小人女子高生のとある日の奮闘劇
異世界サボテン
小人女子高生の異世界冒険譚~外伝
「ただいまー!」
エノクの帰宅の声が聞こえてきた。
私は彼に「おかえりー」と返事をするものの目の前の読書に夢中で注意散漫になっていた。
すると、その時だ。事件が起こったのは……!
グラ……!
「んっ……?」
ゴゴゴゴゴ……
ふと目の前の本から顔を上げて見ると、周囲に高く積み上がった本が蠢いていた。
それはまるで津波のように私に押し寄せてきているように見えてしまう。
いや、ていうか……実際来ているし……!!!
「うわ・うわ・うわっ……!!!」
慌てて私はその場から逃げ出そうとする私!
しかし、四方八方から押し寄せてくる本の津波を交わすことは無理ゲーもいいところだった!!
ドドドドドドドド!!!!
「ふぎゅうううう!!」
カエルが潰れたような変なうめき声を上げながら私は津波にそのまま飲み込まれてしまったのだ!
・
・
・
・
・
「レ……」
「レ……イナ」
「レイナ……!!!」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえてくる……
この声は……エノクだ……
奈落の底に沈んでいた意識を徐々に浮かばせていくと、私はゆっくりと目を開いた。
「あれ……エノク……」
目を開くとエノクが私を上から心配そうに覗いていた。
その表情は強張っており、私の安否を気にかけているようだった。
「ああ……良かった!」
「気付いたようだね……!」
そう言った後エノクは私を覆っていた本の山を振り払いながら片付ける。
それで私は自分の身に何が起こったか思い出した。
「あ……そっか。私、本の山に埋もれちゃったんだ……」
そう言って自分の身体をペタペタと触って、おかしな所がないか確かめる。
幸いなことに大事に至ることは無かったようだ。
「とりあえず、無事で何よりだよ!」
「……まったく!あの”妖精”後で捕まえて、レイナに謝罪させなきゃ!!!」
エノクがそう言って何故か憤慨していた。
「……へっ……?」
……妖精?
エノクの言葉の意味が分からなかった私は思わず首を傾げてしまう。
「妖精って何?妖精が現れたの?」
突然現れた妖精という単語についてエノクに尋ねる。
すると、今度は彼が腑に落ちない表情で私を見ながら答えてきた。
「なに……って」
「さっき、レイナにいたずらを仕掛けてた妖精だよ!!」
「さっき本の山を崩してレイナを生き埋めにしたじゃないか!」
「覚えていないのかい?」
「……私を生き埋めにした妖精……」
直前の私の記憶では心当たりがなかった。
妖精のせいで周囲にある本の山が崩された覚えなんてない。
本が崩れて私が生き埋めになってしまったのは、変にバランスを欠いた状態で本を積み上げてしまった私の責任だ。そして、私が生き埋めになってしまったのも、読書に夢中で周囲の本の状況に目を向けていなかったからに他ならない。
……どうも彼と私で記憶に齟齬があるらしい。私は確認するべく再度エノクに尋ねた。
「……ごめん。エノク、その妖精について詳しく知りたいわ」
「どんな外見のやつだった?」
「……どんな外見って……」
私の質問にまたしても戸惑いの表情を浮かべながらエノクがそう呟く。
そして、彼は腕を上げてすっと指を差したのだ。
「……そこにいるじゃない」
「はい?」
彼の指差す方向に視線を向けるとそこには”何か”が確かにいた……
羽をヒラヒラさせながら空中を飛翔し、こちらを挑発するかのようにくるくると部屋の外周を旋回している。
捕まえてみろと言わんばかりにこちらに手を振りながらニヤけ顔をした小さな飛行生物だった……
そいつは金髪のショートカットの女の子で、局部を最低限のさらしだけで覆い隠し、私と同じくらいの背丈に羽が生えた人間。くっそ生意気でどこかで見たことがある外見をした妖精だった。
……ていうか、めっちゃ見覚えあるし……
「リリーじゃん……」
「何してんねん……あんた」
リリーは家の中にある備品にいたずらをしていた。
エノクが持ち込んだ魔道具の試作品をペタペタと触っていた。
その様子は無邪気な子どもそのもので、与えられた玩具を興味津々でいじっていたのだ。
「ああ……もうっ!こら勝手に触るな!!」
「怒るよ!僕!!」
「…………♪」
エノクの抑止の言葉にもリリーはまるで耳をかさない。
意地悪そうに空中を高速で飛翔しながら、棚に置かれた色とりどりの魔道具を弄ることに夢中になっていた。
「……”捕まえてみな!”だって?」
「……いいよ、だったら君の望み通り、捕まえちゃうからね!」
うん?
エノクが急に何か挑発の言葉を受け取ったかのように怒りながら、隣の部屋に向かった。
特にリリーとエノクが言葉を交わした様子は見られなかったのだけど、恐らく魔力波をエノクを読み取ったのだろう。エノクは翻訳魔法を持っているからリリーの念話も認識できるのだ。たぶん、リリーが”止めたかったら捕まえてご覧?”みたいな生意気な事を言ったのだろう。
状況を把握した私はリリーを止めるべく彼女に声をかけた。
「ちょっとーー!リリー!!」
「姿消したと思ったら、いきなり来て何してんのよ、あんた!!」
「迷惑だから暴れるのやめなさいよ!!」
そう言って私は怒ったのだが、リリーは私を小バカにするようにクスクスと笑いながら暴れるのを止めようとしない。
「……♪♪」
そしてこれまで以上に部屋をブンブンと飛び回って周囲の備品や食器……そして、魔道具を引っ掻き回していってしまう。
ガシャン!!ドカシャン!!パリン!!
「……こんにゃろ!」
私は腹を立てて怒りの声を上げるものの、彼女は私が届かない高度を飛び回っていた。
とても彼女を止める事ができない。
しばらくその場で苦々しくリリーを見つめていると、隣の部屋からエノクが戻ってきた。どこからともなく引っ張り出してきた”虫取り網”を携えながら……
「……よーし、捕まえちゃうからね!」
「お仕置き覚悟してもらうよ!」
そう言って彼は鼻息荒く、リリーを睨みつけた!
って……虫取り網かーい!
一応彼女は妖精なのに虫扱いはどうなのよ……
捕まえるのに便利なのは分かるけどさ……
心のなかで若干呆れながらエノクにツッコミを入れる私。
リリーは私と同じくらいの大きさだから、虫取り網にもギリギリ入る大きさだ。
高速で部屋の中を飛び回っている彼女をジャストで捉えて網の中に入れるのはかなり難しい。
むしろハエたたきのように叩き落としかねない。
「……エノク……一応加減はしてあげてね」
そう、ぼそっと言って一応彼に釘を差す。
……まあ、仮にも彼女は私の親友なのだ。お仕置きされるのは仕方ないが、虫扱いされるのは私自身の境遇もあるし、ちょっとやるせない気持ちになってしまう。
まあ、と言ってもエノクがリリーを捕まえるのは至難の業なのは分かっているのだが……
「ていっ!」
「このっ!」
エノクが虫取り網をブンブンと振り回し、リリーを捕まえようとする。
しかし、そんな彼のスイングを彼女はひらりと躱していった。まるで捕まる気がしない。
「はぁ……やっぱり……そうか」
私は愕然と頭に手を置きながら、溜息をついてしまう。
あれはこの間彼女に見せてもらった妖精の特殊能力”未来予知”だろう。
一瞬先の未来を見通している彼女にとってエノクのスイングを躱すのはお手の物だろう。
「くっ……くそう……」
「な……なんでだよ!?」
彼はこれまで妖精には会ったことがあると言っていたけど、実際に妖精のスキルを見るのは初めてなのだろう。
リリーの華麗なる避け技にエノクは見事なまでに翻弄されていた。
そんなエノクを手伝って上げたいと思うのだが、私は飛ぶことは出来ない……。この小人の状態ではでリリーが滑空している上空まで背が届くこともない…
どうしたものかとしばし悩んでいると、ふと自分の持っているスキルについて考えが及んだ。
あらゆるものを巨大化させる魔法”グロース”。
あらゆるものを縮小化させる魔法”ミニマム”。
この2つの能力は私が転生した時に得たプライマリースキルだ。
しかし、私がこんな状態になってしまっているもんだから全く役に立たないスキルになってしまっていた。
今まで使えない能力として自分の考えから除外していたのだが、こういうちょっとした手助けに使う程度なら役に立つかもしれない……
「……例えば、虫取り網を大きくして、リリーを捕まえやすくするとかなら出来るはず!」
自分ながらナイスアイディアだと思う。
早速奮闘するエノクに声を掛けようとしたのだが、事態は思わぬ方向に進んでいた。
「やった!ようやく捕まえたぞ!観念しろ!!」
その意外な言葉に彼が持っている虫取り網の先端を見てみると、中にリリーが捕まっていたのだ!
