第2章 二人の交流
大学に入学してから数ヶ月が経ち、彩乃と真奈はそれぞれのペースで新しい生活に慣れてきた。講義も始まり、日々の忙しさの中で成長を感じる瞬間も増えてきた。最初は戸惑いも多かったが、徐々に自分の居場所を見つけ、大学生活に馴染んでいった。
彩乃は、やはり積極的に活動を広げていた。授業の合間には友達とランチを共にしたり、サークル活動にも顔を出すようになった。特に、ライティングに関連するサークルでの活動に興味を持ち、書くことをさらに深めようと意欲を燃やしていた。周囲の人々と自然に話すことができ、彼女のエネルギーが周りにも伝わっていた。
一方で、真奈は少し控えめに過ごしていた。講義には真面目に取り組み、図書館で過ごすことが多くなった。彼女は心の中で、まだ自分が「社会人」としてやっていけるのか、未来に向けての方向性に対して不安を感じていた。カウンセリングの道に進みたいという思いはあるが、実際に自分がその道でどうすれば成功できるのか、まだ具体的なイメージが湧かない自分に焦りを感じていた。周りがどんどん自分を見つけていく中で、真奈は自分のペースを守りつつも、その焦りをどうにかしなければならないという思いが強くなっていた。
「どうして私はこんなに自分に自信がないんだろう…」
ある日、真奈はそんな考えに悩んでいた。講義が終わり、キャンパス内を歩いていた時、偶然彩乃に出会った。
「お疲れさま、真奈!」
彩乃は明るく声をかけると、いつものように気さくに歩み寄ってきた。いつも元気で、困った時でも励ましをくれる彼女の存在が、真奈にとっては大きな支えとなっていた。
「お疲れさま…なんだか、最近少し迷ってるんだ。」
「迷ってる?」
真奈は少し躊躇したものの、彩乃に話すことにした。彼女に言うと、少しでも楽になる気がした。
「私は将来、カウンセラーになりたいと思ってる。でも、どうやってその道に進めばいいのか、まだよくわからなくて…」
彩乃は少し考えた後、笑顔で答える。
「それなら、今は焦らなくても大丈夫だよ。私だって、まだ書くことに確信が持ててるわけじゃないけど、少しずつできることをやっていけばいいと思う。」
「うん、でも…」
「迷うのは当然だよ。だって、誰だって最初から全てが完璧なわけじゃないんだから。」
彩乃の言葉に、真奈はふと心が軽くなった気がした。これまで一人で悩んでいたのに、彩乃が簡単に言った言葉が、彼女の胸に響いた。
「ありがとう、彩乃…少し楽になった。」
「こちらこそ、逆に話してくれて嬉しいよ。」
二人はそのまま少し歩きながら、普段のように軽く話しながらキャンパスを横切った。その日以来、真奈は少しずつ自分のペースで前に進んでいける気がしていた。まだ迷いは残っているものの、少しずつ自分を信じられるようになってきていた。
そして、二人はこれまで以上に頻繁に会うようになった。昼休みにお互いの近況を話したり、課題に一緒に取り組んだりすることで、大学生活の中でお互いの存在が大きくなっていった。彩乃の明るさと元気が、真奈にとっては貴重なエネルギーとなり、真奈の冷静で穏やかな性格が、彩乃にとっては時折必要な落ち着きをもたらしていた。
二人は互いに支え合いながら、少しずつ大学生活を深めていった。やりたいことに向かって進むこと、迷うこと、挑戦すること、すべてが初めてのことで不安だった。しかし、何かに挑戦し続ける中で、二人は自分の道を見つけることができると信じていた。
ある日の夕方、彩乃は大学のカフェで一人、ノートパソコンの画面を見つめていた。ライティングサークルの課題でエッセイを書いていたのだが、どうしても納得のいく文章が浮かばない。
「うーん……なんか、全部ありきたりな感じがする……」
焦りと苛立ちが入り混じる中、ふと周囲を見回すと、同じサークルの先輩が、すらすらと文章を書き進めているのが目に入る。彼らのようにスムーズに表現できない自分に、彩乃は無性に落ち込んだ。
「本当に私は、書くことを仕事にできるのかな……?」
書くことが好きで、ずっと続けていきたいと思っていた。でも、いざ大学に入り、本気で文章と向き合うと、自分の限界を突きつけられることばかりだった。
「私なんかが、プロになれるのかな……」
そう思うと、どんどん自信がなくなっていく。
その時、携帯が振動した。
《真奈:今日、図書館で勉強してたけど、もう帰る?》
「……ちょっと話したいな。」
そう思った彩乃は、すぐに返信を打った。
《彩乃:今、カフェにいるんだけど、少しだけ寄れない?》
一方で、真奈もまた、自分の悩みを抱えていた。最近、実家のことで少し問題が起きていた。両親の間で意見の対立が増え、家の雰囲気がぎくしゃくしていたのだ。
「帰省するたびに、家の空気が重くなってる……」
