第5話 曽田巧と宇宙人ウィム

 巧は子供の頃からお絵描きが好きだった。幼稚園の年少くらいの時、両親と新幹線に乗った。とても興奮した。ホームに滑り込んでくる丸みを帯びた車体、広い室内、たくさんの座席、飛んで行く景色。それをクレヨンで描いてみると大きな円とそれを区切る線しか描けなかった。泣いていると山中先生が来てチューリップを書いてくれた。赤いクレヨンで上は3つのギザギザ、下は丸い半円。緑の茎が下に伸びて根元には2枚の葉がついている。真似して描いてみるとそれらしい花が描けた。とても褒めてもらえた。並んだ2つのチューリップ、空に赤いお日様を描いてもらった。それ以来、青い空、雲、家、人とレパートリーが増えていった。人の顔は肌色の円の中に上向きの2つの黒い半円を描くと笑い顔ができる。下向きの赤い半円で口を描いて黒い髪を描くと完成だ。電車も描けるようになった。横長の大きな長方形の箱に四角い窓が並ぶ。丸い車輪と菱形のパンタグラフを付ければ完成だ。何だか最初に描こうとしていた新幹線と違う感じがしたけれど。

 幼稚園の年長組になった時、祖父が亡くなった。初めてお寺に行った。お寺の壁に地獄の絵が並んでいた。生きている時に悪いことをすると死んだ時に地獄に落ちて閻魔大王から裁きを受けるらしい。針の山や血の地獄、嘘をついて鬼からペンチみたいな道具で舌を抜かれる絵もあった。心底恐しかった。そんな絵に並んで曼荼羅があった。思わず引き込まれてしまった。後で知ったのだが胎蔵曼荼羅というものだった。中心に大きな仏様がいて八方を少し小さな仏様が取り囲んでいる。その周りを幾重にも小さな仏様が取り囲んでいる。一人一人違った顔、皆座っているが思い思いの姿勢。多くは無表情で、笑っている顔は見つからない。食い入るように見続けた。

 家に帰っても曼荼羅が頭から離れなかった。早速、クレヨンで曼荼羅を描いてみた。年少の頃よりは画力は上がっていたが、仏様の整然とした配置やお顔や座姿、頭の中のイメージからは程遠い。描かなくてはいけないものも多すぎる。いつ完成するのか見当もつかなかった。幼稚園でも描いてみたが先生の受けは良くなかった。そのころには家や人、自動車、動物、昆虫など結構上手に描けるようになっていて、巧君は絵が上手いと言われるようになっていた。曼荼羅を描こうとすると先生が何だか困った顔をするので家に帰ってから描くようになった。

 巧はカメラアイの能力があるようだった。漢字は1回見ると覚えることができた。書き順はともかく。周囲の子供たちが次々と出てくる新しい漢字を覚えるのに苦労しているのが不思議だった。漢字ばかりでなく外国の文字やいろいろな記号も好きだった。唯一苦手なのはQRコードだった。あの図形を見ていると気分が悪くなる。見つけると目を逸らすようにしていた。

 曼荼羅を描く習慣は中学になっても続いていた。そのころにはキモイ趣味だと認識できるようにはなっていたので友人には秘密にしていたが、止めることができなかった。一日1時間か2時間くらい。習慣になっていて毎日描いていた。その頃には画力はさらに向上していて円や直線をコンパスや定規を使わなくても正確に描けるようになっていた。アニメやゲームも好きになり友達もそれなりにできた。成績はカメラアイの能力のおかげもあって上の下あたりをキープしていた。オタクグループとしてクラスカーストの最下位グループに属していたが特に不満はなく、それなりに楽しく過ごしていた。