「えっ!?……捕まえられたんだ。エノクやっるぅー!」
思わず感嘆の声を私は上げてしまう。
私が何回消しゴムボールをマシンガンのように射出しても空振りさせられたあのリリーをエノクは捉えていたのだ。
しかし、捕らえられているはずのリリーが網の中で妙におとなしくしているのが気がかりで首を傾げてしまう。
捕まってしまったからといって、あんなに大人しくしている子だったっけなぁ……?
「さあ!おしおきだ!」
「部屋の中キレイにして貰うまで返さないからね!」
そう言ってエノクはプンプンと怒りながら、虫取り網を剥いていく。
片方の手でリリーを抑えておきながら、もう片方の手で網をめくった時だった。
中からしたり顔をしたリリーが現れたのだ。
その手には自身の身長の半分ほどもあるステッキのようなものを持っていた。
「えっ……」
「えっ……」
私もエノクも同時に呆気にとらわれる。
いつの間にあんな変なものを……
「……☆◯△□♪」
リリーがステッキを振りかざしながら、声にならない呪文をぶつぶつと唱えている。
「……ま、まさか……それは先史文明の”負の遺物”!!?」
「ちょっと、君、待て!」
エノクがリリーのステッキを見て目を大きく見開いた。
だが、リリーはエノクの言う事を聞くはずもない。
「……♪♫♡」
リリーがエノクに向けてステッキを向けた次の瞬間、驚くべきことが起こったのだ!!
チュウウウウウウウン……!!
「リリーが大きくなっていっている!!?」
「違う……エノクがちっちゃくなっているんだ……?!!」
……それは一瞬の出来事だった。
リリーを捕らえていたエノクの身体は見る見るうちに小さくなっていき、虫取り網とリリーを捕らえていた手はそれを掴みきれる事が出来なくなってしまったのだ!
「あ……あ……あ……」
……エノクは自分の身に何が起こったのか理解が追いついていないようだ。
うめき声を上げながら自らの身体のペタペタと触って必死に頭の中を整理している。
私もあまりの衝撃的な展開に呆気にとらわれてしまう。
「ええええ!!!?」
「うそ!!?何が起こったの!!!!?」
驚いた私は小さくなったエノクの元に駆け寄り、彼に声を掛けた。
彼は呆然としながら私の方に振り向くと、私を上から下へと全身に目をやった後、私を”見上げてきた”のだ。
「レ……レイナ……」
「なんで僕がレイナを見上げているんだ……?」
彼はそう言った後、震える手を伸ばして来て私の顔を触ってきた。
私が実物かどうか確認したかったようだ。
私もエノクの手を取って、彼が実在しているのかを確かめた。
そして、信じられないことだが、彼の実体は確かに私の目の前に存在していたのだ。私が彼を見下ろしているという状況で……!
……そう彼のサイズは私とリリーと同程度まで小さくなり、小人サイズになってしまったのだ!!
実寸台の身長は彼より私の方が高かったはずだから、見下ろしているのも理解できる。
「エノク……なんでそんなに小さくなっちゃったのよ……?」
「なんか……リリーにされたの……!!?」
「……!」
未だ、半ば放心状態の彼の肩を揺さぶり、私はエノクに問いかける。
すると、私達のそんな状況を楽しむかのように、虫取り網から抜け出たリリーがヒラヒラと私達の上空に浮かんでいた。
彼女はクスクスと笑いながら、ステッキをクルクルと回して私達に見せつけていた。その顔をいかにも得意げであり、「ステッキの力は凄いでしょー?」とても言いたげだった。
私はそれを見てカチン!ときて、彼女に向かって大声を張り上げた!
「ちょっっとおおおぉぉ!!リリーー!!!」
「あんた何してくれてんねん!!?」
「さっさとエノク戻しなさいよ!!この、バカーーー!」
しかし、その声は柳に風の効果しか無かった。
彼女は上空でチッチッチと指を振った後、指をクイクイッ!と内側に向けて私を煽ると、そのまま手をヒラヒラと振った後、ヒューン!!!と窓から飛び去っていってしまったのだ!!
「”戻して欲しかったら、私を捕まえてみなよ。じゃあねーー♪”だってさ……」
振り返るとエノクが頭に手を当てながら私にそう言ってきた。
「……はぁ」
「あんないたずら好きな妖精初めてみたよ……」
「彼女はレイナの知り合いかい?」
私は相槌を打ちながら彼に答える。
「うっ……うん。まあ……そう……」
「不本意ながら私の親友でございます……」
「って……それより……エノク大丈夫なの!!?」
再びエノクの両肩に手を置いて彼を揺さぶると、彼は苦笑いをしながら言葉を返した。
「……う、うん。大丈夫じゃないけど……」
「とりあえず、怪我とかはないよ……」
「まさか、僕がレイナと同じ1/10サイズにさせられるとは思わなかったよ……」
そう言った後、再び彼は顔を上げて私の全身を下から上へと眺めていった。
そして、エノクは顔を背けてボソリと呟いてきたのだ。
「同じサイズだとレイナって……僕より全然背が高かったんだね……」
「ちょっと男としてショックかも……はぁ……」
「……へっ?」
なんか彼はそれで溜息を吐いて再び落ち込んでしまった……
……いや、まあ、私は女子でも身長が高い方だから、元のサイズだと彼の方が身長が低いのは分かっていたことだけどさ……
だけど、今はそんな事はどうでもいい。
なんでこんな状況になったのか解明するほうが先決だ。
「ちょっとぉ……!そんな事で今落ち込んでないでよね!」
「それより、状況を教えて頂戴!」
「あの、ステッキにエノクは心当たりはあるの!!?」
「なんでエノクは小人になっちゃったのよ!!?」
そう言って、再び彼に問いただす。
すると、彼はしばし考えた後答えてきた。
「……たぶんあれは”代償のステッキ”だね」
「あの妖精があれをどこで手に入れたかは分からないけど……あれは先史文明の強力な負の遺物さ」
「生贄となる人物に呪いを掛ける見返りとして、魔力を発生させるという呪いの魔道具だ」
「掛ける呪いが強力であればあるほど、発生させる魔力もとてつもないものになるんだ」
「しかも、生贄は使用者本人じゃなくてもいい」
「使用者本人以外の誰かにステッキの呪いを受けてもらって、本人はステッキに溜まった魔力を使い普段以上の能力を発揮するという使い方も出来るんだ」
「……うげっ、なにそれ。酷すぎる魔道具ね……」
エノクの説明を聞いて思わず私は顔面が蒼白になってしまった。
あまりに人道にもとる魔道具の効果に驚かざるを得なかった。
まさに悪魔の魔道具と言って良い代物だ。
これは開発した人物はきっとろくでなしなのは間違いないわね……
「……じゃあ、エノクはリリーにいたずらでステッキの呪いを掛けられちゃったって事……?」
私の質問にエノクが頷く。
「……うん。たぶん。そう……」
「レイナと同じ”縮小化”の呪いだね……」
「縮小化はあらゆる呪いの中でも上位に位置する程の強力な呪いだから、きっとあのステッキには大量の魔力が溜まったはずだよ……」
「まったく……いたずらするにも程があるよね!」
「あの妖精絶対捕まえなきゃ!」
そう言ってエノクは静かに憤慨していた。
意外にもそこまで落ち込んでいないのは幸いだった。
「ところで、エノクにかかった”呪い”は解除できるの……?」
「私と同じ縮小化に掛かったなら、普通は解けないんじゃないの……?」
そう言って私は恐る恐る彼に聞いてみる。
もし、私と同じ”バッドステータス”に掛かったのなら……私達に降り掛かった状況はもの凄い深刻なものになる。
エノクは眉間にシワを寄せて、何とも言えない微妙な表情をしながら首を振って答えてきた。
「幸い……って言い方は可笑しいかもしれないけど……流石にレイナの”バッドステータス”程この呪いは強力じゃない」
「僕の掛かった”呪い”は大魔王が掛けた訳ではなく、あくまであのステッキが掛けた呪いだからね」
「時間が経てば呪いの効力ももとに戻るはずだよ」
「もしくは、あのステッキを取り戻して呪いを解呪させるか、ステッキそのものを破壊すれば呪いも解けると思う」
「……そ、そっか!……よかったー!」
私はエノクの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。
私と同じようにエノクもずっと小人のままだと思って焦っちゃったじゃない……
「それなら、リリーを懲らしめるにしてもエノクの呪いが解けるのを待った方がいいかもね」
「どれくらいで解けるの?」
私はなんとなく、すぐ解けるだろうという感覚で彼に聞いたのだけど、ここで予想外の回答が彼から返ってくる。
「……それは、分からない……」
「1時間以内に戻るかもしれないし、1日後かもしれない……」
「あるいは……1年以上掛かるかもしれない」
「解呪の時間は全く予想が付かないんだよ……だけど、すぐに戻るとは思わないほうがいいかも……」
それを聞いて私は唖然として再度彼に問いかける。
「……えっ……マジ?」
「うん……マジ」
エノクが私の問いかけに力なく頷く。
彼の言葉を聞いて再び私はどんよりと気が重くなる。
エノクがすぐに元のサイズに戻れるのならこの状況も大したことではないが、彼が戻れないとなったら事態はやはり深刻だ。
彼も小人状態のままだったら私達は普通の生活をしていくことすらままならなくなる。
一刻も早くリリーを捕まえて、ステッキを取り上げてエノクをもとに戻さないとならないという事だ。
「じゃあ……やっぱりリリーを捕まえてエノクの呪いを解除させるしかないか……」
「エノク……この状況であの子を捕まえる方法は何かありそう?」
「ごめん……僕にもいいアイディアはすぐには思い浮かばないよ……」
エノクはそう言って、腕組をしながらしばし物思いにふけってしまう……
彼もこの状況でリリーを捕まえるのは困難だと思っているのだろう。
小人になってしまった私達が、空中を高速で飛翔するリリーを追いかけるのは不可能も良いところだからだ。
「……そうね……それだったら……」
「悪あがきしないよりも、マシか……」
「……?」
エノクが私の呟きに首をひねる。
私は頭に思い浮かんでいた方法を試すことにした。
……いずれにしてもリリーは追いかけないといけない。状況が少しでも”マシ”になるのなら使ったほうがいいだろう。
私は「ふぅ……」と一息吐くと、エノクから少し距離を置いて集中する。エノクはそんな私に目をパチパチとさせながら注目していた。
彼の視線を受けながら私は自らの能力を発動する!