実家に戻るたびに、両親の言い争いが耳に入り、精神的に疲れてしまう。大学に入ってからは、少し距離を取れるようになったが、それでも気にせずにはいられなかった。
「私がどうにかできるわけじゃないのに、なんでこんなに気になるんだろう……」
そんなことを考えながら、彩乃のいるカフェへ向かった。
カフェに着くと、彩乃はテーブルの上にノートパソコンを広げ、難しい顔をしていた。
「真奈、来てくれてありがとう。」
「どうしたの?」
彩乃は、エッセイが書けなくて悩んでいること、最近スランプを感じていることを素直に話した。真奈はじっと聞いていたが、ふと小さく微笑んだ。
「……なんだか、ちょっと意外かも。」
「え、何が?」
「彩乃って、いつも前向きで、書くことが好きだから、悩むことなんてないのかなって思ってた。」
「そんなわけないよ。むしろ、好きだからこそ、うまくいかないと余計に苦しいんだよね……」
その言葉に、真奈は少し考え込んだ。
「……私も最近、悩んでて。家のことなんだけど、両親があまりうまくいってなくて……私にはどうしようもないんだけど、気にしちゃって。」
彩乃は驚いたように目を見開いた。
「そんなこと、初めて聞いた……」
「言ってなかったからね。でも、正直、話せる人がいるのは嬉しい。」
彩乃はしばらく黙っていたが、やがて真奈の手元にあったコーヒーカップを指差した。
「それ、あとどれくらいで飲み終わる?」
「え? もう半分くらいだけど……?」
「じゃあさ、半分飲み終わるまでに、悩んでること、全部話してみようよ。私も、今抱えてること全部話すから。」
真奈は少し驚いたが、やがて小さく笑った。
「それ、なんかいいね。」
こうして、二人はお互いの悩みを一つずつ話していった。彩乃は文章のスランプや将来の不安を、真奈は家庭の問題や自分の心の葛藤を。それぞれが口にすることで、少しずつ気持ちが整理されていった。
最後に彩乃がぽつりとつぶやく。
「……やっぱり、話すって大事だね。」
「うん。ちょっと楽になった。」
彩乃はいたずらっぽく笑った。
「じゃあ、次からもこうしようよ。何かあったら、コーヒー半分飲み終わるまでに全部話すの。」
真奈はくすりと笑い、カップを持ち上げる。
「じゃあ、次は彩乃の番ね。」
二人は笑い合いながら、カフェの温かい空気の中で、互いの存在の大きさを改めて実感した。困難はすぐには消えないかもしれない。でも、二人なら支え合いながら、少しずつ前に進んでいける。
こうして、二人の絆はさらに深まっていった。
秋学期に入り、彩乃は本格的にライターとしての活動を始めようとしていた。ライティングサークルの課題だけでなく、外部の学生向けメディアにも記事を投稿し、少しずつ経験を積んでいた。
ある日、大学の図書館で記事を書いていると、隣で勉強していた真奈が興味深そうに画面を覗き込んできた。
「彩乃、それ今書いてるの?」
「うん。ちょっとしたコラムなんだけど、テーマが決まらなくて……」
彩乃はノートパソコンの画面を指差した。そこには『現代の大学生にとっての「成功」とは』という仮タイトルが書かれていた。
「なんか、どこかで聞いたことあるようなテーマだな……」
「やっぱり?」
彩乃は苦笑いしながら、頭をかいた。
「せっかく書くなら、自分なりの視点を入れたいんだけど……」
「うーん……じゃあ、彩乃にとっての『成功』って何?」
「え?」
不意を突かれた質問に、彩乃は少し考え込む。
「うーん……やっぱり、自分の言葉で誰かの心を動かせることかな。」
「それ、いいじゃん。その視点で書けば?」
「そっか……確かに!」
真奈の言葉に背中を押され、彩乃はまたキーボードを打ち始めた。
一方で、真奈も自分の道を進み始めていた。心理学の授業を真剣に受け、ボランティア活動にも積極的に参加するようになっていた。カウンセリングを学ぶために、大学内の相談センターでアシスタントの仕事を始めることも決めた。
「相談センターのアシスタント?」
ある日、カフェで彩乃と話していると、真奈は少し照れくさそうに報告した。
「うん。心理学の教授に勧められて、学生の悩み相談のサポートをすることになったの。」
「すごいじゃん! もうカウンセラーっぽいこと始めてるんだね。」
「まだまだ勉強中だけどね。でも、誰かの役に立つなら、やってみたいなって。」
真奈の表情には、これまでよりも明確な意志が感じられた。彩乃はそんな真奈の成長を感じ、嬉しくなる。
「ねえ、真奈はさ、自分が『成功』したって思えるのはどんなとき?」
「え?」
今度は彩乃が問いかける番だった。
「うーん……」
真奈は少し考え込んだあと、ゆっくりと答えた。
「誰かの力になれて、その人が少しでも前向きになってくれたとき、かな。」
「それ、めっちゃカウンセラーっぽいね。」
