第6話 伊奈恵の葛藤

 恵は3歳から卓球を始めた。恵の父も母も元卓球の選手で、子供たちが幼い時から卓球を教えた。家には大きな練習部屋があり立派な卓球台が2台あった。恵には2人の兄がいて、それぞれ地区大会で上位に入る選手になっていた。しかし恵は別格だった。みるみる上達して兄たちを越え、地区大会では同年代では負けなしになっていた。父母は熱狂して恵の才能をさらに開花させるため、毎日練習に付き合いクラブチームに通わせた。恵は元々体を動かすのが好きだったし、ちょっといいプレーをすると褒めてもらえ、卓球が大好きになった。

 しかし、中学に入ったあたりから毎日延々と基礎練習を行い、練習試合に明け暮れる日々が少し疎ましくなってきた。優しかった母は、恵のちょっとしたフォームの乱れや配球の失敗を厳しく咎めるようになっていた。その頃から、父母は恵のオリンピック出場の話をするようになっていた。父は小さな会社に社長だったが、恵をオリンピックに出すためなら会社を畳んでもいいと言い出していた。恵は自分の父が社長であることに密かな誇りを持っていた。実現するかもわからないオリンピック出場がなぜ父にとってそんなに価値があるのか理解できなかった。恵の母は小学生で卓球を始め、才能ある選手として注目されるようになっていたが、中学に入ると親から勉強に集中するように言われるようになったという。卓球で食べていける訳ないというのが親の言い分で、合宿や遠征試合には行かせてもらえなかった。その反動か、恵には思う存分卓球をやらせてあげたいというのが母の口癖だった。

 中学2年の地元の地区大会、恵は順調に勝ち進み準準決勝に進んだ。ここで恵は密かな反乱を企んだ。誰にも気づかれないようにしながら、わざと負けようとしたのである。しかし、それは思いの他大変なことだった。準準決勝ともなれば多くの選手や指導者が観戦している。母親はビデオカメラを回している。その中で、最善を尽くしたのに相手の良いプレーで失点する状況を組み立てる必要がある。相手は何度か対戦したことがあり、恵が全勝しているがこのところ実力をつけており、大会の上位組に名を連ねるようになった選手だ。高身長を生かしたロングのドライブ戦が得意で、返球スピードと回転量は中学生ではずば抜けている。第1ゲームはお互いの手の内の探り合いになり11対8で恵が取った。しかし、相手は恵のことをかなり研究しているようだった。以前までの対戦ではドライブが得意な選手が取りにくい逆回転のボールを相手のミドルに短く出すサーブだけで勝つことができた。優位なうちは新たなサーブを出して手の内を見せる必要はない。しかし今回は、恵が出すサーブを、上回転に上書きしたレシーブをしていたのが、上回転のボールの他に、カットや横回転を入れたストップを入れて返球してくる。ドライブもさらに力強くなっている。だが、恵はまだ余裕を感じていた。スピード、精度は恵が勝っている。返球の球筋も良く見えていた。第2ゲームは9対11で落とそう。レシーブは相手から予想外なサーブが来たという設定で少し甘いボールを返球することで相手に流れを渡す。サーブは下回転のボールをミドルに出す他にロングの横回転のボールを左右に出すことで相手にサーブを絞らせない戦術を取った。相手のレシーブに苦戦していると見せかける作戦である。しかし、それぞれのサーブへのレシーブを何通りか想定して攻撃する反復練習を積んでいるので、体が自然に動いて相手の弱点に鋭いショットを打ってしまいそうになる。

 意識してボールを数センチ甘いところに返す。観戦者からは気付かれないはずだ。むしろ取りにくいところに来た返球をうまく捌いた相手の上手さが引き立つ。相手の強打を前方で打ち返すブロックも恵の得意技だったが、強烈なボールの時はミスする。元々スマッシュのような高速ボールをブロックするのは難しい技である。このような組み立てで10対12でこのゲームを落とした。時々相手が思わぬミスをするためこのスコアを組み立てるのは意外と大変だった。恵の普段の動きを少し変えることで相手の予測を外す効果があった。

