第6章 新たな出会いと新生活の始まり②
6.3 真奈の妊娠と戸惑い
6.3.1 妊娠の判明と彩乃への報告
結婚生活が落ち着き、仕事にも慣れてきた頃、真奈はふとした体調の変化に気づいた。朝起きると妙にだるく、職場でも時折ふらつくことがある。最初は「ちょっと疲れてるだけかな」と思っていたが、ある日、コーヒーの香りにふと強い違和感を覚えた。その瞬間、頭の中である可能性がよぎる。
――もしかして。
半信半疑のまま薬局で検査薬を購入し、自宅で試してみる。結果が出るまでの数分間が、これほど長く感じたことはなかった。そして、表示された陽性の印。
「……本当に?」
信じられない気持ちのまま、翌日病院へ。診察室で医師から「おめでとうございます、妊娠してますね」と告げられたとき、驚きとともにじわじわと現実味が増していく。
帰宅し、夕食後に颯真に報告した。彼は最初目を丸くしていたが、すぐに笑顔になり、「そっか、すごいな……嬉しい!」と真奈の手を握った。
「支えるよ。真奈の体が一番大事だから、無理しないで」
颯真の言葉に、真奈もようやく少しだけ嬉しさを実感する。だが同時に、不安も湧き上がる。
「ありがとう。でも……それでも、私自身のキャリアをどうするか考えなきゃ」
颯真が「無理しない範囲で働き続ければいいし、俺もできる限りサポートするよ」と言ってくれるのはありがたい。でも、果たしてそれで本当にうまくいくのか。職場にどう伝えるべきか、産休・育休を取った後の復帰は可能なのか――考えるべきことは山ほどあった。
翌日、真奈は彩乃に会う約束をした。カフェで席につき、注文を終えたところで、意を決して切り出す。
「実は……妊娠した」
彩乃の目がぱっと見開かれ、次の瞬間には満面の笑みがこぼれる。
「えっ、本当に!? おめでとう!!」
彩乃の喜びように、真奈も思わず笑顔になる。しかし、すぐに「嬉しいけど、それだけじゃなくて……」と続けた。
「もちろん嬉しいよ。でも、仕事との両立とか、これからのことを考えると、不安がいっぱいで……」
彩乃は少し真剣な表情になり、コーヒーカップを持ち上げると、しばらく考えるように視線を落とした。そして、ゆっくりと口を開く。
「真奈ならちゃんと考えるだろうけど……一人で抱え込まないでね」
その言葉に、真奈の肩の力が少し抜けた。
「……うん」
まだ答えは見つからない。でも、一人で悩まなくていいんだと、ほんの少しだけ思えた。
6.3.2 仕事と育児の両立に悩む
妊娠が判明して数日後、真奈は職場の上司に報告をした。
「そうか、それはおめでとう!」
上司は笑顔で祝ってくれたが、その後の話は現実的な内容だった。
「産休・育休の制度は整っているし、希望があれば復帰のタイミングも相談できる。ただ、仕事の流れは常に変わるから、戻ったときに以前と同じ形で働けるかは分からない。復帰後のキャリアについても、考えておくといいかもしれないね」
真奈は頷きながら、心の奥に小さな不安を抱いた。今の職場には出産後も働き続ける女性はいるが、時短勤務に切り替えたり、別の部署に異動したりするケースがほとんどだ。フルタイムでバリバリ働いている先輩は少ない。
「出産を機に働き方を変える女性も多いけど、私はどうしたいんだろう?」
家に帰る途中、そんな考えがぐるぐると頭を巡る。
数日後、真奈は大学時代の友人・松井奈緒と久しぶりに会った。奈緒は福祉系の企業で企業内カウンセラーとして働いている。
「妊娠おめでとう!」
奈緒は落ち着いた口調ながらも、少し嬉しそうに微笑んだ。真奈は「ありがとう」と返しつつも、すぐに本題を切り出した。
「奈緒、仕事と家庭の両立って、どう思う?」
奈緒は少し考えてから、「うーん、難しいよね」と静かに言った。
「私の職場でも、結婚や出産で働き方を変える人は多いよ。企業内カウンセラーとしても、そういう相談を受けることがある。みんな、それぞれのやり方を模索しながらやってる感じかな」
真奈はコーヒーを一口飲み、視線を落とした。
「私、育児も仕事も本気でやりたい。でも、どちらかを選ばなきゃいけない気がして……」
奈緒は少し考え込み、それから優しく言った。
