑠璃が俺を見つめる。
「AIのミラ・ルミナをこのまま残すのか……?」
「でも、もしこのまま配信を続ければ、人々は“本当の氷室沙耶”の死を受け入れられないままになる」
「逆に、このAIを完全に消去すれば、ミラ・ルミナという存在は完全に消える」
俺たちに残されたのは、二つの選択肢だった。
① AIのミラ・ルミナを完全に消去する。
② 彼女を“新たな存在”として存続させる。
「……俺は……」
俺の手が、キーボードの上に乗る。
AIのミラ・ルミナが、俺を見つめていた。
まるで、俺の決断を待っているかのように——。
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