「グロース!!!!」
……そう、私が思いついた方法は本当にただの”悪あがき”だった。
少しでもサイズが大きいほうがリリーを追いやすくなるだろうという単純な考えで私は”巨大化魔法”を詠唱したのだ!
巨大化魔法といいつつ、小人の私が使ってもその効果は微々たるもの。
使わないよりマシだろうと思ってなんとなく使ってみただけだった。
しかしここで、予想外の事が起こったのだ……
ググググ…………!!!
「あ……あれ?」
「レ……レイナ……!!?」
エノクが呆然と私を見上げている……
私を見上げるその首の角度は徐々に急角度になっていき、彼は天井を見上げるかの様にぽかんと口を開けながら私を見つめていた。
一方、私は両手を見つめながら自身に起こった事象に戸惑いを隠せないでいた……
私の目線はどんどんと高くなり、周囲に積み上がった本の高さを越え、高い丘のように感じていた部屋の中にあるデスクすら越えていく……
そして、目線が動かなくなった後、私は改めて周囲を見渡す。同時に自分の手足を動かしながら、周囲の構造物と自分の大きさを比較する。
それは久しく見なかった人間の目線の高さだった……!
「……う……うそ!!?私大きくなっているじゃん!!!?」
……そう。なぜだか分からないが私は元の人間の大きさに戻っていた!
バッドステータスによって縛られた今の私の能力では巨大化魔法を使ったところで1.1倍の大きさにしかなれなかったはずだ。
ところが今の魔法で私は10倍の大きさに巨大化したのだ。あまりに予想外の事態にしばし私は上の空になってしまった。
そんな私にエノクが下から呼びかけてくる。
「おーーい!!」
「レイナ!レイナ!!聞こえるかい?」
「聞こえているなら返事して!!」
「あっ……エノク……ご、ごめん!!」
そこで私は大声を上げて両手をブンブンと振っている足元のエノクに気づいた。
私を見上げるエノクが小人のようにちっちゃくなっていた。
私はエノクに危害を加えないようにそっと床に膝をつくと、彼の前に手を置く。
エノクはそれで私の意図を理解したのか、私の手のひらにぴょん!と飛び乗ってきた。そして、私はそのまま彼を持ちながらそっと立ち上がったのだ。
私は改めて周囲を見渡した後、お人形の様に可愛くなったエノクを見つめる。
「……エノク……これ一体どういうこと?」
「なんで私こんなに大きくなれたのよ?」
「…………」
エノクはしばし腕組をしながら考え込んだ後、私を見上げて言ってきた。
「……あくまで僕の推測だけど、これも”代償のステッキ”の効果なのかも……」
「代償のステッキの魔力は、使用者とその使用者が認めた相手なら力を引き出すことが出来るのかもしれない……」
「レイナとあの”リリー”って妖精の子は親友同士なんでしょ?」
「もしかしたらそれでステッキの力を共有できているんじゃないかなぁ?」
「……なるほど……」
彼の言葉に私は相槌を打ちながら考える。
確かにこの状況を考えても最もらしい理由がそれくらいしか思いつかない。
しかし、理由はこの際あまり重要ではないだろう。理由がなんであれ、私達はこの状況を利用しない手はないからだ。
「……それなら、エノクにも”グロース”を掛けてもとに戻るかやってみるわね……」
「エノクちょっと、そこの机の上にいてくれる?」
「……えっ……う、うん」
私の突然の言葉に彼は戸惑いながらも頷く。
私は彼を机の上に下ろすと、エノクに対して右手を掲げる。
「グロース!!!」
私の詠唱の声がダイニングルームに響き渡る。
…………
「……あれ?」
その呟きとともに私の右手は空中を虚しくさまよう。
能力を発動したのにエノクの身体に変化がなかった。
エノクは机の上にちょこんと座りながら自分の体をペタペタと触って確認していた。
彼は目線を上げると、戸惑いを表情に宿しながら私に言ってきた。
「レイナ……特に変わった感じがしないかも……」
「……うーん……?」
エノクの言葉を受けて私はしばし顎に手を添えながら考える。
そこで自分の中の魔力に目を向けて見ると原因が分かったのだ。
”転生者の巻物”を開いて自分のステータスを確認するとMPが【0】になっていた。
「うわぁ……魔力切れじゃん……」
そう言って私はがっくりと肩を落とした。
「ああ……そういうことか……」
エノクも私の呟きを聞いて苦笑いを返していた。
いくら魔法効果が発揮できるとしても、能力を発動するためのMPがないんじゃお話にならない。
MPが最低MPコストの【5】に回復するまで能力の発動はお預けだった。
だが、それを待っているなんて出来ない。
私の巨大化の効果もいつまで継続するかわからない。これまでの経験から考えると、効果時間は僅かなはずだ。時間を無駄にすることは出来なかった。
私は「よしっ!」と気合をいれると、エノクに向かって言った。
「……嘆いても仕方ないわよね。巨大化の時間も限られている事だし……」
「……エノク!リリーをすぐに追うわよ!乗って!」
そう言って、私は再度エノクの前に手を置いた。
エノクはすぐに状況を理解すると「わかった!」と言って私の手にぴょん!と乗ってくる。
私は彼を持ち上げると、私がいつも入っている防護カバンに入れた。その状態で防護カバンの紐に肩を通して背負う。
私は青と白を基調としたフリルのドレスを着ていた。
着替え用にエノクがお人形やさんで買ってきた服だった。これはこれで可愛いのだが、運動用にはちょっと向いていなかった。
本当はラフなTシャツと短パン。もしくはスポーツウェアみたいなものがあればいんだけど、残念ながらそんなものはない。
「ちょっと動きにくいな……」
「それにこのカバン……」
私はそう呟きながら、防護カバンに目を向ける。
なるほど……いつもエノクはこんな感じで私を運んでいたのか……
こうしてみると意外にこのカバンってでかいわね……
新鮮さと少々の驚きを感じながら私は外へと繋がるドアを開ける。
ギィ……バタン!