 恵は妙な充実感を感じ始めていた。それは相手を支配するという感覚だった。相手が少しでも不利になるように返球するのは、反復練習の成果もあり体が勝手に動く感覚に近かった。しかし、手加減を悟られることなくスコアを組み立てるには、相当な思考と正確な返球コントロールが必要だった。相手を支配する、相手を狙い通りに動かす打球。サーブ、レシーブ、ラリーに至るまで相手に注文どおりの動きをさせて結末をコントロールする。観戦者から見れば鋭いせめぎあいに見えるが、相手の好プレーもミスも全て恵が仕組む展開。それは殊の外難しく、充実感のあるゲームだった。試合は9対11で3ゲーム目も恵が落とし、4ゲームは11対5で圧勝。最終ゲームはデュースの末、恵が落とした。恵は母を見た。予想とおり険しい表情だった。伊達コーチと何か話し込んでいる。わざと負けたのを悟られたのかもと思い、急いで二人に駆け寄って頭を下げた。

「前まで勝っていた相手よ」

「恵君ぐらいの年齢くらいだと不調な時もありますよ。それに西田君は恵君のことを大分研究してましたね。対策のための練習を相当してたんだと思いますよ」

 どうやら恵の企みは見破られていないようだった。

「なんでデュースの時ねばれなかったのよ。攻めが単調だったのよ。まだ出していないサーブもあったでしょ」家に帰っても母の説教は30分続いた。

 伊達は恵が通っているクラブチームのコーチで指導を受けてから3年になる。自身も将来を嘱望されている選手だったが故障してしまい夢を諦めざるを得なかった。その後、指導者に転じた。しっかりした理論を持っており、選手の細かい部分まで観察して的確なアドバイスを出すため回りからの信頼は厚かった。クラブチームからインターハイや国体の上位の常連になった選手も伊達のお陰でここまで来れたという者が多かった。また伊達は才能のある上位の選手だけでなく、下位の選手にも分け隔てなく接し、いろいろなアドバイスを考えて指導し励ましていた。

 その後、恵の戦績は下がる一方だった。シングルストーナメントでは準々決勝あたりまでは勝ち進むものの、先に進めない。団体戦でもチームの足を引っ張るような負け方はしないが、思わぬ相手に負けて監督をはらはらさせる展開が多かった。負け試合の後の母の説教もどんどん長くなっていった。

「最近皆が何て言ってか知ってる?小さい時から卓球を教え込まれたからここまでこれたけど、才能がないって言われてるのよ。悔しくないの。それにメンタルが弱いって。最近、試合の終盤で競り負けてばっかりじゃないの。座禅でもすればいいのかしら。今度伊達コーチと相談してみるけど」

 伊達は恵の母親から言われるまでもなく恵の普段からの練習もしっかり見ていた。恵の動きはどんどん良くなっている。スピード、正確さは特に上がっている。伊達のアドバイスもすぐに理解して、そのとおりの動きができる。練習も人一倍熱心で基礎練習からクタクタになるまで全力を出し切っている。練習し過ぎで故障してしまった伊達にはむしろオーバートレーニングが心配だった。たまにクラブに顔を出してくれるOBとの練習試合ではとてもいい動きをしている。OBといっても国体で上位を争っている現役である。戦術、状況判断、アイディアなど試合運びにも才能を感じさせる。こんな恵がなぜ試合で負けてしまうのか不思議だった。一時的なスランプと思っていたがこれだけ長期の不調だと何か原因があるはずだ。

 恵は相変わらず相手を支配するというテーマに取りつかれていた。支配するためには、相手の返球を完全に読まなくてはいけない。その返球に対し自分の動きを組み立てる。相手を自分の注文どおりに動かすコースを組み立てる。それはボールの往復時間が短い卓球では脳をフル回転させても間に合わないくらいの大変な作業である。将棋のように何手も先を短期間で読む作業である。また、卓球はドライブマン、カットマン、前陣速攻など様々なプレイスタイルがあり、ラケットやラバーで球筋が全く違ってくる。恵の自宅の卓球練習場には週に一回、主に父の友人が集まって練習を行っていた。恵も小さい時から仲間に入れてもらいとても可愛がってもらっていた。結構レベルは高く社会人大会で上位に入る上級者も何人か出入りしていた。道具にこだわっているメンバーも多く、恵はいろいろなラバーやラケットを借りて練習することができた。最近のラバーの性能向上と種類の多さには目を見張るものがある。実際に自分も使ってみないと相手の返球を正確に読み切るのは難しい。自分で振ってみて反発や切れ具合、音を確認する。打球音は相手の打球がどれくらいのスピードで、どれくらいの回転がかっているかを知るための大事な情報である。

