第5話 星を喰らう者の囁き

闇の奥へと進む二人の前に広がるのは、見たこともない景色だった。空間が歪み、光と影が絡み合いながら、形を変え続けている。歩を進めるたびに、足元の感覚すら揺らぎ、まるで世界そのものが生きているかのようだった。


「……ここ、本当に現実なの?」カイルが手を伸ばしてみると、指先に絡むのは冷たい光の粒子だった。


「たぶん、これは現実と夢の境界。名前を持たない者たちが創り出した場所なんだわ。」フィオラが周囲を見回しながら答える。「ここに来ること自体が試練なのかもしれない。」


そんな会話の中、再び空間が揺らぎ、大きな影が二人の前に現れた。それは異形の存在だった。体は黒い霧のように透き通り、無数の星がその中で瞬いている。


「来たか、人の子たちよ――」


声は低く、重く、それでいてどこか哀しみに満ちていた。目の前の影はまるで全てを見透かしているかのような気配を放つ。


「お前は……星喰いなのか?」カイルが警戒しながら問いかける。


影はゆっくりと揺れた。それが肯定なのか否定なのか、判別はつかない。だが次の瞬間、その声が再び響いた。


「私は影に過ぎない――星を喰らう者の囁き。その本体は、遥か彼方に封じられている。」


「囁き……?」フィオラが眉をひそめた。「じゃあ、ここにいるあなたは本物じゃないのね?」


「そうだ。だが、私の存在がここにある理由を理解しているか?」


カイルは拳を握りしめた。「俺たちは、真実を知りに来たんだ。お前たちが、この世界で何をしたのか。そして、それを封じた人々が何を隠そうとしたのかを。」


影はしばらく沈黙していたが、やがて低い笑い声を漏らした。


「ならば聞くがいい――私が何者であるのか。そして、なぜ恐れられているのか。」


影が動くたびに、空間が再び歪み、過去の断片が光の中に浮かび上がる。それは、無数の星が一瞬で消える光景だった。


「星を喰らう」ということは、ただの破壊ではない――命そのものを、歴史そのものを飲み込み、無に返すことだ。」


フィオラが息を呑んだ。「じゃあ……あなたは、この世界を滅ぼそうとしたの?」


影は否定も肯定もせず、ただ静かに語り続ける。


「私は世界そのものの一部だ――生と死、光と闇。私が存在することは必然であり、避けることはできない。」


「でも、封印されたんだろう?誰かが、あんたを止めたんだ。」カイルが言葉を詰め寄る。


「そうだ。人間たちは私を封じ、私の名を忘れさせようとした。だがそれは同時に、彼ら自身が私の一部になることを意味していた。」


「……どういうこと?」フィオラが眉をひそめる。


「彼らは私を恐れるあまり、支配を求めた。だが、支配とは他者の上に立つことではなく、自分自身を縛ることでもある。」


影の言葉は哲学的でありながら、どこか悲劇的でもあった。


「……名前を持たない者たちも、あなたの影響で生まれたの?」


影は一瞬だけ動きを止めた。そして、まるで真実を語ることをためらうかのように、静かに答えた。


「名前を持たない者たちは、封印の鎖そのものだ。だが、彼らもまた自由を渇望している。お前たち人間がそれを許さぬ限り、彼らの苦悩は終わらない。」


その言葉にカイルとフィオラは何かを感じ取った。自分たちが探している真実は、単なる過去の謎ではなく、現在進行形の問題でもあるのだと。


「……どうすればいい?」カイルが一歩前に出た。「どうすれば、全てを解き放つことができるんだ?」


影は答えず、ただ光の中へと消えていった。そして残されたのは、低く響く最後の囁きだけだった。


「答えはお前たち自身の中にある――だが、それを見つける覚悟があるか?」


その言葉を最後に、二人の目の前の景色が再び歪み、光と闇が混ざり合うように消えていった。次に目を開けたとき、彼らは元の道に立っていた。


「……フィオラ。」カイルが息を整えながら言った。「俺たち、これからどうすればいいんだ?」


フィオラはしばらく沈黙した後、力強く言った。「真実を見つけるしかない。たとえそれがどんなに苦しいものでも。」


二人は再び歩き始めた。その背中には、影の囁きの重みと、これから待ち受ける試練への覚悟が刻まれていた。

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