扉を閉めて、先へと続く廊下に目をやる私。
廊下からはバラの香水の匂いが立ち込め、女性が生活している空間であることを主張していた。
シックで落ち着いたレンガ作りの空間であり、ここでアイナさんを始めとした第9近衛騎士団の女騎士達が生活をしている。
防護カバンの中からは何度も見た光景ではあるが、人間の高さの目線で改めてみると感慨深いものがあった。
いけない……いけない……
今はこんな事で感動している場合じゃないわね……
「エノク……走るわよ?」
「少々揺れるかも知れないけど、我慢してね」
そう言って防護カバンの彼に言うと、カバンの内側から「トン!」と返事が返ってきた。
私はそれを見て小さく頷くと、急いで宿舎の外に出る。
幸いな事に他の女騎士達と廊下ですれ違うことは無かったし、入口には見張りの兵士もいなかった。
しかし、宿舎の外に出た瞬間、私は周囲の違和感に気づくことになる……
「……静かすぎる……」
それが外に出て私が最初に抱いた感想だった……
私がこれまで防護カバンの中から見た王宮の風景とまるで状況が異なっていた。
いつもは周辺から馬車の移動する音や、兵士たちの掛け声で何らかの生活音は届いてきているはずなのだ。
それが今はまったく周囲から聞こえてこない。明らかにこれまで経験したことがない状況だった。
防護カバンを掛け直しながら私は周囲を警戒する。
手のひらにじんわりと汗が滲み出ているのを感じながら、私は慎重に王宮の中央街路に向けて歩みを進めていく。
やがて中央街路にもう少しという所まで進んだ時に、僅かだが、向かいの通路から人々の声が聞こえてきたのだ。
私はその声に私は安堵する。
「……なんだ……誰もいないかと思っちゃったじゃない……」
ふぅ……と一息吐きながらメインストリートに入る。
すると、そこでは驚愕の状況に出くわしてしまうのだった。
「うわぁ!!助けてくれーー!!」
「なんで俺達、こんなちっちゃくなっちゃたんだぁ!!?」
「呪いだ!これは悪魔の呪いだぁ!!」
阿鼻叫喚の声を上げる人々を唖然としながら私は見つめていた。
各省庁の建物や兵舎、そして、王のいるヘルヴォルの館に通じている王宮のメインストリートは人通りが非常に多い。
いつもは荷馬車や兵士の往来が盛んで、エノクは街路の端っこを歩いて彼らに道を譲らざるを得なかったのだが、今は別の意味で踏み入れるのを躊躇してしまう。
「みんな小人になっている!!!?」
メインストリートを見渡した私の前に現れたのは小人たちだった!!
王宮で働く官僚や、市場で働く商人、兵士。そして、王宮に物資を運んでいる運送業者や、果ては荷馬車を率いている馬さえも……!
すべてが1/10のサイズに縮小してしまっていたのだ!!
「う……うそ……」
「ま、まさか……これ全部あのステッキの呪ぃ~!?」
あまりの被害の大きさに、私は思わず頭を抱えてしまう。
そんな私の足元をちょこまかと動きながら、混乱しながら右往左往している兵士達。
彼らは私を見つけると、ちょこちょこと走ってきて、必死な形相で声を掛けてきた!
「おい!あんた!!あんたは無事なんだな!?」
「俺達突然小さくされちまって、訳がわからねぇんだよ!!」
「助けてくれよ!!」
「ちょ……ちょっと!!」
10人以上もの兵士たちが私の足元に縋り付いて必死になって助けを求めてきた。
「……と、とりあえず、まずは落ち着いて!」
「貴方達の力になれるかも知れないから一旦状況を聞かせてよ?」
「わ……わかった!」
私は彼らを宥めて一旦落ち着かせる。
このサイズ差だと私のちょっとした動作で彼らを踏んでしまうとも限らない。
私は足元にいる彼らに注意を向けながら、慎重に膝を地面につく。そして、彼らに目線を合わせながら尋ねたのだ。
「聞きたいんだけど……変なステッキを持った妖精を見なかった?」
「……よ、妖精?」
私の言葉に小人兵士たちはお互い顔を見合わせる。
そんな彼らに続けて私は言った。
「……そう、妖精よ」
「貴方達をそんな姿にしたのはいたずら好きな妖精のせいかもしれない」
「私はそいつを今追っているのよ!見かけなかった!?」
彼らにそう尋ねると兵士の一人が声を上げる!
「……あ、ああ!!」
「そう言えばさっき、上空に変な蝶々を見かけたな!」
「変な触覚がある珍しい蝶々だなと思っていたんだが、もしかしたらそれが妖精だったのかもしれねぇ……」
「それだ!!そいつはどっちに行ったか分かる!?」
「……えっと……あっちだな」
私の問いかけに、その兵士達はリリーが飛び去った方向に指を差した。
その先には商人ギルド連盟の会館である欲望の塔が聳え立っていた!
私はすっと立ち上がると、早速ギルド会館に足を向ける。
「ありがとう!!!ごめん!!急ぐから!!」
「……うわぁ!!」
私はすぐにその場から駆け始めた!
私の急速離脱によって起こった突風で先ほど私の周囲にいた小人達は尻もちを付いてしまったようだ。
だが、今は小人達に構っている余裕はなかった。
小人たちを踏まないように地面に注意を向けながら、メインストリートを猛ダッシュで進んで行く!!
タッタッタッタッタッタッ!!!
「みんな!そこ、どいて!どいて!どいてぇ!どいてぇ!!!」
地面に足音を響かせて大声を上げながら、前方の進路にいる小人達に私は注意を喚起する!
街路の中央で呆然としていた小人達は私の急速接近に慌てて道を譲った!!
「うわぁ!踏み潰されるぞ!!逃げろ!!!」
「……ごめーん!!」
私の進路から必死に避ける彼らに謝罪の言葉を告げながら進んでいく。
それから程なくして、王宮の正門まで無事に来る事が出来た。
小人たちを驚かせてしまったが、事故はもちろん起こしていない。
前世の陸上部で培った私の動体視力と、運動神経だからこそ成せる技だろう。どうやらまだ勘は鈍っていないようなのは幸いだった。
しかし、ここで私は王宮の正門を前に足が完全に止まってしまう。
ここに来るまでの道中でも上空に一応注意を向けてはいたのだが、リリーらしき妖精は見かけなかった。
恐らくそのまま王宮の敷地内を越えて、商人ギルド連盟の会館である塔まで行ってしまったのだろう。
会館に行くためにはこの正門を通る必要があるのだけど……
「……これは……厳しいわね」
高い塀に囲まれた王宮の正門は完全に閉じられてしまっていたのだ!
正門を開けるための詰所が近くにあったのだが、正門を開くような装置が無かった!
訳が分からないままその場で私が悩んでいると、エノクが防護カバンの蓋を開けて私に話しかけてきた。
「……レイナ。これは魔力感式の門だよ」
「警戒レベルが高い施設では良くあるんだけど、開くためには解錠の権限を持つ人の魔力が必要なんだ……」
「そこに黒曜石の感知器があるでしょ?それが解錠の装置なんだよ」
そう言ってエノクが指差した先に、黒曜石で作られた黒い石板があった。
……これは以前にも見たことがある。ガングマイスター工房に入るときにも設置されていたものだ。
高度な魔法科学の技術だったので、驚かされたのを覚えている……
「……ああ!あれかぁ~……」
「何とか開けることは出来ないのエノク?」
「……今すぐは難しいと思う……」
「解錠の権限がある人を見つけるしかないんじゃないかなぁ……」
「…………」
エノクの言葉に眉をひそめる私。
そんな人を探してくる時間や余裕なんて無かった……
少し危険だが、塀を乗り越えたほうがよっぽど早く済むだろう。
塀は10メートル程の高さで5階建ての建物くらいの高さがあるのだけど、塀の内側には物見櫓がいくつか存在している。
少し危険だが、そこを伝って塀の向こう側に渡ることは出来るだろう。
「エノク……ちょっと危険だけど、あそこから向こうに渡るわよ!」
「……え、ええ!?大丈夫!!?」
「やるしかないっしょ!!行くよ!」
私は正門を開くのが厳しいと分かるやいなや、すぐに塀を飛び越えることを決断する。
エノクの戸惑いの言葉も振り切り、私はすぐに塀の近くにあった物見櫓の中に入るとそのまま駆け上がった!
