第2話 同じく人斬り

「酒井様。言われていた資料です」


ウエーブのかかった髪、気品のある目鼻立ちが整った端正な顔立ち、178cmのスマートな体をスーツに包んだ同心『桐谷壱兵衛』は筆頭同心の『酒井裕司』に頼まれていた資料を渡す


「ご苦労」


御奉行の片腕として名高い酒井は桐谷の提出した資料を確認して満足そうに笑う


「完璧だ。わかりやすい。さすがは桐谷だな」


「別に対した資料ではありません。パソコンの表計算ができれば誰でもできます」


と桐谷は淡々という


「そういうな。俺はどんな仕事もそつなくこなすお前を買っておるのだ」


「買いかぶりですよ」


「どうだ。たまには俺と飲みにいかぬか?」


「すいません。今日は妻が私の好きなビーフシチューを作って待っているので。では私はこれで失礼します」


そう言って桐谷は頭を下げると、そのまま自分のデスクへと戻ってゆく


「酒井様。昼行燈の桐谷殿はいくら誘っても無駄ですよ。付き合い悪いんですから」


うさちゅうこと、宇佐美忠吾が笑いながらいう


「桐谷壱兵衛。28歳。仕事はそつなくこなすが、同僚との付き合いは悪く、いつも剣術道場をしている細君を出汁にして誘いを断る。悪い奴ではないがこれといって影が薄くて、いるんだか、いないんだかわからない昼行燈と呼ばれている奴です。酒井様、桐谷殿なんて放っておいて私を誘ってくださいよ」


「昼行燈、果たしてそうかな」


酒井は顎を撫でながら羽織を着て帰ろうとする桐谷を見つめた


「俺にはあいつは、目立たぬように生きているように見える。それは単に出世に興味がないからか、それとも俺たちに何かを隠しているのか」



私、桐谷壱兵衛は帰り道を歩いていた


「くっ」


疼く疼く


腕を組んで身震いをする


私は子供の頃から、師匠であり父でもあった柳生夜刀斎に、殺人訓練を受けてきた


全ては幕府に仇なすものたちを暗殺する、『柳生局』の暗殺集団『蟒蛇うわばみ』の一員、最強最速の人斬り『斬一倍』となるために


その修行トレーニングの中には思想教育や、薬物を使われ、およそ、まともな人間では耐えられない戦闘訓練を行なってきた


その影響か、私は人と争うことを避けて平穏に生き続けることを願うことを人生の目標にしている反面、年に数回、我慢ができないほどの殺人衝動に襲われる


ここ一週間ほど、家で家族といる時も、奉行所で仕事をしている時も震えがくるような殺人衝動を必死に抑えている


大小の刀を腰にぶち込んだ二本差し《サムライ》を見れば、刀を抜いて「すいません、今からあなたを斬り殺していいですか?」と尋ねたくなるのだ


ああ、人を、なるべく刀を抜いて立ち向かってくる侍を殺したい


刀を抜いて人を殺す、それは私の有能性を確認する絶好の機会であり、人の肉や骨を断ち切ることで感じることができるあの激しい快楽を得ることができる唯一の行為なのだ


ああ、帰宅者で溢れる道にはたくさんの人間が、中には二本差しさえいるのに、なぜ、私は我慢している?


私は無造作に震える手で刀の柄に触れる


ああ、このまま、刀を抜いて、走って、斬って、大声で叫び・・・


いかん、いかん


私は頭を振った


今の私には家族がいる


愛すべき平穏な暮らしがある


この平穏な暮らしを守らなければ・・・


人の多いところは目の毒だ。


殺人衝動が抑えられなくなる


私は流れる汗を羽織の袖で拭いながら、路地裏に入った


しかし、そろそろ、我慢ができない


お清さんに電話をして『仕事』を回してもらおうか


『火車』


このEDの裏にある人を殺して対価を得ている始末屋組織だ


私は何度か、仕事を手伝っている


『仕事』で標的を斬れば殺人衝動は抑えられた


最初はいつでも抜け出せるという軽い気持ちだった。


だが、もう、抜け出せないほど深みにハマっている


忌み嫌っていた始末屋たちの一員になってしまっている


路地裏に入った私は、ある嗅ぎ慣れた匂いを嗅いで足を止める


間違いない、この匂いは血だ


「た、助けて」


スーツを着た男がこちらに向かってかけてくる


だが、その時だった


男の首が切断された


その後ろから男が歩いてくる


その後ろには横転した車があり、人が二人倒れているのを見ると、この男が襲撃を掛けたと見て間違いない


20代後半から30代前後の若い男だ


SHURIの民族衣装をきた男でその右腕には銀色の反りの無い刀が一体化していた


僕は目を細める


刀の長さは1mそこそこ


解せないのは、明らかに間合いの外から、この殺された男の首を刎ねたことだ


「見たなあ・・・!!」


男は正気を失った目をしながらニンマリと笑うと私に向かって刀を振った


次の瞬間、本能的に私は刀を抜いていた


がきいいいいんん!!


確かに刀と刀がぶつかり合う音がした


しかし、奴は間合いに踏み込んでいない


そして、既に私の無名の刀は無惨に砕かれていた


「うっ」


私は胸元を切り裂かれていたのに気づく


滴る血がアスファルトの道路に斑点をつける


傷は浅い、薄皮を切った程度だ


問題なのは刀の方だ


いつも『仕事』で使う結晶刀『帝釈村正』ならば、受けきることができたが


生憎、今は通勤時に腰に帯刀している通常の『無銘の刀』だ


通常の鋼ではあの刀の一撃は受けきれない


「お前、俺の『无』の一撃を受けたな。面白い」


私は脇差を抜いた


加速能力を使う


奴の刀に触れないようにして、この脇差で奴を斬るしかない


しかし、間合いの外から対象を攻撃する奴の手品を見破らなければ、それも厳しい


『无』とは一体、何を意味するのか?


「恨みはないが、見られたからには仕方がない。そんな短い刀で俺の一撃が受け止められるかな」


「いや、もう、受ける気はないさ」


ーーacceleration《加速開始》


奴は刀を振り上げた


その時だった


ファンファンファンファン


パトロールシップのサイレンが聞こえる


「チッ」


奴は飛び下がって僕から距離を離す


「お預けだ。だが、必ず、お前を殺してやる」


奴はそういって夜の闇へと消えていった


パトロールシップが降りてくる中、私はニヤリと笑いながら傷口に触れる


ああ、こいつは、いい。楽しみが増えたな


指先についた血を口の中に入れた


鉄の味が口に広がる

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