「全部完璧にしようとしないで、続けられる形を探すのも大事だよ。両立っていうけど、バランスを取るって意味じゃなくて、そのときどきで優先順位を変えていくことだと思う」
奈緒の言葉は納得できるものだった。それでも、真奈の胸の奥にはまだ、決断しきれない迷いが残っていた。
6.3.3 夫婦の話し合いと未来への決意
悩み続けていた真奈は、再び彩乃に相談することにした。
「奈緒にも話を聞いてもらったんだけど……やっぱり、まだ答えが出なくて」
彩乃はコーヒーを飲みながら、静かに微笑む。
「奈緒らしいアドバイスをくれたんだろうね。でも、結局のところ——真奈はどうしたい?」
その問いに、真奈は言葉を詰まらせた。自分の気持ちははっきりしているはずなのに、それを言葉にするのが難しい。
「……私、仕事を続けたい。でも、育児もちゃんとやりたい」
「うん」
「だけど、どこまでできるのか分からなくて。ちゃんとできるのかなって不安になる」
彩乃は少し考え、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「完璧にできなくてもいいんじゃない? 真奈って、何でもちゃんとやろうとするけど……最初から全部うまくできる人なんていないでしょ?」
その言葉に、真奈ははっとする。確かに自分はいつも、“ちゃんと”やらなきゃと思いすぎていたのかもしれない。
その夜、颯真と何度目かの話し合いをした。
「俺は真奈のキャリアも大事にしたい。だから、育児を二人で支えながら、お互いに仕事を続けられる道を探そう」
颯真の言葉に、真奈はじんわりと胸が温かくなる。
「家事とか育児の分担もちゃんと考えなきゃね」
「そうだな。職場とも調整して、無理のない範囲でやっていこう」
夫婦で話し合いを重ねる中で、少しずつ具体的なイメージが湧いてくる。以前の真奈なら、「ちゃんとこなさなきゃ」と思い込んでいたかもしれない。でも今は、「できる範囲でやっていく」という考えが、少しずつ自分の中に芽生えていた。
不安が消えたわけではない。それでも、颯真と支え合いながら、二人で新しい生活を作っていく道を選ぼう。
——そう決意したとき、真奈の中に小さな覚悟が生まれた。
6.4 交際の始まりと仕事との葛藤
6.4.1 迅との距離が縮まる
仕事を通じて交流を深めるうちに、彩乃と迅は自然と会話を交わす機会が増えた。
最初は取材対象とライターという立場だったが、迅は話しやすい相手だった。体育会系のノリが苦手な彩乃にとって、彼の気さくさや率直な物言いは意外と居心地がよかった。
「なんか、俺らの取材って堅苦しくないですか?」
「スポーツ選手の取材って、こういう雰囲気が多いんですか?」
「いや、俺がこういうノリなだけかも。でも、言葉で話すの苦手だから、ちゃんと伝わってるか不安で……」
彼は試合のときとは違い、時折悩むように言葉を選んだ。それが意外だったし、少しおもしろかった。
最初の取材が終わった後も、記事の確認や追加取材でやり取りが続いた。迅は彩乃の記事を気に入り、次第に仕事の枠を超えて話すようになっていった。
「高橋さんって、普段どんな取材してるんですか?」
「スポーツ以外にも、いろいろですね。文化とか、時事問題とか……」
「時事問題かぁ。俺、ニュースとかあんまり詳しくないんで、教えてくださいよ」
「そんなに得意じゃないですけどね。でも、興味があるならいいことですよ」
そんな会話の流れで、仕事終わりに軽く食事に行くことも増えた。
迅は、思ったよりも穏やかで、柔らかい。体育会系の勝負師というイメージはそのままだったが、どこか包容力があった。
彼の前では、彩乃も肩の力を抜いて話せる。
「……あれ?」
ふと、そんな自分に気づいて、少し驚いた。
(この人といると、なんだか気楽だ)
自分でも意外だった。
そんなある日——。
「高橋さん、今度、休みの日にどこか行きません?」
迅が、少しだけ真剣な顔をして言った。
「え?」
「いや、ほら。仕事じゃなくて、普通に。せっかくだし、もうちょっと話したいなと思って」
彩乃は一瞬、返答に迷った。
(これは……デート?)