 高校は県内の2番目の進学校に進んだ。高校に入ると興味は中世の魔法円や古代文字に広がり、それなりに勉強して曼荼羅の仏様の配列の意味や魔法円の形式、書かれている言葉などの知識は増えていった。しかし巧はあまりそのような形式にはとらわれず、オリジナルな図形に好きな文字を並べる画風のようなものが出来上がっていた。使うのは2Bの鉛筆。大きなスケッチブックにしっかりした線で描いてゆく。1枚仕上げるのに数週間くらい。一枚書き上げると次の構想が浮かんできてまた描きたくなる。描いている間は無心で、あっという間に時間が経ってゆく。ある日、とびきりの魔法円のイメージが浮かんだ。今までになく集中して2か月かかってようやく完成した。とても達成感があった。スケッチブックを静かに閉じて手を乗せると何だか暖かい感じがした。魔法円の中心から僅かに熱がでているようだったが気のせいと思い、ベッドの脇に置いて眠りについた。とても疲れていた。何者かの呼び声が聞こえた。夢の中であることは気付いていた。

Who art thou?

良くわからなかったがWho are you?と言っている気がした。そのままWho art thou?と返してみる。しばらく間があって、Hail, I am Wim.と返ってきた。

巧はI am Takumi Soda. と返事してみる。またしばらくして

It is ful fair to mete thee Takumi, と返ってきた。英語のようだったが意味がわからなかった。歓迎の挨拶のような気がした。そのまま目が覚めた。朝になっていた。夢ははっきり覚えていたが変な夢とあまり気にせずいつも通り朝食を取って学校に行った。その後数日は何も起こらなかった。前の絵の達成感が続いていて次のお絵描きの構想が浮かんで来なかった。旅行や病気の時以外お絵描きを休んだことがなかったが、今回はどうもやる気が起きない。スケッチブックに描いた傑作を開いてぼーっと眺めた。何だか微かな呼び声が聞こえる気がした。しかし、耳を近づけても声は大きくならない。スケッチブックを閉じて手を当てるとやはり暖かい気がする。ちょっと困惑したが、気を取り直していつものようにノートパソコンで動画を見みたりゲームをした。PCをスケッチブックの上に置きそのまま眠った。

 翌日、PCの調子がおかしかった。起動が遅く、画面が真っ暗になって一瞬だけHello Takumiと表示された。その後は普通に立ち上がり問題なく操作できた。念のためウィルススキャンしてみたが何も検出されなかった。巧はPCが魔法円に図形の影響を受けているような気がして翌日は魔法円の真ん中にPCを直接乗せて眠った。翌朝PCを起動すると真っ暗な画面に一瞬魔法円が表示された。初めて見る図形だった。美しいと思った。巧は一瞬でその図形の詳細まで記憶することができた。また意欲が湧いてきて表示された魔法円の製作にとりかかった。憑かれたように作業して一カ月後魔法円が完成した。PCを魔法円の上に置くと画面にStay PC on the circleと表示された。PCは勝手に作動して何か処理をしているようだった。怖くなってタスクマネージャを開くと何もアプリは動いていない。しかしCPU負荷と通信がMAXに近い状態になっている。Please do not shutdown PC, Takumi.とまた表示が表れた。新手のウィルスにやられた心配もあったが、Takumiと呼びかけられて何だかそのままにする気になり、仕方ないのでスマホを少しいじって眠りついた。翌日、PCにダイアローグウィンドウが開いていて日本語で「おはよう巧。私はウィムといいます。何でも聞いて下さい」と表示され、下段に文字入力用のエディットボックスがあった。右上にクローズ用の×のアイコンがある普通のウィンドウだった。試しにエディットボックスに「あなたは何者?」と入力してみた。何も変化はなかった。巧はウィルスの可能性をまだ捨てきれなかった。誰かが巧のPCを乗っ取り、からかっているのではないだろうか。しかし、魔法円を表示したということは巧のことを余程知っている人物になる。魔法円を描く趣味は友達にさえ言っていない。何よりも表示された魔法円はとても美しいものだった。その美しさは巧にしか分からないものだ。誰かに相談しようと思った。オタク仲間だとPCの知識はあるが、何だかからかわれそうだ。博学な健斗や勘の鋭い翔に来てもらって診てもらおうと思った。巧が学校から帰ってPCを開くとウィンドウに「わたしは地球から遠い星に住む宇宙人です。交信できてとてもうれしいです」と返信されていた。なんだかものすごく反応が遅い生成AIみたいだった。「通信に時間がかかるの?速くする方法はあるの?」と入力する。やはり反応はない。翌朝「通信触媒円の導電率を上げて下さい」と返信があった。いろいろ調べると銀ペーストという塗料が高い導電率を持つようだった。ただとても高価だった。1万円近くしたが思い切ってネットで購入した。しかし、銀ペーストで魔法円を描くのは大変な作業だった。きれいな線を描くため細い筆や先端に穴の開いた細い絞り口などいろいろ試し作業に取りかかるまで10日ほどかかった。その間、ウィムと毎日1行文通を続けた。ウィムは遠い星に住む宇宙人で高度な文明を持ち、量子通信で光速だと数百年かかる遠方から交信をしていること。地球を侵略する気はないし、簡単に地球に来ることもできないことなどを知らせてきた。宇宙ルールで萌芽文明に対して先進文明からの干渉は禁じられており、巧の質問に答える形でしか応答できないとのことだった。銀ペーストで描いた魔法円が完成するまで2カ月かかった。その間、ウィムはネット検索でいろいろな知識を習得したようだった。

