斬一倍 妖刀无切
鷲巣 晶
第1話 SHURIの海
波の音
三糸の音
潮の香り
ここは故郷『SHURI《シュリ》』の海だ
「ちちうえー!」
元気な娘の声が聞こえて俺は目を覚す
愛しい俺の妻と娘がこちらに向かって歩いてくる
俺は二人を抱きしめようと走り出す
しかし、足は前には進まない
まるで見えない壁があるように一歩も進めなかった
そして、見えない壁と妻子の間に、どこからきたのか黒い服を着て獅子の仮面を被った男たちが彼女たちに近づいてくるのが見えた
男たちの手には冷たく輝く刀が握られていた
そうだ、全部思い出した
俺の妻と娘は・・・!
俺は叫んだ
懇願するように
浜辺の砂に頭を擦り付けて
「やめてくれ!!やめさせてくれ!!『
いつもそこで、いつも、そこで、目がさめる
頭から桶に入った水を被ったように汗で濡れ切っていた
妻も子も、いるはずのものたちは、ここにはいないし、どこにもいない
残されているのは元の上役の『獅子宮』に妻と娘が殺されて、自分はずっと何もできずにのうのうと、ただ、生きている事実だけ
彼女たちが惨たらしく殺されてから、ずっとずっとずっと、夢を見る
何度も、何度も自分の命を断とうとしたことか
だが、その度に娘たちの泣き叫ぶ顔が浮かぶのだ
妻は獅子宮たちに犯されて、
まだ、四つの娘はまるで人形のように地面に叩きつけられて殺された
復讐は死者は望まないという人がいる
きっと、残された人の幸せの方を死者は望んでいるという
本当にそうか?
その人は逆に霊魂というものを信じてはいないのだ
辱められて殺されてどうやって
俺は死んだものの魂の慰めのためには復讐が必要だと思う
「妻と子を辱めた連中を皆殺しにしてようやく、霊魂の心の安寧が得られるのだと、あんたもそう思わないか」
俺は『SIN《シン》』の科学者、周博士に尋ねた
周博士は俺に胸を撃たれて、もう虫の息だ
「この刀が、獅子宮親方が量産していた妖刀『无切』のオリジナルですか。周博士」
壁にかかっている刀をさす
反りがない刃が飾り気のない黒色の鞘に納められている
「や、やめておけ、
周博士は血を吐くような声でいう
もう、その顔には死の影が濃い
「その刀は量産型とはわけが違う、我が国『SIN《シン》』の生物工学、義体工学、ナノ工学、位相差空間学の権威が作り上げた『妖刀』である。迂闊に抜けば、精神を刀に乗っ取られるぞ」
「それがなんだというのです」
俺は刀に手を伸ばして柄を握ると同時に頭の中で声が響く
俺を使え、俺を使え、俺を使え、俺を使って仇を斬れ、獅子宮親方をぶっ殺せ!!
「わかっただろう、早く、手を離すんだ。オリジナルの『
「望むところですよ。俺は妻と子を救えなかったんだ。妻が犯されている時も、娘が地面に叩きつけられる時も、自分はそばにいられなかった。もう、そんな自分は嫌だ。ずっとそんな自分以外の何かになりたかった。人間ではない妖刀そのものになれるなら、俺は望んでそれになろう」
刀を抜く
刀の柄から触手が飛び出て、俺の腕に突き刺さってゆく
血液に何かが流し込まれて、正気が奪われてゆく
何か、巨大な捕食動物に俺がスッポリ、飲み込まれるような・・・
一匹の
だが、これは、これまでに感じたことのない最高の気分だった
湧き上がる破壊衝動、殺意、憎悪、そんなものに振り回されるのは『人』であるなら問題だが、『妖刀』ならば上等だ
「ああ・・・なんということを」
博士は胸につけているロケットペンダントを開いて写真を見た
「
博士の首が飛んだ
俺は一歩も動いていない
刀を振るっただけである
なるほど、これが・・・、俺の力、妖刀の力・・・
博士の首から噴き上がる血の雨の中、俺は嬉しさを噛み締めた
この力さえあれば、獅子宮の奴の首をぶち斬ってやれる、妻と娘の仇を取り、打ち捨てられた彼女たちの心を慰めることができる・・・
恨みがあるやつ、邪魔するやつ、目に映るもの全て、斬る、切る、きる、キル、KILL
あの日以来、俺は『神』も『仏』も捨てた、最後に残された『人』も今日捨てた
獅子宮ア、てめえ、文字通り、この
ーー博士の血に濡れたロケットペンダントには博士の妻と二人の娘の写真が写っていた
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