そう考えると、少しだけ戸惑いが生まれる。けれど、迅の表情はいつもと変わらず、無邪気なものだった。
「……いいですよ。どこか行きたいところありますか?」
「そうですね……じゃあ、買い物とかどうですか?」
「買い物?」
「はい。実は最近、部屋に観葉植物を置こうかなって思ってて。でも、どれがいいのか全然分からないんですよ」
「それは……意外ですね」
「そうですか?」
「だって、宮原さんって、そういうの興味なさそうなタイプに見えました」
迅は苦笑しながら肩をすくめた。
「まぁ、確かに。でも、部屋に緑があると落ち着くって言うじゃないですか。高橋さん、そういうの詳しいかなって」
「なるほど……じゃあ、見に行きましょうか」
こうして、二人は正式に休日の約束をした。
当日——。
待ち合わせ場所は、都内のショッピングモールだった。観葉植物のショップを見て回った後、カフェで休憩。
「どれがいいんですかね?」
「初心者なら、ポトスとかサンスベリアが育てやすいですよ」
「ほうほう。じゃあ、そのポトスってやつにしようかな」
「簡単すぎません?」
「いや、俺、そういうのはパッと決めるんで」
迅はそう言って笑った。
食事や仕事の話、そしてバスケットのこと。話していると、時間があっという間に過ぎていく。
「……なんか、楽しいですね」
ふと、彩乃は口にしていた。
迅は驚いたようにこちらを見た後、少しだけ微笑んだ。
「それ、俺も思ってました」
彩乃は、自分の心の奥にある小さな違和感を無視するように、カップを傾けた。
(これは、恋愛……なのかな?)
まだ、答えは出ないままだった。
6.4.2 迅の告白と交際のスタート
夜の街は、冬の冷たい空気に包まれていた。ビルの明かりがぼんやりと街路を照らし、車のヘッドライトが行き交う人々の影を長く伸ばしている。
「彩乃さん、少し話せる?」
帰り道、ふと呼び止められた声に、彩乃は足を止めた。迅の顔には、いつになく真剣な表情が浮かんでいた。
「うん、大丈夫」
近くの小さな公園に足を踏み入れると、冷えたベンチに並んで腰を下ろした。木々の枝が風に揺れ、遠くで車のクラクションが響く。
迅はしばらく何かを考えているようだったが、やがて静かに口を開いた。
「彩乃さんのこと、ずっと気になってたんだ」
その言葉に、彩乃は思わず息をのむ。
「一緒にいると楽しいし、話してると刺激を受ける。もっと彩乃さんのことを知りたいし、俺ももっと知ってもらいたい」
目を逸らさずに、真っ直ぐな視線を向けられる。
「だから、付き合ってみない?」
言葉はシンプルで、迷いがなかった。
彩乃の胸の奥がざわつく。
(付き合う……?)
この数年間、仕事に没頭してきた。書くことに追われ、締め切りに追われ、気づけばプライベートの時間はほとんどなかった。それでも、迅とのやりとりはどこか心地よくて、忙しい日々の中でホッとする瞬間だった。
今、目の前で自分を見つめる彼と、これからどうなるんだろう?
