第2話 境界線

 その日の夜、俺は自室でPCを開いた。

 どんなにニュースを検索しても、事件の詳細は報じられていない。ただ、「遺体には外傷はなく、病死の可能性が高い」とだけ書かれていた。

 違う——。

 俺は昨日、彼女が「特別な話をする」と言ったのを聞いたんだ。

 不意に、通知音が鳴った。

 『ミラ・ルミナのチャンネルが復活しました』

 俺の背筋が凍る。

 そんなはずはない。沙耶は死んだんだ。

 震える手で配信画面を開く。

 そこには、死んだはずの彼女のアバターが映っていた。

「……みんな、こんばんは」

 画面の向こうで、彼女はかすれた声で囁いた。


「私を殺したのは、誰?」


 コメント欄はパニックに陥っていた。

 《待って、これって録画?》

 《昨日ニュース見たぞ……死んだはずじゃ……》

 《やらせ?運営が乗っ取った?》

 しかし、彼女は静かに首を振る。

「私は……まだここにいるよ。だけど、真実を知るためには、誰かに気づいてもらわなきゃいけない」

 俺は何も考えられず、ただ画面を見つめることしかできなかった。

「桐生くん……」

 心臓が止まるかと思った。

 あろうことか、画面の向こうの少女が——死んだはずの氷室沙耶が、俺の名前を呼んだのだった。


 さらに次の瞬間、画面が歪み、音声がノイズ混じりになる。

「お願い……私を……見つけて……」

 その言葉を最後に、配信は突然終了した。

 静寂が訪れる。

 俺は荒い息をつきながら、画面を見つめた。

「……見つけて?」

 まるで、彼女が俺に何かを伝えようとしているような——

 いや、確実に伝えようとしている。

 氷室沙耶は、自分が殺されたと訴えている。


 衝撃のあまりPCの前で動けずにいると、突然、スマホが震えた。

「……誰だ?」

 画面を見ると、そこには登録していない番号からの着信。

 躊躇いながらも、俺は通話ボタンを押した。

「……お前も見たんだな」

 低く落ち着いた声。

「……ひょっとして、天城か?」

 天城颯真。クラスの優等生。氷室沙耶と唯一親しくしていた男。

 「今すぐ会おう。話したいことがある」

 電話が切れた。

 俺の中に、確信が芽生えた。

 ——この事件には、まだ俺が知らない真実が隠されている。

 そして、それを知るためには、俺自身が“バーチャル”と“リアル”の境界線を越えなければならないのだ。

 

 

 

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