タッタッタッタッタ!!
そして、櫓の最上部まで来ると、そこから塀の反対側を覗き込み、降りられそうか確認する。
塀の向こう側には足場となるような建物や背の高い木などは残念ながらなかった。
しかし、石造りで作られた塀の所々に引っ掛けられそうな出っ張りがあったので、ロッククライミングの要領で降りれば行けそうな雰囲気がある。
「これだったら降りられないこともなさそう……」
「だけど……」
私はそう言った後、防護カバンを見つめる。
流石にこれを抱えながら降りるのは危なすぎだろう……
カバンはかなり大きい。万一、途中で落としでもしたら、エノクは落下の衝撃で潰れてしまうだろう……
「うーん……仕方ないか……」
「今はなりふり構っていられないもんね……!」
「エノク、ちょっとごめんね!」
私はそう言って防護カバンの中にいるエノクに断りを入れると、カバンの蓋を開いて彼を覗き込んだ。
「……レイナ?」
彼はカバンの中でポカーンとした表情で私を見上げていた。
その表情は私の発した言葉の意味を理解していないだろう事は一目瞭然だ。
だが、今は彼に説明している時間はないし、許可を求める余裕もなかった。
私は「よしっ!」と覚悟を決めると彼に向かって右手を伸ばし、そのまま彼の身体を指先でそっと摘み上げたのだ!
「えっ……えっ……!!?」
「レイナ!!?なに?」
「何をするんだい!!?」
私の突然の行動にエノクは慌てふためく!
私はそのまま彼をカバンの外に摘み出すと、左手ですっとドレスの前を引っ張って自分の胸元を開く!そしてそのまま胸の谷間に彼を落としたのだ!!
ぷにゅん!!とした感触とともに彼は私の胸の谷間に着地する。
「ぁああうわっっうわうわうわぁあああ!!!」
「ななな……なにやってんだよ!!?」
「ここから出してよ!!」
エノクは私の胸に落とされ、上半身だけ胸から生える格好になってしまった。
彼は状況が飲み込めずにそこでジタバタと暴れ出す!
気が動転しすぎていて裏返った声を張り上げていた。
私は引っ張ったドレスを戻して胸元を再び覆うと、服の上からエノクを宥めるように撫でながら言った。
「ちょっと暴れないでよ……私だって恥ずかしいんだからね」
「この塀をカバンを背負いながら降りるのは無理だし、仕方ないでしょ?」
「少しの間そこで我慢して。リリーを捕まえるまでの間だからさ」
「一刻も時間を無駄にできない状況なのはエノクもよく分かっているでしょ?」
「うっ……」
私の言葉に彼は黙りこくってしまった。
彼をこんなところに置いていくわけにはいかないし、安全に運ぶには胸元が一番安全だろう。
「じゃあいくわよ?」
「揺れると思うからどこかに掴まってて」
「つ……掴まるってどこにだよ!!?……っうわぁ!!」
彼の返事を待たずに私は物見櫓から身を乗り出す。
そして、そのまま向かい側の塀に足を掛けると、ゆっくりと塀を降りていった。
フリルのドレスがひらひらして動きにくかったが、そのままなんとか私は向かい側の地面へ着地する。
「よっと……!」
スタッ!
塀を超えるとそこは林だった。
王宮の正門から商人ギルド会館まで並木道が続いており、自然に満ちた風光明媚な景色が続いている。
本当はこういうところでランニングできたらいいんだけどねぇ……
しみじみと風景を満足に楽しむことが今は出来ないのは残念だわ……
「……さて、リリーはどこにいったかなぁ」
そんな事を思いながら私は並木道を走り始めた。
リリーの姿はまだ見つけることは出来ていない。
しかし、彼女の行き先にあたりをつけるのは案外簡単かもしれない……
なぜなら……
「そこの人……助けてくれぇ……」
「うわぁ!!……!!足元気を付けてくれよ!」
「誰かーー!!呪いを解いてくれぇええ!!」
私が走っていく先で相変わらず嘆き声やら助けを叫ぶ声で溢れていた……
そして、小人と化した人達がいる一方、呪いの影響を受けていない無事な人達の声も聞こえてくる……
「うわぁ!!?何、小人!!?」
「何なんだ、なんかの呪いか!!?」
小人化した人達が道端で騒いでいるのを見て、通りすがった人達の間に混乱が広がっていく。
恐ろしい呪いを垣間見て、彼らは戦々恐々としている感じだ。
「良かった……無事な人もいる……」
「……ということは……?」
狼狽えている彼らを尻目に私は並木道を駆けていく。
そして、頭の中にリリーの行き先を示す手がかりがぱっと思い浮かんだのだ!
……あのステッキが王都全域に呪いを掛ける代物なら、無事な人はいないはずだ……。つまりあのステッキには呪いを掛ける有効範囲があるという事になる……
そして、この先には無事だった人の集団と、呪いの影響で小人と化してしまった人達が綺麗に分かれていた……。まるで、”災いの跡”がそこだけ通ったかのように……
言うまでもなく、リリーが飛翔しながら、その道中で見かけた人達を片っ端からステッキの呪いを掛けていったのだろう。
……つまり、”小人になった人達を追っていけば”リリーに辿り着く!!
「……よしっ!!!」
「エノク飛ばすわよ!!しっかり掴まっていて!!」
私は手がかりを見つけると、胸元にいるエノクに向かって声を掛けた!
「…………うん」
エノクからポツリと小さい返事が返ってきた。
……エノクは先程までと違い、今は非常に大人しい。
掴まって!という私の言葉にも素直に従い、ブラジャーの紐をそっと掴んで”上下の揺れ”にも耐えていた。
下を向いて俯いていることもあり、その表情を窺い知ることは出来ない。
……まあ、とりあえず了解の言葉が来たので大丈夫だろう。
私は頷いた後、さらにスピードを上げる!陸上部の本領発揮だ。
ダダダダダダ……!
道路に足音を響かせ、風を切るように私は直進をしていった。
並木道で縮こまっている小人たちを尻目に私は眼前に高くそびえる欲望の塔へ向かって凄い速さで駆けていく!
「きゃぁああ!」
「うわぁ!!?」
「気をつけろ!バカヤローー!!」
突風のように過ぎ去る私に対して足元からヤジが投げられるが、私は「ごめーん!!」とだけ謝りながら突き進んでいくのだった。
何故なら私ももう時間がなかった……!
そろそろグロースの効果が切れるはずだからだ……!
「そろそろだと思うんだけどな……・」
周囲の上空へ注意を向けてリリーの姿を探していると、欲望の塔の入口付近でひらひらと飛び回っている小さな飛翔体を見つける。
目を凝らしてよく見てみると、得意げにステッキをブンブンと振り回している妖精の姿だったのだ!!
「あっ……いた!!!」
「リリィーーー……覚悟しなさいよぉ~……」
リリーの姿を認めると、私は塔へと近づいていくスピードを徐々に落としていった。
どうやらリリーは呪いを掛けるのに夢中になっていて、私の接近にまだ気づいていないようだ。
奇襲でリリーを捕まえるのならこの機を逃すわけにはいかなかった……!
「エノク……見つけたわよ!」
「もうちょっとで呪い解けるから待っててね!」
私は元気づけようと胸元にいるエノクにそう声を掛けた。
……だが、ここで彼から思わぬ返事が私に返ってきたのだ。
「…………あ、うん……」
「……急がなくても大丈夫だよ……」
「……なんか、小人も悪くないんじゃないかなと……ちょっと思ってる……」
「……いや、むしろこのままがいいかも……」
「……柔らかくて、気持ちよくて、レイナの香りに包まれていて……」
「……僕、今結構幸せなんだ……」
「……このままがいい……」
「…………おい、寝ぼけていないで起きろ!」
惚け顔してとんでもない事言っているエノクに私は思わずツッコミを入れてしまう。
半ばあっちの世界に行っているエノクは放っておいて、私は改めてリリーを見据えた。
彼女はまだこちらの存在に気づいておらず、ステッキを使って呪いを振りまくことに夢中になっている。
「……♪♪♪」
全くいい迷惑よね……
絶対捕まえてやるんだから……
「……エノク、悦に入っているところ悪いんだけど、一旦下ろすわよ?」
「えっ、えっ?……」
エノクを再び手のひらで優しく掴むと、彼をそっと地面におろした。
エノクは私の足元でポカンとしながら私を見上げている。
そんな彼に苦笑しながら彼を諭すように言う。
「あははっ!もう、そんな捨てられた子犬のような目をしないでよ……」
「リリーを捕まえる際に、身体を激しく動かして危ないかもしれないのよ。だから、ちょっとそこで待ってて?」
「私がステッキを使って呪いを解くまでの間だから……」
「……あ、うん」
彼は私の言葉に渋々ながら頷く。
私は彼にニコリと微笑んであげた後、今度は一転してリリーに鋭い視線を向ける。
幸いなことにリリーが飛び回っている高度はギリ私が跳躍して届きそうな距離だった。
さらに、彼女は今なら”未来視”の能力も発動をしていないようだ。
まさに今がチャンスだ……!!