「恵ちゃん最近すごく研究熱心だね」

「それが最近スランプ気味で」と父が答える。

「道具も大事だからね。自分に合うものをとことん追求するのもいいかも知れない」

「恵に合うラケットやラバーがあったらいくらでも買ってあげるんだが。金で勝ちが買えるなら苦労はしないけどね」

 恵は長いスランプから立ち直る兆しはなかった。以前は恵を見ると他校の監督までも言葉をかけてくれたが、不調になるとスルーされることが多くなった。英才教育で上達したが才能はないという母の言葉が少し刺さる。そんな中、伊達コーチだけは相変わらず熱心に恵に声をかけ、心配してくれていた。あちこちでコーチをしていて忙しいはずなのに母親が撮った恵の試合のビデオも見てくれているようだった。

 全国中学卓球大会が迫っていた。この大会の成績が強豪校からの推薦を左右する。中学2年生にとっては成績を残す最後のチャンスである。恵の中学では3年生は受験優先で試合に出られない。恵の母は見ていられないほどナーバスになっていた。県大会の試合当日、恵は女子シングルストーナメントを順調に勝ち上がっていた。3回戦では優勝候補の一人を接戦で破り、魔の準準決勝を迎えた。対戦相手は前回敗北した西田だった。西田は恵からの勝利で自信をつけ、その後連勝を続けており今回の大会の優勝候補に挙げられるようになっていた。

 試合の展開は前回と同じで第一ゲームは手の内を探り合う展開で恵が11対9で取った。西田は急速な上達を見せていた。動きを崩すために取りにくいコースに放ったボールが強烈なドライブボールで返って来る。恵は下位の選手であれば、相当な確率で相手のサーブ、レシーブを支配できるようになっていたが、上級者だと完璧な組み立ては6割くらいで、支配を組み立てる前に勝敗がついてしまっていた。第2ゲームはロングドライブの激しい打ち合いになった。敢えて西田の得意なドライブ戦で対抗した。中学生離れした見応えのある応酬だったが、西田の長いリーチからの左右への強打に恵が対抗できない場面が多くあり8対11で恵が落とした。休息タイムでは予想どおり西田とドライブ戦で付き合うなという指示が出た。これも恵の支配の一つだった。試合の組み立てのためには監督も支配する必要がある。第2ゲーム、恵は前陣速攻に切替えて、下回転や回転の少ないスピードボールを使った攻撃に転じた。相手を左右に振り、強打をブロックする。恵の強力なブロックが決まって一時はリードしたが、後半成功率が下がって追い上げられてしまった。決め球の強力なスマッシュを前陣で打ち返すのは、上手く入れば相手への心理的なダメージも大きいが、失敗すれば相手を調子づかせてしまう。そのまま追い込まれてこのゲームも落としてしまった。監督の指示は無理にブロックしないでつないでチャンスを待てというものだった。これも恵の作戦どおりだった。

 第4ゲームはとにかく返しにくいコースに返球して甘いボールが返って来るチャンスを待ち、スマッシュで点を取る戦法で11対7で恵が取った。決勝の第5ゲームは点を取り合う接戦となった。恵のコース取りは段々西田に読まれるようになり、回り込まれ強力なドライブボールが返ってくる展開が増えた。また、西田はこれまで見せていなかったサーブも繰り出して恵の甘い返球を誘った。デュースの末、12対14で恵は敗退した。監督に挨拶に行き頭を下げた。先程までビデオを撮っていた母の姿は見当たらなかった。すこしほっとしたが、後が怖いと思った。

 中体連が終わっても恵は変わらず通常の練習を続けていた。恵の母は日によって悲嘆にくれたり、露骨に不機嫌だったりで恵は距離を取って接していた。試合の3日後、伊達コーチが声をかけてきた。

「恵、残念だったね。殆ど差はなかった」

「すみません。力が及びませんでした」

「試合のビデオを見たけど第2ゲームの9対8でリードしてた場面覚えているかな?」

 恵は試合内容ははっきりと覚えている。その場面は西田のサーブで下回転の速いボールがミドルに飛んできていた。恵は少し回り込んでフォアへ強いスピンのかかったドライブボールを返していた。