「ふふ、そうかも。」
二人はお互いの夢について語り合いながら、自分たちが少しずつ前進していることを実感していた。
そんな中、真奈の家庭にも小さな変化が起こっていた。
ある日、真奈のスマホに兄・島崎悠斗からメッセージが届いた。
《今度、家に帰るんだけど、お前も一緒に帰らないか?》
悠斗は社会人になってから家を出て一人暮らしをしていたが、最近は実家との関係が少しずつ良くなってきているようだった。
真奈は少し迷ったが、兄の誘いに応じることにした。
週末、久しぶりに帰省すると、家の空気が以前よりも落ち着いているのを感じた。両親の間にはまだ完全な和解はないものの、悠斗が間に入ることで、少しずつ歩み寄ろうとしている様子が伝わってきた。
「……お兄ちゃん、なんか変わった?」
夕食後、悠斗と二人で話していると、真奈はふとそう尋ねた。
「まあな。俺も最初は家を出て距離を取ることでしか解決できないって思ってたけど……離れてみて、家族のことをちゃんと考えられるようになったんだと思う。」
悠斗はコーヒーを飲みながら、静かに言った。
「お前も無理するなよ。でも、もし何かあったら、俺もいるから。」
その言葉に、真奈の心が少し軽くなった。
「……ありがとう。」
帰りの電車の中で、真奈は彩乃にメッセージを送った。
《ちょっとだけ、家のこと前よりいい感じかも。お兄ちゃんがいい意味で変わった。》
すぐに彩乃から返信が来た。
《よかったね! なんか、真奈の家族も少しずつ成長してる感じする》
真奈はそのメッセージを読んで、静かに微笑んだ。
ある秋の日、彩乃はカフェで原稿を書いていた。テーブルの向かいには真奈が座り、心理学の資料を読み込んでいる。
彩乃はふと手を止めて、真奈を見つめた。
「……なんか、最近よく思うんだけどさ。」
「ん?」
真奈は本から顔を上げる
「私、こんなに誰かと一緒にいるの、初めてかも。」
その言葉に、真奈は一瞬驚いたようにまばたきをした。
「え、そうなの?」
「うん。もちろん高校時代にも友達はいたけど……こんなに長い時間、一緒にいるってことはなかったと思う。」
真奈は少し考えてから、小さく笑った。
「私もかも。」
そう言いながら、真奈はカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。
「最初は、大学でこういう関係になるとは思ってなかったな。でも、彩乃といると、なんか自然なんだよね。」
「それ、分かる。」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
ある日、彩乃は授業の課題に追われて、ひどく焦っていた。締め切りは翌日。しかし、文章が思うようにまとまらない。
夜遅く、疲れ果てた彩乃はため息をつきながらスマホを手に取る。
《真奈、まだ起きてる?》
送った直後に既読がついた。
《起きてるよ、どうした?》
《ちょっと外に出ない? もう無理、頭がパンクしそう。》
真奈からの返事は早かった。
《いいよ。じゃあ、駅前で。》
夜の冷たい空気の中、二人は並んで歩いた。
「もう、書いても書いても納得いかなくて……才能ないのかなって思えてきた。」
彩乃は弱々しく笑う。
「そんなことないよ。彩乃はちゃんと前に進んでる。」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ……やっぱり不安になるんだよ。」
「分かるよ。」
真奈はポケットに手を突っ込みながら、静かに言った。
「私だって、カウンセラーを目指してるけど……本当に人の力になれるのかなって、不安になるときあるし。」
「え、真奈でも?」
「うん。でも、そんなときに彩乃が『真奈なら大丈夫』って言ってくれるから、続けられてるのかも。」
その言葉に、彩乃は目を丸くした。
「私が?」
「そう。だからね、私も彩乃に言うよ。彩乃なら、大丈夫。」
その一言が、彩乃の心をそっと軽くした。
その夜、帰り道で二人は並んで歩きながら、ふと思い出したように口を開いた。
「ねえ、これから先、どんなふうになっていくのかな?」
「んー……私たちのこと?」
「うん。大学生活もまだ続くし、卒業したらそれぞれの道に進むことになるけど……」
彩乃は夜空を見上げた。
「なんか、ずっとこうして話していたいなって思うんだよね。」
真奈は立ち止まり、彩乃を見つめた。
「……大丈夫だよ。きっと、ずっと一緒にいる。」
その言葉に、彩乃はふっと笑った。
「そうだね。」
大学の門の前で別れ、夜の風が吹く中、彩乃はゆっくりと歩き出した。
心の奥に、確かなものを感じながら。
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