限界ギリギリまで距離を詰めた後、飛びついてリリーを捕獲する!
私は慎重に付近の遮蔽物に身を隠しながら、そろりそろりと塔の入口に近づいていく……。
あと、10メートル……8メートル……5メートル……そして、ついに3メートルの距離まできた。
この距離なら一息で彼女を捕まえられる……!
そして、彼女が呪いを振りまこうと使って再びステッキを掲げた瞬間だった!
「今だ!!」
ダン!!!
物陰から一気に姿を表した私は、そのまま高く跳躍を決め、大きく手を伸ばした!!
「……!!!?」
リリーは突然の物音にぎょっ!っとするものの完全に不意打ちを突かれて、一瞬反応が遅れたようだ。
そして、それが彼女の運の尽きだった!!
跳躍した勢いのまま、ガシッ!!っと彼女を両手で捕獲する!!そして、私は胸にリリーを抱えると、そのまま地面に倒れ込んだのだ!
ドサッ!!ゴロゴロゴロ……
受け身を取った私はゴロゴロと身体を回転させながら衝撃を受け流して、身体を静止させる。
そして、抱きかかえた胸の中でジタバタともがいているリリーを捕まえながら彼女に言葉を掛けた。
「こらぁ!リリー!!」
「ようやく捕まえたわよぉ……!!!」
「すぐに呪いを解きなさいよ!!」
そう言いながら睨みを効かせてリリーに問いつめる。
彼女は相変わらずジタバタと暴れて杖を振り回していた。しかし、その身体は私の両手にガッチリと抑えられており、流石に抜け出すことが叶わないようだった。
暴れる彼女に私は眉をひそませながら続けて言った。
「……もう!暴れないでよ!」
「あんまり言うこと聞かないならこのままお仕置きしちゃうよ?」
「とりあえず、この杖は没収だからね!!」
「……!!」
私は左手でリリーを捕まえながら、右手で彼女から”代償のステッキ”を取り上げようと手を伸ばす。
私がリリーから杖を取り上げようとした瞬間、彼女の瞳が怪しく光ったのだ!!
彼女は何を思ったのか自分自身にに向けてステッキを向けたのだ……!!
「……☆△◯□!!!」
続いて、声にならない声を上げて彼女は何かの言葉を口走る!!
それはまるで呪文を詠唱しているかのようだった……!
私は彼女の行動に理解できずに呆然としていると、次の瞬間驚きべき事が起こった!!!
グググ……!
「えっ……えっ……えっ!!?」
「なに!!?」
左手で抑えていたリリーの身体がむくむくと大きくなっていく……!!
膨張する彼女を掴み続けることを出来ず、私は巨大化するリリーを手放すとその場から後退る。
ゴゴゴゴ……!!
小さな地鳴りが周囲に響き渡る!!
私はあんぐりと口を開けながらリリーの姿を見守った。
彼女の背丈はあっという間に小人や妖精サイズから、私と同じ目線になる。
だが、そこで止まる気配は見せなかった。
私の背丈を超える瞬間、八重歯を見せながらニヤリと勝ち誇った笑みを見せながら、リリーはさらに巨大化していったのだ!!
ズズゥゥーーーン!!!
「……う、うそ……!」
気づけば私の目の前には2本の白い巨塔がそびえ立っていた……
それは紛れもない人間の形を模した素足であり、成熟しきっていない肉付きの良い健康的な足だった。
それが10代になったばかりの女の子の足だと言われても違和感はない……
違和感があるとすれば、ただ一点……その”大きさ”だけだろう……
その巨大な足は家一軒を一踏みで潰せそうなほど巨大だった……!!
巨大化が完了した彼女を見上げた私はその余りにも大きくなった彼女の身体に圧倒される。いつも小人サイズでエノクを見上げていた時の比ではなかった。
そのさらに数倍はあろうかという巨体……大きさは目算にして50メートルくらいはあるんじゃないだろうか……
「おいおい!!……なんだあれはドラゴンか?」
「違う……!巨人だ!!羽の生えた巨人だ!!!」
リリーの巨大化した姿を見て遠目で目撃していた人達の悲鳴が聞こえてくる。
「……♪♬♬」
人々の驚いた反応に気を良くしたのか、リリーはクスクスと笑う。
そして、彼女はおでこに手を当てて周囲を見渡しながら大きくなった自分の身体と周囲の建物を見比べる。
「……♪♪♪♡」
その表情は驚きとともに、興奮していた。
妖精サイズだった時とは明らかに違う世界の見え方に驚いているのだろう。
彼女は並木道にちんまりと存在していた、小さな小屋を見つけるとニヤリと微笑む。
ズシーン……ズシーン……と音を立てて、その小屋の側までいくと彼女は足を振り上げた。
そして、そのまま一気に振り降ろしたのだ!!
ズゥーーーン!!!
グワシャ!!!
激しい音を立てながら、小屋は一瞬で圧壊してしまう!!
先程まで小屋が存在していた場所にはリリーの巨大な足が大地を踏みしめていた……
グリグリと足を動かした後、リリーは足を上げると、興味深そうに小屋の残骸を見つめる。
「……♪♪♪♪❤」
惨めな姿に成り果てた小屋の姿を見てリリーはキャッキャと喜びをあらわにしながら手を叩く。
巨大で他者を圧倒する存在になり、その爽快感に酔っているのかもしれない。
そんな彼女のはしゃいでいる姿を見て私は必死に今の状況を分析していた。
……なんで、リリーが巨人になっちゃったのか……?
恐らくリリーはステッキに溜まっていた魔力を使用したのだろうけど……
でもそれなら、リリーが
「そんな話聞いてないわよ……」
私は首を振りながらそう呟く。
私ももちろんリリーの能力をすべて知っているわけではない。
しかし以前、王都の宿屋で”妖精の能力”を見せてもらった時に巨大化の魔法なんて彼女は使わなかったはずだ。
それとも、どこかで能力をラーニングしたとでも言うのだろうか……?
「……あっ……!!!」
そう言って思わず私は声を上げてしまう。
その時、私はある事を思い出したのだ……!
「見せたじゃん……私……!」
……そう、”グロース”の能力を彼女に見せた犯人は他ならぬ私だった……!
リリーと初めて会った時に私は彼女の友達になって、妖精の能力をラーニングをする為に必死だった。
”戯曲:小人になった女子高生”を披露して、彼女に冒険話を聞かせる代わりにリリーに能力を見せてもらったのだ。
そして、その演劇をやっている最中に、調子こいた私は演出の一環としてグロースを彼女に見せていたのだ!!
彼女は私が見せた能力をラーニングしてグロースを使用したのだろう……
「ああ、もう!なんで見せちゃったんだ私!」
「こんな事になるなら、披露しなきゃ良かったわよ……」
そう言って私はじだんだを踏んでしまう。
リリーは自らの力に満足すると、背後で悔しがっている私の方に振り向いた。
そして、ズシンズシン!とワザと地響きを鳴らしながら私に側までよると、遥かな上空から済まし顔で私を見下してきたのだ。
「……うっ……くそぅ」
「……♪♪」
リリーの巨体を呆然と見上げる私を舐め下すかのように、チッチッチと彼女は指を振って来た。
再度八重歯を見せながらニヤリと笑うリリー。
彼女はゆっくりとその巨大な足を上げていくと上空でピタリと止める。
すると、今度は一変して勢いよく振り降ろしてきたのだ!!
ズドーーーン!!!
「うわっ!!」
私のすぐ真横に7・8メートルもの大きさがありそうな彼女の巨大な足が直撃した!!
私は反射的に振り下ろされた場所とは反対方向に飛び避ける。
受け身を取りながら地面をゴロッと一回転した私は、ムクリと身体を起こした後、リリーを睨みつけた!
