番外編 それぞれの想いを抱えて

 春の気配が近づく中、四人は約束通り卒業旅行へと出かけた。

行き先は、風情のある温泉地。大きな川が流れ、山々に囲まれた静かな町。駅を降りると、ほのかに硫黄の香りが漂い、湯気の立ちのぼる温泉宿が点在している。

「わぁ……すごく雰囲気のいいところ」

奈緒が感嘆の声を漏らす。

「でしょ? だから温泉って言ったんだよ」

どこか誇らしげな真奈に、梓は「まぁ、のんびりするのも悪くないか」と頷いた。

宿に到着すると、すぐに温泉へ向かうことにした。

***

湯気が立ちこめる露天風呂。

空を見上げると、まだ少し肌寒い早春の空に、ぽつぽつと星が瞬いていた。

「はぁ~……最高」

湯に浸かるなり、梓がとろけるような声を漏らす。

「でしょ?」と奈緒が微笑む。「温泉って、なんだか時間がゆっくり流れる気がするよね」

「それ、すごく分かる」

彩乃も肩まで湯に浸かりながら、ふっと息をつく。

「なんかさ、今こうしてると、卒業のこととか仕事のこととか、一瞬忘れちゃいそう」

「うん。でも、忘れたくない気持ちもあるな」

真奈がぽつりと呟いた。

「楽しかったこととか、大学での時間とか……全部」

梓が少し照れくさそうに「しんみりするのはやめよー」と言いながらも、その表情にはほんの少し寂しさが滲んでいた。

***

夕食後、四人は部屋に戻り、浴衣姿のまま布団に寝転がった。

窓の外では、川のせせらぎが心地よい音を奏でている。

「ねえ、社会人になったら、こんなふうに旅行できるのかな?」

奈緒の言葉に、誰もすぐには答えなかった。

「たぶん、できると思う。でも、きっと今みたいに気楽にはいかないよね」

彩乃が静かに言う。

「そうだよね……それぞれ忙しくなるし」

「でもさ、忙しくても、また絶対集まろうよ」

真奈の声は力強かった。

「うん、集まろう。またこうやって、のんびり語れる時間を作ろう」

彩乃も微笑みながら言うと、奈緒が嬉しそうに「約束ね」と頷いた。

「……ねえ、次の旅行の計画でも立てる?」

梓がふいに提案する。

「次って、もう?」

「いいじゃん、目標があったほうが楽しいし。次は……海外?」

「また海外?」

「だって、今回は温泉で落ち着いたし、次はアクティブに!」

「まぁ、またみんなで話し合おう」

彩乃がくすくす笑うと、真奈と奈緒も「それがいいね」と頷いた。

***

翌朝、チェックアウトを済ませ、帰りの電車に乗る前に、駅前の足湯に立ち寄った。

「……これが学生最後の旅行かぁ」

梓が足をお湯に浸けながら、ぽつりと言った。

「最後じゃないよ」

彩乃が穏やかに微笑む。

「またみんなで行くんだから」

「……そうだね」

真奈も奈緒も、優しく笑った。

桜の蕾が、もうすぐ咲きそうに膨らんでいる。

これから先、それぞれの道を進むことになる。でも、こうしてまた集まる未来を信じて。

四人は足湯から立ち上がると、駅へと歩き出した。

それぞれの心に、静かな決意と、温かな思い出を抱きながら。

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