それを知りたい。
「……うん。よろしくお願いします」
自分でも驚くほど、自然にその言葉が出た。
迅は少し目を丸くしたあと、ふっと笑って、安心したように息を吐いた。
「よかった……。これから、よろしくね」
そう言って、そっと彩乃の手を握る。その温かさが、寒空の下でもじんわりと染み込んできた。
***
交際が始まると、迅は彩乃を大切にしてくれた。
「彩乃、週末ちょっと時間ある? 映画でも観に行かない?」
「こないだ言ってたカフェ、調べてみたんだけど、すごく雰囲気よさそうだったよ」
忙しい合間を縫ってデートの計画を立て、彩乃が無理をしないように気を遣ってくれる。食事に行けば、何気ない会話の中でさりげなく仕事を労い、彩乃の話にじっくり耳を傾けてくれた。
(優しいし、誠実だし……。普通なら、こんなふうに大事にしてくれる人と付き合えるなんて、幸せだって思うんだろうな)
そう思うのに、心の奥に小さな違和感が残る。
デートの帰り道、一緒に並んで歩きながら、ふと自分の中の感情を探ってみる。
(私、本当にこれでいいのかな?)
迅との時間は楽しい。でも、それと同時に、仕事のことが頭をよぎる。書きかけの原稿、締め切り、次の取材――彼といる時間を大切にしたいのに、完全に気持ちを切り替えられない自分がいる。
「彩乃?」
ふと呼ばれて、我に返った。迅が心配そうにこちらを見ている。
「……ごめん、ちょっと考え事してた」
「仕事のこと?」
「うん……」
「やっぱり、大変?」
「ううん、大変っていうか……もっとやりたいって思う」
正直に言葉にしてみると、自分の気持ちが少しだけはっきりした。
仕事をもっとやりたい。もっと書きたい。
(この気持ち、迅とちゃんと向き合えるのかな)
違和感は小さいけれど、確かにそこにある。彩乃はそれを抱えたまま、そっとポケットの中の手を握りしめた。
6.4.3 仕事と恋愛のバランスに悩む
パソコンの画面に向かって、彩乃は眉間にしわを寄せた。
「……うーん」
画面には、締切間近の原稿が並んでいる。あと数時間で編集部に送らなければならないのに、最後の一文がどうしてもしっくりこない。
「もう少し、余韻を持たせたいんだけど……」
手を止めて深く息を吐く。デスクの横には、打ち合わせ用の資料が積み上げられたままだ。
最近、仕事が立て込んでいた。執筆の依頼が増え、編集の仕事も重なり、気がつけばほとんどプライベートの時間がなくなっていた。デートの約束も何度か先延ばしにしてしまっている。
スマホが振動し、画面を見ると迅からのメッセージが届いていた。
「今週末、少し時間作れない?」
彩乃は一瞬、カレンダーを確認する。原稿の締切が二つ、打ち合わせが一件。時間がまったくないわけではないけれど、気持ちの余裕がなかった。
「ごめん、ちょっと厳しいかも」
そう返信すると、すぐに既読がついたが、しばらく返事はなかった。
***
数日後、仕事がひと段落した夜、迅と食事をすることになった。待ち合わせ場所に向かうと、迅はいつも通りの笑顔で手を振ったが、どこか表情が硬いように見えた。
「最近忙しそうだな」
「うん……ちょっと立て込んでて」
彩乃が苦笑すると、迅は箸を置いてじっと彼女を見つめた。
「なあ、もう少し一緒に過ごす時間、作れないかな?」
少し慎重に選ばれた言葉だった。でも、その奥には「寂しい」という気持ちが透けて見える。
彩乃は言葉に詰まった。
「……そうしたい気持ちはあるんだけど、今は仕事が第一かなって」
迅は黙って彩乃を見つめたまま、少し考え込むような仕草をした。
「そっか……でも、俺との時間って、大事じゃないの?」
その言葉に、胸がざわつく。
「……大事だよ。でも、今は余裕がないの」
そう口にした瞬間、沈黙が落ちた。
迅の表情が一瞬、曇った気がした。彩乃はすぐにフォローしようとしたが、言葉が出てこない。
「そっか」
迅は短くそう言うと、それ以上何も言わなかった。彩乃もそれ以上、言葉を足せなかった。
レストランの静かなBGMだけが、二人の間の重い空気を包み込んでいた。
6.4.4 すれ違いと真奈への相談