「あの場面はそのまま西田君のミドルを攻めてた方が良かったと思うんだけど、どうしてフォアドライブで返したのかな」

「ドライブの打ち合いで勝てると思ったんです」

「うーん。まさかと思うけど恵は相手に有利なように試合を組み立てたりはしてないよね」

「まさか。そんなことはないです」

 その時、突然涙がぼろぼろと零れた。恵の心の奥底の別の人格による不意打ちのようだった。感情の高まりも嗚咽もなく、ただ制御不能に涙が噴出していた。恵は目にゴミが入ったような仕草で取り繕うとしたが無駄だった。伊達は慌てふためいた。

「いや、ごめん。変なことを言った。恵はベストを尽くした」

 恵はそのまま走って練習場から出て帰宅した。

 翌日、恵は熱があると言って学校と練習を休んだ。これ以上伊達コーチを騙すことはできない。ベッドに横になって見たくもないテレビを見ていた。学校はともかく、練習を休んだのは何年ぶりだろうか。練習が全くないのはこんなにも楽なことだったのだと改めて思った。他方、練習がないとすることがない自分にも気づかされた。翌日も頭が痛いと言って寝ていた。食事は殆ど取らなかった。

 5日後、母親は恵を無理やり病院に連れて行った。内科ではなく精神科だった。中年の女医は時間をかけて様々な質問をしてゆく。恵は概ね正直に答えた。母親のことや友人関係の質問もあった。いつも遊んでいる同年代の親友が一人もいないと答えると女医は少し時間をかけて何かメモしていた。勉強や卓球の意欲が湧かない部分は大袈裟に答えた。突然また涙が出た。しかし、今回は内側の自分との折り合いが大分ついていた。いつからこんな嘘つきになったのだろう。全部打ち明けて謝罪したらどんなにすっきりするだろう。卓球に限らず競技スポーツは騙しあいの側面がある。しかし自分は駆け引きに憑かれて心の奥まで腐ってしまったのではないだろうか。恵は滅多に泣くことはなかった。もしかしたら本当に精神が病んでいるのかも知れない。

「卓球はしばらく休みましょう。学校は行きたくなったら行っていいけど無理しなくていいから」

 と最後に女医は諭すように言った。恵は女医の目を見れなかった。

 恵の後に母親が呼ばれ、質問や説明を受けていた。恵の診断名は中等度の適応障害だった。学校や練習はしばらく休み、2週間したらまた受診することになった。

 翌日、恵は薄いグリーンの封筒と便箋を買ってきて手紙を書いた。


 伊達コーチへ

 この間はいきなり泣いてしまい驚かせてしまったと思います。ただ、泣いたのはコーチから、わざと負けたのかと聞かれたからでは決してありません。いろいろ限界に来ていたのだと思います。昨日、精神科に行って適応障害と診断されました。伊達コーチからは本当にいろんなことを教えてもらいました。昔は才能があると良く言われましたが、才能が何なのか今も良くわかりません。ただ、コーチが言ってくれた「恵は丈夫でハードな練習でも全く故障しない。千人に一人の才能だ」と言って下さったことは信じます。とても嬉しかった。私は卓球を続けられるかわかりませんが、コーチはこれからもいい選手をいっぱい育てて下さい。今までありがとうございました。

                                  恵


 手紙を書いているうちにまた涙が溢れた。自分はいつからこんなに泣き虫になったのだろう。手紙は3回書き直した。丁寧に書いているのによれ曲がっている自分の字が情けなかった。

 それから三日ベッドで過ごしたが、空腹に耐えられなくなりこっそり外出してハンバーガーをむさぼるように食べた。繊細な拒食症の少女になるのは無理だと悟った。それから食事は普通に取り学校に行くことにした。卓球の代わりに勉強に集中することにした。無理やり勉強させられて卓球ができなかったという母親への当てつけもあった。勉強の傍らユーチューブを見はじめてダンスと武術の動画がお気に入りになった。卓球と違い全身をダイナミックに動かす姿は新鮮で興味が尽きなかった。

 ある日、体が骨と皮だけの老婆になって動けなくなる夢を見た。うすうすわかっていることだった。練習を休んで、今まで築いてきた筋力、心肺機能、技術などが失われてゆくのは恐怖に近いものだった。こっそりスクワットと腕立てをしてみた。飽き足らなくなって宙返りをしてみた。運動をしていることに気づかれないようにふわっと飛び上がり、ふわっと着地する。忘れそうになっていた感覚が戻ってきた。体を動かすことはとても気持ちのいいことだった。無性にラケットを握って素振りをしたくなったが我慢した。以前のような鋭い振りはできるだろうか。まだ練習を止めて10日くらいしか経っていないのだけれど。

