第2話 キャットウォーク
キャットウォーク。と言うらしい。そういえば、小さな一輪車のことを「ネコ車」と呼ぶそうだ。だから、キャットウォークをネコ車が通過するという状況は一般的にありうる。と、そんなことを考えながら見上げた体育館のおそらくは二階の高さにバルコニーのような通路があった。小学校の体育館にも、中学校の体育館にも、高校の体育館にも、その通路は、長方形の向かい合う長い方の辺の、天井付近まである窓のメンテナンスをするためのものだろうか、などと考えつつ、そういえばワクチン接種会場は巨大な体育館のような空間だったにもかかわらず、このようなキャトウォークは見当たらなかったし、そもそもその空間が正方形だったのか長方形だったのか、もし長方形だったとしたら、接種後の経過観察時間の10分間の間、眺めていた壁面は果たして、長い一辺だったのか、短い一辺だったのかすら定かではなかった。とにかく無数の時計があり、それが一斉に正午を告げたとき、わたしはなんとなく、高校生の卒業式を思い出したのだ。
だがわたしは高校の卒業式に出席したことがあったろうか?
もちろんわたしは高校を卒業している。そしてその高校がわたしの最終学歴ということになっている。実は高校のあと、大学に1年通い、その後デザイン系の学校に2年通ったりもしているのだが、そのいづれもが「学歴」として履歴書に記載できる要件を満たしていないからである。
とはいえ、デザイン系の学校にも入学式と卒業式があった。そしてそこからの卒業が、生涯最後の卒業式だったことになる。そう考えると、幼稚園への、人生初の入園式と卒園式についての何らかのエピソードを書き加えておきたいところではあるが、残念なことに幼稚園の入園式も卒園式も憶えていない。
幼稚園では、山羊の乳を飲んだり、図書室の本を全て読み終えて、妙に落語に詳しくなったり、ピアノを習っていて「いろおんぷのうた」を目隠しをしたまま弾けるようになっていたり、母が怖かったり、父の記憶がほとんどなかったり、地震があったり、卒園後に進学する小学校紹介で、みんなが何人かのグループで風船の中に記載されている中に、わたしは一人だけで風船に閉じ込められ、隅っこに小さく書かれていた卒園アルバムの一頁のことなどを、思い出す。そして雪。「母の会」できいた「ペチカ」「四季の歌」のコーラスなどなど。
高校生の卒業式を思い出した。
といっても、じつは克明な記憶はほとんどなかった。たとえば高校入学から卒業までの間に、わたしは三回の卒業式に出席しているはずなのだが、自分が卒業生だった回の卒業式以外の記憶は全くない。自分が卒業生だった回の卒業式についても、奇妙なことにわたしは、自分が出席している卒業式の様子を、西側のキャットウォークから、三色のセロファンの回転盤がついた照明器具で照らしている、という鮮明な贋の記憶があるだけだった。それはおそらく、キャットウォークには照明器具が付き物として記憶されているためなのだろう。
あの照明器具には愛着がある。
照らすより照らされたいのか、と問われれば、「そうでもない」と応えるより他はないが、ともかくわたしはあの照明器具の三色のセロファンと、レバーの上下に忠実にしたがうルーバー状の絞りの挙動が、とても好きだった。 キャットウォーク。と言うらしい。そういえば、小さな一輪車のことを「ネコ車」と呼ぶそうだ。だから、キャットウォークをネコ車が通過するという状況は一般的にありうる。と、そんなことを考えながら見上げた体育館のおそらくは二階の高さにバルコニーのような通路があった。小学校の体育館にも、中学校の体育館にも、高校の体育館にも、その通路は、長方形の向かい合う長い方の辺の、天井付近まである窓のメンテナンスをするためのものだろうか、などと考えつつ、そういえばワクチン接種会場は巨大な体育館のような空間だったにもかかわらず、このようなキャトウォークは見当たらなかったし、そもそもその空間が正方形だったのか長方形だったのか、もし長方形だったとしたら、接種後の経過観察時間の10分間の間、眺めていた壁面は果たして、長い一辺だったのか、短い一辺だったのかすら定かではなかった。とにかく無数の時計があり、それが一斉に正午を告げたとき、わたしはなんとなく、高校生の卒業式を思い出したのだ。
だがわたしは高校の卒業式に出席したことがあったろうか?
もちろんわたしは高校を卒業している。そしてその高校がわたしの最終学歴ということになっている。実は高校のあと、大学に1年通い、その後デザイン系の学校に2年通ったりもしているのだが、そのいづれもが「学歴」として履歴書に記載できる要件を満たしていないからである。
とはいえ、デザイン系の学校にも入学式と卒業式があった。そしてそこからの卒業が、生涯最後の卒業式だったことになる。そう考えると、幼稚園への、人生初の入園式と卒園式についての何らかのエピソードを書き加えておきたいところではあるが、残念なことに幼稚園の入園式も卒園式も憶えていない。
幼稚園では、山羊の乳を飲んだり、図書室の本を全て読み終えて、妙に落語に詳しくなったり、ピアノを習っていて「いろおんぷのうた」を目隠しをしたまま弾けるようになっていたり、母が怖かったり、父の記憶がほとんどなかったり、地震があったり、卒園後に進学する小学校紹介で、みんなが何人かのグループで風船の中に記載されている中に、わたしは一人だけで風船に閉じ込められ、隅っこに小さく書かれていた卒園アルバムの一頁のことなどを、思い出す。そして雪。「母の会」できいた「ペチカ」「四季の歌」のコーラスなどなど。
高校生の卒業式を思い出した。
といっても、じつは克明な記憶はほとんどなかった。たとえば高校入学から卒業までの間に、わたしは三回の卒業式に出席しているはずなのだが、自分が卒業生だった回の卒業式以外の記憶は全くない。自分が卒業生だった回の卒業式についても、奇妙なことにわたしは、自分が出席している卒業式の様子を、西側のキャットウォークから、三色のセロファンの回転盤がついた照明器具で照らしている、という鮮明な贋の記憶があるだけだった。それはおそらく、キャットウォークには照明器具が付き物として記憶されているためなのだろう。
あの照明器具には愛着がある。
照らすより照らされたいのか、と問われれば、「そうでもない」と応えるより他はないが、ともかくわたしはあの照明器具の三色のセロファンと、レバーの上下に忠実にしたがうルーバー状の絞りの挙動が、とても好きだった。
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