「ちょっ!ちょっと!!!リリー!!危ないわよ!!」
「私を踏み潰す気!??」
「……♪♪♪」
私は怒りの声を上げてリリーを嗜めるが、彼女は全く聞き耳をもたない。
それどころか私の驚く様子を見て、リリーは面白がっているようだ。
クスクスと笑った彼女はさらに足を振り降ろしてきたのだ!!!
ズドーン!!ドコーン!!バコーン!!
「うわっ!!うわっ!うわーーー!」
私の直ぐ側にリリーの巨大な素足が何度も振り下ろされる!!
彼女の足に翻弄されながら地べたを転がり続ける私はさながら”虫”のようだった。
「く……くそっ!リリー!覚えてなさいよ!」
私は隙を見て立ち上がると、すぐにその場を駆け出した!!
こうなってしまっては仕方なかった。彼女の巨大化魔法の効力が切れるまで一旦退くしか無い。
なんとかリリーから逃げ出そうとする私だったが、リリーがそんな私を放っておくわけがなかった……
「……・♪♪♪」
先ほどまで私は彼女を追いかけてきたのだが、今度は真逆の立場になってしまった。
今度は私が彼女に追われる身になってしまったのだ!!
ズシーン!ズシーン!!ズシーン!!
自らの巨大さを見せつけ、その力を誇示するかのように地響きを立てながらリリーは私の後ろを付いて来る。
私はそんな彼女を引き離そうとさらに脚力に力を入れたのだ!!
ダダダダダダ……!!!
「……!?」
背後で余裕こきながら私を追いかけてきたリリーが戸惑う様子が伝わってきた。
私の神速のダッシュに驚いているのかもしれない……
危機的な状況だと感じた時に発動する私のタレントスキル”逃げ脚”が発動したのだった!
常人の数倍のスピードで駆けていく私。ビュンビュンと風を切るように並木道を疾走していく。
だが、いくら私が全力を越えて走っても追いかけてくるリリーにはまだどこか余裕があった。背後で私を嘲笑するかのようにズシンズシン!とステップを踏みながら迫ってきている。
この状況を打開するには私が巨大化魔法を使ってリリーと同等以上の大きさになって彼女を止める。もしくは、彼女の巨大化の効果が切れるのを待つしかない。
だが、彼我の大きさを考えた時に今のリリーとは歩幅が違いすぎるし、逃げ切るのは難しいだろう……
そうなると、やはりグロースを使うしか道はない……!!
「……そろそろかな……?」
走りながら私は自分のMPが回復するタイミングを計っていた。
数多の人々に呪いを掛けた代償として今のステッキに大量の魔力が溜め込まれているだろう。
ブゥンブゥンブゥン!!
「……♬♬♬」
……なんなら、リリーは私を追いかけるついでに、ステッキを振り回しながら今も呪いを振りまいていた……
道行く先では人々が巨大なリリーが迫ってくると同時に、自分の体が縮小していき絶望の悲鳴を上げるという地獄絵図が展開されていた……
だが、そのおかげで私はステッキに溜められた魔力を使えるわけだ。
この状況下では四の五の言っていられない……
ありがたく使わせてもらううとしよう。
「よし……いける!!」
ズザザッー!!!
私はそこで走っていた足にブレーキを掛け、後ろに振り返る。
背後から追いかけてきたリリーは私がついに諦めたのかと思ってニヤニヤと笑っていた。
そんな彼女相手に私もドヤ顔をやり返すと、彼女に言った。
「リリー……どうやらいたずらが過ぎたようね!!観念なさい!!」
「……!!?」
私の言葉にリリーは眉を潜めながら一瞬戸惑いの表情を見せた後、あっと口を開く!
どうやら彼女も私の言っている意味に気づいたようだ。
だが、もう遅い!!
私は右手を高々と掲げると大きな声を上げて言ったのだ!
「グローーース!」
私が能力を発動した瞬間、リリーが持っていたステッキから膨大な魔力が私の中に流れ込んでくる。
その魔力全てをグロースへ注ぎ込む魔力へと変換していく!!
そして、次の瞬間私の身体はこれまで見たこともないような変化を見せたのだ!!
……ズズズズズ!!!!
「……!!!!?」
リリーが今度は呆然と私を見守る番だった……
彼女の足元で小さな人間大のサイズだった私が急速に大きくなっていったのだ!!
うわぁ……周囲の木や建物が嘘みたいに小さくなっていく……!
私は自分の目線がどんどんと高くなっていく事に驚きを感じざるを得なかった。
自らの身体が巨大化するにつれて世界の見え方が急速に変わっていった。
あんなに高いと思っていた周囲の木々や建物が一踏みで簡単に潰せるくらいの大きさに変わっていたのだ……!
私の巨大化が完了した時にはリリーと同じ人間の数十倍の大きさの巨人になっていたのだ!
「凄い……これが覚醒したグロースの力……!」
……力が溢れてくる……
今の私には何でもできるような気さえしてくる……!
「……よしっ!これなら!」
そう言って私はガッツポーズをした!
目論見通り巨大化出来たことを喜ぶと、目の前にいるリリーに目を向ける。
リリーは自分と同じ大きさになった私の姿を見て明らかに動揺していた。
あわあわと目が泳ぎ、羽をパタパタと震わせていた。
私は両手を腰におきながら、そんな彼女を見据えながら言ったのだ。
「……さあて、リリー!」
「結構舐めたことしてくれたじゃない……!!」
「お仕置きされる覚悟は出来ているんでしょうねぇ……!!」
「お尻叩き100回は覚悟してもらうわよ……!」
「……!!!」
ビクッ!!と私の言葉に身を震わせたリリーは、徐々に後ずさり始める。
「こおら!!逃げるな!!」
「そのステッキこっちに渡しなさいよ……!」
そんな彼女に私は飛びかかるタイミングを見計らいながら、距離を詰めていく!!
ズザザザ……バキバキバキ……!
私達はお互い目を離さない緊迫の状態で対峙する。
そんな状態で足を運んでいるせいか、リリーが後ずさる度に彼女の足が近くの木々をなぎ倒していった!
並木道では私達から必死な形相で声を上げながら逃げ惑う人々の姿が目に入ってきた!!
「ひいいいぃいい!!!」
「うわああああ助けて!!!」
「こっちくるなぁぁぁ!!!」
呪いにかかって小人化した人々の悲鳴が聞こえてくる。
私はそんな彼らに気づくと、リリーに向けて声を上げた!!
「ちょ……ちょっと!リリー!!」
「そのままだと、人踏んじゃうわよ!足元気をつけなさいよ!!」
そう言って私は彼女の足元を指差して、リリーに注意を促す!
一瞬彼女から視線を外してしまっただけなのだが、リリーはそれを絶好のチャンスと捉えたようだ!
ビュン!!
「しっ……・しまった!」
ドシンドシンドシン!!
私に背を向けて逃げていくリリーの姿が目に入ってきた。
周囲の木々をなぎ倒し、足元にいる人々や建物をまるで気にせずなりふり構わない逃走だった!!
何人もの人々が彼女に踏みつけられペシャンコになってしまっている!!
「ま……まてえ!!」
私は彼女の逃走に気づくと、すぐさま猛ダッシュで後を追いかけた!!
リリーはどうやらゴールド通り沿いのギルド街の方向に逃げようとしているようだ。
空を飛んで逃げようとしないのは離陸姿勢になると一瞬隙が生じ、私に追いつかれるのを懸念しているせいだろう。以前も飛んで逃げようとするリリーの背中にダイブして捕まえた記憶がある。
だからと言って、私が追撃の手を緩めて彼女を空中に逃がせば、もう手を出す事が出来なくなる。
私はなんとしてもこのタイミングで彼女を捕まえなければならなかった!!
「そ……そうだ!ミニマム!!」
私は彼女の後を追いかけながら、リリーを止める方法を考えていた。
彼女と同じ巨人サイズならINTも高くなっているだろうし、縮小化の魔法が効くはずだ!!
私はそう思い立つと、逃げる彼女の後ろ姿目掛けて手を掲げると魔法を詠唱した。
「ミニマム!!」
王都の浮島の一画で甲高い私の詠唱の声が空に虚しく響き渡った……
「……!!?」
「くそ……!MP切れか!!」
先ほどグロースを使用したばかりで、まだMPが回復しきれていなかったのだ!
仕方ない……なら、やはり被害が拡大する前に超ダッシュしてリリーを捕まえるしかない……!