夜、デスクの上には未読のメッセージが並んでいた。迅からのものもあったが、彩乃はすぐに開く気になれず、代わりに真奈に連絡を入れた。
「今度時間ある?ちょっと話したいことがあって」
すぐに既読がつき、返事が来た。
「いいよ。今週末なら空いてるよ」
***
週末、彩乃は真奈の家を訪ねた。部屋に入ると、すっかりお腹が大きくなった真奈がソファに座っていた。
「おー、久しぶり。最近忙しそうだね」
「うん、ちょっとね」
彩乃は苦笑しながらソファに腰を下ろし、出された温かいハーブティーに手を伸ばした。
「それで、話したいことって?」
真奈がクッションを抱えながら、彩乃を見つめる。
彩乃は少し迷ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「……迅と、ちょっとすれ違ってて」
「そっか」
真奈は静かにうなずいた。
「私、仕事がすごく楽しくて、今はそっちを優先したいって思ってる。でも、迅はもっと一緒にいたいって思ってるみたいで……。その気持ちは分かるんだけど、どうしても『恋愛を優先するのは違う気がする』って思っちゃうんだよね」
真奈はしばらく考えるように視線を落とした。
「……家庭を持つって、どういうことなんだろう?」
彩乃の問いに、真奈はゆっくりとお腹に手を添えた。
「難しいけど……一つ言えるのは、恋愛って、ただ楽しいだけじゃないってことかな」
「うん」
「最初はドキドキしたり、一緒にいるだけで楽しかったりするけど、それだけじゃ続かないよね。お互いの違いを受け入れたり、時にはぶつかったりして、それでも『この人と一緒にいたい』って思えるかどうかが大事なんじゃないかな」
彩乃は黙ったまま、真奈の言葉を噛みしめる。
「私はそこまでの覚悟があるのかな……」
ぽつりとこぼした言葉に、真奈は穏やかに微笑んだ。
「それを考えるのも大事だと思うよ。でも、答えを急ぐ必要はないんじゃない?」
彩乃は小さくうなずき、カップを両手で包み込んだ。ハーブティーの優しい香りが、少しだけ心を落ち着かせてくれる気がした。
6.4.5 未来への選択
真奈の家からの帰り道、彩乃は冷たい夜風を受けながら歩いていた。
(私は、どうしたいんだろう……)
真奈の言葉が頭の中で繰り返される。「恋愛って、ただ楽しいだけじゃなくて、一緒に乗り越えていくものだと思う」――その言葉に、彩乃は改めて迅との関係を見つめ直す必要があると感じていた。
***
数日後、彩乃は迅を呼び出した。場所は、二人が初めて食事をしたレストランだった。静かな平日の夜、店内の温かい照明の下で向かい合う。
「話したいことがあるんだ」
彩乃がそう切り出すと、迅は真剣な表情でうなずいた。
「俺も、ちゃんと話したいと思ってた」
静かに料理が運ばれてきたが、二人の間にある緊張感はしばらく解けなかった。先に口を開いたのは迅だった。
「彩乃は、仕事をすごく大事にしてる。それは分かってるし、俺も応援したい。でも……一緒にいる時間も、大切にしたいんだ」
その言葉には、彩乃を責めるような響きはなかった。ただ、素直な気持ちが込められていた。
「俺は、彩乃の夢を応援したいし、無理に俺のために時間を作ってほしいわけじゃない。でも、お互いが歩み寄れる方法があるなら、見つけたいと思ってる」
彩乃はゆっくりと息を吸い込んだ。
「私も、ずっと考えてた……。私は、書くことが好き。仕事を大事にしたい。でも、それと同じくらい、大切にしたい人がいるなら、その人とどう向き合うかを考えなきゃいけないって思った」
真奈の言葉を思い出しながら、自分の気持ちを整理する。
「正直、まだ答えは出せない。でも、この関係を大切にしながら、自分なりの答えを探していきたい」
そう言った彩乃の表情を見て、迅は少しほっとしたように笑った。
「それでいいよ。俺も、一緒に答えを探していきたい」
互いの気持ちを確かめ合いながら、二人は少しずつ歩み寄ろうとしていた。まだ明確な答えは見つかっていない。でも、それでもいい。答えを探しながら、一緒に進んでいくこと。それが、彩乃の選んだ未来への第一歩だった。
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