 市内に空手道場があるのを知った。見学させてもらった。そこそこ大きな道場で小学生の部から社会人の部まである。恵が訪れた時は社会人が練習しており迫力のある基礎練習や組手を見て自分もやってみたくなった。両親に相談するとすぐ許可がでた。適応障害の診断以来、恵への両親の態度は腫れ物にさわるようになっていた。最初は中学生と初級の高校生の部で週2回通った。家でも練習するようになった。恵はめきめき上達していった。午後9時からは自由練習の時間になっていて、主に社会人が形の練習や組手の模擬戦を行っていた。

 恵も混ぜてもらうことにした。熱心な恵は徐々にみんなから可愛がられるようになった。恵の自宅の卓球練習場で父の友人と付き合うのと同じ要領で愛想を振りまき、いろいろ教えてもらうようになった。恵が上達してくると、お遊びで組手をさせてもらえることがあった。基本的に白帯のうちは組手はしない。師範がいない時を見計らって恵に前蹴りや中段突きを入れさせてくれる。ところが上級者は恵の蹴りや突きを受けてもびくともしないのだった。実力差を思い知らされるのだったが、男女差も意識せざるを得なかった。そもそも格闘技はガタイがいい方が格段に有利である。ボクシングではその差を調整するため体重によっていくつもの階級に分かれている。階級が上の選手の重いパンチを食らえば軽量級の選手は吹き飛ばされてしまう。筋肉が少なく体重が軽い女性は相当に不利である。恵は無謀にも男性上級者を倒す方策を模索してみる。突きは余程の急所に当たらなければ効かないだろう。足の筋力を生かせる蹴り中心の攻撃がいい。スピードは鍛えれば上がりそうなので、攻撃を躱しながら急所にピンポイントで当てるスタイルだろうか。

 恵の形は短期間に上達していった。地方大会への出場がとんとん拍子に決まった。恵は形の練習に熱心に取り組んだが、物足りなさを感じていた。卓球のような相手との直接勝負が性に合っているらしかった。形も相手と一対一の勝負で審判が判定する。正確さ、力の緩急、技の威力、気迫などで優劣を競うが、今ひとつピンと来ない。

 半年後、念願の色帯がもらえた。恵は最初から同年代の子と対等な組手ができた。師範からは基礎が出来ているから上達が早いと褒められたが、前からやっている子達からは敬遠されるようになっていた。しかし、組手は卓球に比べて手加減が簡単だった。相手に合わせた戦い方であまり浮かないように心掛けた。その鬱憤を夜の部で発散するようになっていた。まだまだ上級の先輩に歯が立たなかったが以前のように恵の攻撃をノーガードで受けてくれることは無くなった。油断しているとくらう、と上級者からも一目置かれるようになった。恵は自宅にサンドバッグを購入して鋭い突きや蹴りの研究をした。全身の体重を拳や足に乗せ、当たった瞬間、全身の筋肉を動員して衝撃波を送り込む。サンドバックの中の砂がみしっと砕ける感覚だ。しかし、悩みもあった。威力ある攻撃を行うためには拳や足先の強度を上げる必要がある。拳立てやサンドバックを打ち続けるうちに恵の手には空手タコができ、足もごつい感じになってきた。骨密度が上がるのはいいが、ごつくなるのは嫌だった。肩幅も広くなってきている。サポータを付け、クリームを塗って空手タコの治療に励むのだった。目指しているのはモデル体型のアスリートである。しかし、男子より女子に人気が出てきてしまっている。先日は1年生の女子からガチの告白を受けてしまった。

 夜の練習で上級者から相手をしてもらうようになって、卓球で取り憑かれた「支配する」という感覚が再び目覚めてきた。高校に入るころには恵は大分認められるようになり形の部で県3位に入賞した。しかし、あまり目立ちたくないという気持ちも強くなっていた。師範がこのまま精進すればオリンピックに出られるかもしれないと言い出した。また「オリンピック」だ。おそらく空手がオリンピックの種目になることはないだろうけれど、いくつかの世界大会は開催されている。「卓球ばか」から「空手ばか」への転身は嫌だった。昔のように組手では相手を支配しつつ有効打を打たない練習をするようになった。反動は自宅のサンドバッグにぶつけていた。より速く強く。

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