だけど、これ以上スピードを上げたら足元の建物や人々を気にしている余裕がなくなるだろう。
誤って人を踏んづけちゃうかもしれない……
しかし、このままでは彼女をすぐに捕まえることは出来そうになかった。
リリーは既にギルド街に入り、浮島に掛かる橋に向かって突き進んでいる。
橋を渡って王都中心街に入ってしまえば被害はさらに拡大してしまうのは間違いなかった。
「くそっ……仕方ない!!」
「みんな……ごめん!!!」
私はそう言って一声詫びの声を上げると、きっ!とリリーの後ろ姿を睨みつける。
先程まで足元に注意を向けて人や建物を踏まないように気をつけていたのだが、
競技モードに入った私の視界に映るのは前面の一方向……すなわちリリーの後ろ姿だけだった!!
「とりゃあああああ!!!」
ダダダダダダダダ!!!
私はそう言って声を張り上げると、全速力でリリーを猛追する!
私達はついに浮島に掛けられた橋の中に入っていった。
橋の上では呑気に王都の景色を眺めながら歩いている観光客や、荷物運びの馬車の往来がある。
そんな彼らが往来する中を2人の巨人がドタドタと駆けていく!!
危機を察した人々はリリーが近づく前に、慌てて橋の上からダイブして難を逃れていた。
私達はそのままゴールド通りの繁華街に突入してしまう!!
だが、道が開けた今がチャンスだった!!
私はさらに力を振り絞ってリリーへみるみる距離を詰めて行くと、そのまま彼女の背中に飛びついたのだ!!
「おりゃあああああ!!」
「……!!!!?」
私が飛びついた瞬間、リリーは私のタックルに踏ん張りが効かずそのまま前のめりになってしまう。
態勢を崩した私達はそのまま人々で賑わう繁華街の建物へと突っ込んでいった!!!
ドゴーン!!!バキバキバキキ!グシャ!グシャ!!!
「きゃああああああ」
「うわあああああああ」
「ぎゃああああああああ」
転がる私達の巨大な身体の下で建物が崩壊する音と、何かが潰れる音が聞こえてくる。
人々の悲鳴の声が辺り一面から聞こえてくるが、それに構っている余裕は今の私には無かった。
「捕まえた!!観念しなさい!!」
私はガバリと起き上がってリリーの上に馬乗りになると、ジタバタする彼女を抑えつけた!!
そして、暴れる彼女からステッキを何とか奪い取る!!
「よしっ!これでなんとか呪いを解ける……・」
ふぅ、と一息をつきながら額の汗を拭う私。
だが、ふと顔を上げた私は周囲の光景に愕然としてしまう……
「あっ……」
私は呆然と声を上げた。
そこは天災でも起こったかのように、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた……
私達が通ってきた場所には巨大な足跡が生々しく残っており、お互いもつれ合いながら地面を転がった衝撃で何棟もの建物が押し潰されていた。
その下では何十人もの人々が建物の下敷きになってしまっていることは想像に難くない。
ゴールド通りに威容を示していた立派な建物も……
観光客を魅了する数多の芸術作品も……
そして、そこに往来する大勢の人々も……
私達が見境なく追いかけっこを続けていたせいで、誰彼構わず等しく踏み荒らされていた……!
人々の嘆きと怨嗟の声が上がり、恐怖に彩られた視線が私達に向けられていた……
「……あわわ……なんてことよ……」
「どうしよう……」
自分たちが起こしたあまりの被害の大きさに私はただ呆然としてしまう。
被害を食い止めたい一心でリリーを追いかけていたというのに、これでは本末転倒もいいところだ。
不幸な事故で早逝してしまった前世をやり直し、バッドステータスを解いてこの世界で今度こそ普通の人生を送ってやろうと決心していたのに……
「……ああ~……私のハッピーライフ計画がぁ~……」
私は頭を抱えながらうめき声を上げる。
あまりの光景に思わず目の前が真っ暗になってしまった……
もはや、呪いを解くどころの騒ぎではないだろう……
事情を説明して、謝ったら許してくれるかな……?
私はそう思って、救済を求めるべく周囲を見渡すのだが……
「……お前たちか……この騒ぎを起こした張本人は……!」
ビクッ!!
……その低い声は喧騒渦巻く王都の中にあって、やけに重く広々と響き渡っていた。
恐れを全く見せずに威嚇するような声は明らかに強者のそれだった……
私とリリーは思わず顔を見合わせる。
「貴様ら……王都でこのような事を起こすとは良い度胸だ……!」
「当然、死ぬ覚悟は出来ているのだろうな……!?」
人間の数十倍はある巨人の私達に対して、堂々と死刑宣告を告げてきたのは壮年の男性の声だった……。
私達を狩りの対象者と判断している声の方向に私とリリーは恐る恐る顔を向ける……。
そこには身の丈もあるほどの大剣を背中に背負った筋骨隆々の大男がいた。
もちろん、今の私達からすれば遥かに矮躯な身長しかないのだが、その身から溢れるオーラは私達を軽く凌駕していた……!
その殺気は神をも殺せそうなほど強烈で、彼が踏みしめている大地が鳴動を起こしていたのだった!!
私もリリーもその尋常じゃない威圧感に慌てふためく!!
「ま……待って!!」
「これには訳が……!」
その男に事情を話そうと私は声を上げるのだが……
「問答無用!!!」
「排除する!!!」
ダン!!!!
……次に私が見たのは大地から爆音を響かせて跳躍し、高々と舞い上がったその男の姿だった!
彼は大剣を上段に構え私達へ振り下ろす……!
ズガーーーン!!!
ビューーーン!!!
そして、雷鳴が轟いたかと思えば稲妻の様な閃光が私達の胴体を切り裂いていったのだ!!!
「ぎゃあああああああ!!!!」
「…………」
「……」
周囲に私の断末魔の叫び声が虚しく響き渡った……
程なくして、私の意識は暗闇に閉ざされていったのだ……
・
・
・
・
・
「…………イナ」
「…………レ……イナ」
……どこからか私を呼ぶ声が聞こえてくる……
……暗黒のどん底に沈んでいた私の意識が徐々に浮上していく……
「……う……うーん」
「……ゆ……許して……」
「……これにはやむを得ない事情が……」
「……レイナ!!大丈夫!!?」
再度私を強く呼ぶ声がしたかと思えば、身体が大きく揺さぶられた。
私はそれに導かれるように、重たい瞼を開いていったのだ……
「……あ、あれ……ここは……?」
ムニャムニャと呟きながら、私はムクリと身体を起こす。
目を擦りながら周囲を見渡すと、そこには本の山が散乱していた。
その状況に私は戸惑いを感じ、寝ぼけた頭をブンブンと振って意識の覚醒を促す。
そんな私をエノクは上から心配そうに覗き込んでいたのだ。
「……怪我はないかい!!?」
「……ああ!良かった……!」
「心臓が止まるかと思ったよぉ、もう……」
エノクの安堵の溜息が聞こえてきた。
それで、私はようやく自分の置かれた状況を理解する。
あ……そうか……
私……崩れた本の山に埋もれちゃったんだ……
私はそう思い、自分の身体を改めて確認した。
幸いなことに五体満足で、目立った外傷もなかった。
「……とすると、さっきまで見ていたのは夢か……」
「そりゃそうよね……」
呟きながらほっと一息を吐く。
酷い夢だった……
リリーがどこからともなく呪いの魔道具を持ってきて、王都に大混乱を引き起こしていた。
私はそんな彼女を止めようと巨人になるのだが、滅茶苦茶に王都を踏み荒らしてしまい、最後に天誅を喰らってしまうという内容の夢だった……
リアリティの欠片もない夢だったなぁ……
そもそも巨大化に必要な”必要魔法効果”を度外視して大きくなれていたし、重ねがけも出来ていた……
現実じゃあんなの出来っこないのに……
まあ……なにはともあれ夢で良かったけど……
私はやれやれと首を捻りながらその場から立ち上がる。
私は今生では絶対にハッピィになって大往生するんだと心に決めている。
バッドステータスを解除して、”小人”状態から普通の人間になる……!
それが叶うまでの道のりはまだまだ遠いが、私は決して諦めるつもりはなかった。
私は苦笑いをしながらエノクに言葉を返した。
「あはは……ごめんごめん!ちょっと油断しちゃった」
そう言って、私はいつもの日常に戻ったのだった……
レイナ イメージ画像
小人女子高生のとある日の奮闘劇 異世界サボテン @konosubag
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