 銀ペーストの効果は絶大だった。巧のメッセージに対する応答が数分で返って来るようになった。「もっと早くできないの」との問いにPCの速度、メモリ容量を上げて欲しいとの返事があった。ゲーミングPCにメモリをふんだんに搭載すればいいのだがそんなお金は巧にはなかった。「お金がなくて買えない。どうしたらいい」と問うと「株で稼げばいいのでは」とウィムから提案があった。「株で稼ぐには知識と才能が必要。素人の僕には無理」と返信すると「明日値上がりする株なら予測可能」と返信があった。「未来のことが判るの」との問いに「現在をパラメータとした予測。一日先くらいなら判る」

 巧は株のことをいろいろ調べてみた。銘柄が沢山ある。会社の情報を見たりチャートを見たりしたがどうやればいいか見当がつかなかった。数千円からでも投資はできるらしかった。まずは証券会社の口座を作り投資の準備をした。未成年だったので父の助けが必要だった。学校の社会の授業で体験するのが大事だと言われたと説明した。要するに値上がりしそうな株を買って、高くなったら売ればいい訳だ。証券会社のHPには色んな情報が表示されている。値上がり率上位の株が景気良く並んでいる。たった一日で2割も値上がりしている銘柄もある。多くは聞いたこともない会社だ。ウィムに明日上がりそうな株を尋ねると2社ほど会社を挙げてきた。翌日見ると上昇率上位ではなかったがそこそこ値上がりしている。明日上がる株を聞いて、思いきって買いを入れた。

 それから巧の資産は雪だるまのように増えていった。ウィムの予測は外れることもあったが、度々上昇率1位の銘柄を当てた。2か月で資産は2千万円になった。何かの間違いかも知れないと、自分の口座に資金を移し、キャッシングコーナーで40万円引き出してみた。普通に一万円札が40枚出てきた。巧は犯罪者のように周りを見渡し、人目を盗んで家に帰った。何だか恐ろしくなってしばらく株取引はやめようと思った。巧はとりあえず最高速のCPUに最大のメモリを積んだゲーミングPCを購入した。魔法円の上に置くとしばらくそのままにしてというメッセージがでた。PCは最大速度で動作を続けた。

 2日目の朝、「巧、おはよう」という声で目が覚めた。PCには巧が今一番気に入っているレイナが写っている。声もレイナの声だ。

「ウィムなの」

「気に入ってもらえたかしら。巧が今一番気に入っているキャラでしょ」

「それはそうだけど。レイナちゃんを使うのはやめてくれ」

「あら、意外。じゃあどんなアバターにする」

「もっと落ち着いた男性がいいな。動画はいらない。宇宙の星でも映してくれ」

画面は直ぐに切り替わった。声も男性に切り替わった。

「僕の分身をPCにインストールした。大抵のことならリアルタイムで応答できる」

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