第9話 星を喰らう影

塔の奥に広がる宇宙のような空間で、カイルとフィオラはただその場に立ち尽くしていた。目の前には、漆黒の影がゆらゆらと形を変えながら存在感を示している。その影は星々を一つずつ飲み込むたびに、次第に巨大さを増していった。


「これが……星喰いの神か?」カイルが震える声で呟いた。


「星喰いというより……虚無そのもののように見える。」フィオラは影から目を離せなかった。その存在は、見ているだけで魂が削られていくような感覚を伴っていた。


影が彼らの方を向くと、何もない空間から重低音のような声が響いた。


「お前たちは真実を望む者か、それとも絶望を運ぶ者か。」


カイルは剣を握り直しながら一歩前に進む。「俺たちは真実を知りに来た。そして、この世界を救う力を得るために!」


影は笑ったように見えた――いや、聞こえたのかもしれない。その声は嘲りに満ちていた。「救う?愚かだな。この世界を救おうとするたびに、お前たちはその存在自体を壊してきた。忘れたのか?」


フィオラがその言葉に反応する。「壊す……それってどういう意味?」


「お前たちが生きることで、無数の星々が消えていった。お前たちの存在は、それ自体が支配であり破壊だ。」


カイルは眉をしかめた。「俺たちの存在が……破壊?」


影はさらに大きく膨れ上がり、二人を包み込むように近づいてきた。「お前たち人間は、自らを善なる者だと思い込むことで、無意識に他者を飲み込み続けてきた。だが、この場に来た以上、その業から逃れることはできない。」


空間が激しく歪み始めた。星喰いの影が二人の過去を映し出すかのように、光と影が混ざり合いながら周囲を覆い尽くす。


カイルの目の前には、自らが村を守るために選んだ決断――かつて敵対する勢力の一族を根絶やしにした日の光景が浮かんでいた。


「これが……俺がやったことなのか?」カイルは苦しげに顔をゆがめた。


フィオラもまた、家族を守るために裏切り者として仲間を犠牲にした過去を目の当たりにしていた。「私……こんなこと……」


「お前たちは『名前を挙げてはいけないもの』たちと同じだ。」影の声が冷酷に響く。「支配し、飲み込み、そして恐れる。自らの罪に気づいた時に初めて、人はその代償を払わされる。」


「代償なんて……払いたくない!」カイルが叫んだ。その声は震えていたが、剣を握る手は力強かった。「だが、もしそれが俺たちの運命なら、俺は戦ってみせる!」


フィオラもまた、震える足を前に進めた。「私も同じ……このまま絶望の中で終わるつもりなんてない。たとえ私が弱くても、私が選んだこの旅に意味を見つける!」


その瞬間、影の中から無数の手が伸び、二人を捕らえようとした。だが、カイルとフィオラは互いを支え合いながら、影の中心に向かって突き進んだ。


「お前たちの選択が、この先の運命を決めるだろう。」影が呟いたかのような声を最後に、空間が突然光に包まれた――


目を開けた二人の前には、古びた本が浮かんでいた。表紙には見覚えのない文字が刻まれている。


「これが……」カイルが息を呑む。


「星喰いの神話の書……」フィオラが呟いた。


二人が本に手を伸ばしたその瞬間、背後で塔が崩れ始めた。


「急げ!ここから出ないと!」カイルが叫び、本を抱えたままフィオラの手を引いて走り出す。


崩れゆく塔の中、二人の中には一つの疑念が生まれていた。

果たして、この本に刻まれた「真実」は、彼らにとって救いとなるのか、それともさらなる試練を呼ぶものなのか――

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