第3話 疑惑

 俺は夜の街を歩いていた。

 寒い風が吹き抜け、街灯の下で影が揺れる。

 指定された場所は、駅前のカフェ。既に営業を終え、シャッターが下りているが、その前に一人の男が立っていた。

「遅かったな」

 天城颯真あまぎそうま

 氷室沙耶の幼なじみにして、学年トップの成績を誇る優等生。

「こんな時間に呼び出して、何の用だ?」

 俺は警戒しながら距離を取る。

 颯真は短く息を吐き、ポケットからスマホを取り出した。

「お前、配信を見たんだろう?」

「……ああ」

「氷室は、殺された」

 静かな夜に、その言葉が落ちた。

「警察は『病死』と発表したが、それは嘘だ。俺は……氷室の様子がおかしいことに気づいていた」

「おかしい?」

「彼女は、死ぬ直前に『誰かに狙われている』と言っていた」

 俺の心臓が跳ねた。

「詳しく聞かせろ」

「俺は、如月瑠璃が事件に関係していると思ってる」

 俺は息を呑んだ。

 如月瑠璃きさらぎるり

 俺の幼馴染で、動画編集が得意な少女だ。

 「瑠璃が? まさか……」

 「まだ確証はない。ただ、俺たちの周囲に“犯人”がいるのは間違いない」


 /


 翌日、俺は瑠璃を呼び出し、直接話を聞くことにした。

「瑠璃、お前……沙耶と何かあったのか?」

 瑠璃は一瞬、表情を曇らせた。

「……なんで?」

「お前が事件に関係しているかもしれないから」

 瑠璃は唇を噛み、しばらく沈黙した後、ポツリと呟いた。

「私、沙耶ちゃんと……一度だけ、喧嘩したことがあるの」

「喧嘩?」

「ミラ・ルミナの“裏アカ”のこと」

 俺の中で何かが引っかかった。

「裏アカ?」

「彼女、本当は裏で全然違う配信をしてたの……」

「それって、どういうことだ?」

 瑠璃はスマホを取り出し、ある動画を見せてきた。

 そこには、ミラ・ルミナではない、別のVtuberのアバターが映っていた。

「これ、沙耶ちゃんの別のアカウント」

 俺は画面を凝視した。

 可愛らしいアバター。しかし、声は加工されていて聞き取りづらい。

「このアカウントは、彼女の“本当の姿”だった」

「どういうことだ?」

 瑠璃は言葉を選びながら答えた。

「沙耶ちゃん……本当は、“ミラ・ルミナ”のキャラを演じるのが辛かったみたい」

 俺は息を呑んだ。

「この裏アカで、本当の自分の声を出していたの。でも、ある日突然、その配信が荒らされたの」

「荒らされた?」

「彼女は、その日から怯え始めた」

「……もしかして、その裏アカが事件に関係しているのか?」

 瑠璃は頷いた。

「誰かが、彼女を脅していたのかもしれない……」

 その瞬間、俺のスマホが震えた。

 新しい通知が届いていた。


『ミラ・ルミナの配信が始まりました』


 俺は瑠璃と顔を見合わせた。

「……また?」

 急いでアプリを開く。

 そこには、死んだはずの氷室沙耶——ミラ・ルミナのアバターが映っていた。

「……まだ終わりじゃないよ」

 彼女は、まるで“本当に生きているかのように”微笑んだ。


 

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