第9話 彼の目的

 俺たちの目の前に立っていたのは——

「……どういうことだよ、颯真」

 瑠璃が声を震わせる。

 颯真は無表情のまま、一歩踏み出した。

「お前たち、ここに来るべきじゃなかった」

 その声は、いつもの颯真のものとは違った。

 冷たく、感情が感じられない。

「颯真、お前……まさか……!」

 颯真はゆっくりと溜息をつき、懐からスマホを取り出した。

「俺のことを疑うのは、当然だろうな」

 彼はスマホを操作し、俺たちにある画面を見せた。

 それは——監視カメラの映像だった。

 そこに映っていたのは、氷室沙耶が何者かに襲われる直前の姿。

 そして、その映像の最後には——

 颯真が、沙耶の部屋のドアを開ける瞬間が映っていた。

「……嘘だろ」

 俺は言葉を失った。

「颯真……お前、本当に……」

 瑠璃が震えながら言うと、颯真は静かに首を振った。

「俺がやったと思うか?」

「でも、お前が……!」

「確かに、俺はあの日、沙耶の部屋にいた」

 颯真は淡々と話し始めた。

「沙耶から“相談がある”って呼び出されたんだ。いつものように、ただ話を聞くだけのつもりだった……」

「けど、部屋に入ったとき、沙耶は怯えていた」

 俺はごくりと唾を飲む。

「沙耶は言った。『私、殺されるかもしれない』って。そして、その“証拠”を俺に渡そうとしたんだ。でも——」

 颯真は拳を握り締めた。

「その瞬間、部屋の電気が落ちた。真っ暗になった中で、沙耶が何かを叫んだんだ。……けど次の瞬間、俺の意識が飛んだ。そして目を覚ましたときには……沙耶はもう息をしていなかった」

「……じゃあ、お前も犯人を見ていないのか?」

 俺が問いかけると、颯真は苦しげに頷いた。

「俺が気づいたとき、すでに沙耶は倒れていた。俺はすぐに救急車を呼ぼうとした……」

「でも、そのとき——スマホがなかった。沙耶のスマホも消えていた。俺は混乱した。まるで誰かにハメられたみたいに……。結局、俺は何もできずに、その場を離れたよ。……そして、翌日には沙耶の“死”が報道された」

 俺と瑠璃は言葉を失っていた。

「……でも、それなら、お前はなんでこんな監視室を?」

「俺は探していたんだ。犯人を」

 颯真は鋭い目をした。

「そして、ここにたどり着いた。ここはな、誰かが俺たちを監視していた場所だ」

「……颯真、お前は何か手がかりを掴んでるのか?」

「……ああ」

 颯真は部屋の奥にあるPCを操作した。

「ここには、氷室沙耶が殺される前の“あるデータ”が残されていた」

 俺たちは画面に映し出された一つのフォルダを見つめた。

 『Final_Message.mp4』

「これ……!」

 俺たちはすぐに再生する。

 映像には、氷室沙耶——ミラ・ルミナの姿があった。

 彼女は、怯えた様子でカメラを見つめていた。

 「これが、私の最後の記録になるかもしれない……」

 「私、あることに気づいてしまったの」

 「ミラ・ルミナのアカウントが、私以外の誰かによって操作されている」

 「誰かが、私の“声”を勝手に使ってる」

 「そして、その人は——」

 映像が乱れた。

「クソッ、またか……!」

 しかし、次の瞬間——画面に一つの名前が映った。

 『V_Project』

「……V_Project? これは何だ?」

 俺はすぐに検索する。

 すると、一つの古い記事がヒットした。

『V_Project——AIによるバーチャル配信者の実験プロジェクト』

 俺たちは息を呑んだ。

「つまり、沙耶の声は……AIにコピーされていた?」

「じゃあ、今も続いている配信は……?」

「誰かが“彼女の声”を使って、まだ操作してるってことか」

「でも、誰が?」

「その答えは、このデータの中にあるはずだ」

 俺たちは解析を進める。

 そして、ついに——

「ある人物」の名前が表示された。

「……まさか」

 瑠璃が青ざめる。

 俺の指先が震える。

 画面に映っていたのは——

 俺たちが信頼していた“ある人物”の名前だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る